第39話
その後、病室にやってきた警察に全てを話したのだろう彼女のおかげで、次の日の新聞には大きく成宮のことが記事になっていた。横領の額もさることながら裏組織とも関係があり、叩けば埃が出てくるようだった。それには知らないことも多く記載されていて、一緒に読んでいた桐山教授と2人で目を丸くした。凜の顔だしによって注目を浴びていた企業でその顔のような存在であった人のことだけあってその話題は各社新聞に取り上げられたのはもちろん、ニュースでトップに報道されるなどいい意味から悪い意味での時の人に様変わりしてしまっていた。そんな記事を見ていた桐山教授は、
「三日天下だったわね。」
と、笑みを浮かべて呟いた。その笑みは後味の悪さを隠しているような曖昧なものだった。
「柊さんとの生活はどう?」
そんな彼女は顔を上げてこちらを見た。
「普通ですよ。」
「まだ手は出さないようにね。」
「何を言っているんですか。彼女、まだ未成年ですよ。それに僕は保護者です。」
“まだ”や“保護者”などの言い訳となる言葉が入っていることや一人称が変わっていることに気付かないほどに動揺したのは言うまでもない。彼女、凜は寮を解約してしまったのとN出版との契約を切ってしまったので住居がないため、退院してからは樹が保護者代わりとして一緒に住むことになった。彼女と樹は生活リズムが似ているので、全く問題なかったのが幸いして、あれから、少しずつ彼女の夢遊病のような症状による不眠症が収まりつつあった。
「まあ、彼女の海外行きもあるから、それまでは節度を持って楽しみなさい。クリスマスは逃したけど、正月は1人じゃなくて良かったわね。」
と、まだ言う彼女はこの話題で遊ぶ気らしいことが分かった。N出版との契約は切れても海外の出版社との契約は凜本人だったので、彼女は年明けから海外に行くことは決定していた。それで、今までしたこともない準備に手を焼いていたので、それを樹が手助けしようとしたが、彼女にやんわりと断られた。自分でできることは自分でしたいのだと、どこか楽しげに言われたので、引かざるを得なかった。
「そうですね。正月はおせちを買うだけだったのですが、お餅も必要でしょうか?」
「お餅なら分けてあげるわ。初詣には行くの?」
「それは行こうと思いますけど。」
「そう。泊まりにならないようにね。」
「だから、それは大きなお世話ですって。」
最後には赤くなって体温が上がることが分かったが、それを見て桐山教授は楽しそうに笑った。今後も続くだろう彼女のいじりに対応することになる未来を思うと、気が重くなった。しかし、それと引き換えに大切な人と過ごせる時間があると思えば、十分にその重みは取れていった。
「先生、これ診察スケジュールです。」
と、彼女に渡した。そのスケジュールには柊凜の文字は二度と見ることはなくても悲しくはなかった。彼女の名前は自分の家の表札に加えられているのだから。
後日談になるが、秀則の聞いた凜の”絵本一本で行きたい”と言った理由を尋ねたら、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「そういえば、今回の創作で絵本を二本頼まれていました。それを一本にしたいと言った記憶はあります。」
と記憶を手繰り寄せて解答していた。それを伝えた時の秀則の顔は呆気に取られていた。
第二章 完
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