街に立つ彼女 ~利用料100円です~

ぺしみん

街に立つ彼女

 私はロボットなんですけど、100円玉を入れて貰わないと動けないんです。100円で10分動けます。女性型に設計をされていますけど、結構メカメカしい外見をしています。性的なご奉仕は出来ません。こんなメカメカしい外見にもかかわらず、性的なご奉仕を要求される人が多いので、お腹の部分に張り紙をされました。「性的なサービスは、機能的に不可能です」って奴。近所のおばちゃんが何故か気を使って貼ってくれた。


 私、メカメカしい外見をしてますけど、それが結構気に入ってるんです。だから、本当はお腹に張り紙なんてされたくない。100円を入れてもらって動き出した時に、張り紙は剥がしちゃう事が多い。だって、紙切れなんてメカメカしい肌に似合わないんですもの。でもおばちゃん、またすぐに新しいのを貼ってくれるんだよね。まいっちゃうね。


 それで、私にどんな機能があるかというと、特に何もありません。おしゃべりも出来ません。体を動かすことは出来ます。だけど、歩いて移動する事はできません。私は元々、ショーウィンドウに飾られていたマネキンなんです。10年程稼働した後に廃棄されて、スラムのゴミ捨て場に捨てられました。特殊ビニール製の白い皮膚はすべて剥げ落ちてしまいました。だからメカメカしいんですけど、私は気に入っています。ビニールの皮膚はあんまり好きじゃなかった。

 誰かが私をゴミ捨場で拾って、改造をしてくれたみたいです。100円を入れると電気会社から電力が供給されて、足と手と、首の可動域を動かせます。それと、表情も動きますけど、私の意志とは関係なく表情が変わります。基本的に全部笑顔です。いろんな方角に首を動かしながら、ちょっとずつ違った笑顔をするように作られたわけです。だけど今はメカメカしいので、笑顔には見えないかもしれない。でも自慢の笑顔なんだけどなあ。


 私の1日を紹介しましょう。朝の6時半に、散歩のおじいさんがやって来て、私に100円を入れてくれます。私が10分動いているのを見て、目を細めて嬉しそうにしてくれます。お爺さんは時々なにか呟いているけど、何を言っているのかよく分かりません。あんまり意味がない感じ。

 それから午前7時くらいに、中年男性が時々来て私に100円を入れる。この人は私、あんまり好きじゃない。私にベタベタと触るのです。しかも変な所を触る。変態です。それだったら100円をいれないで、私が動いてない時に触ってよって思う。わざわざ私を動かして触るのが、ちょっと気持ち悪い。でもね、本当はちょっと嬉しいかな。凄い嫌な時もあるけど、時々恋人になってあげてもいいかなって思う時もある。私は気まぐれな所があるのだなあ。中年男性は私のこと、どう思ってるんだろう。恋人だと思ってくれてるかな。そうだったらちょっと嬉しいよ。私はあなたのこと、嫌いだと感じちゃう時が多いけどね。


 それで8時ぐらいになると、学生が私の前をたくさん通り過ぎるのだ。私はスラムの路上に設置されております。だから学生たちも、スラムの子供達です。服がボロボロで貧しい感じ。私がマネキンをやってた時は、都市部の一流デパートにいたから、ここの子供達がちょっと可哀想に見える。すごい痩せっぽちの子もいるの。たぶん満足にご飯を食べられて無いと思う。学校に行くと給食が貰えるから、スラムの子供達は喜んで学校に行くみたい。これはですね、たまに登校拒否をして、私に100円を入れてくれる女の子に聞きました。


 その女の子はやっぱりスラム育ちみたいだけど、一応ちゃんとした服を着てる。少しだけほつれた服だけど、センスがいい。私は長年マネキンをやってたから、ファッションセンスには自信があります。でもまあ、いくら良い服を着ても、ファッションセンスがダメな人も多いですけどね。その女の子は才能がある。ボロい服を着ることもあるけど、それがまた素敵な組み合わせでコーディネートされてるの。顔はあまり可愛くないけど目が綺麗。髪の毛はボサボサだけど、そのボサボサ頭もセンスが良い感じにまとめられている。いつもセンスがいい。こういう人を天才っていうのかもしれません。だけどスラム育ちだから、そのセンスが活かされる事はまず無いでしょう。


 だけど、センスがあるっていうのは、それだけで価値があると私は思うのです。だって、その場に居合わせてその女の子を見ると、凄くいいなって思う。見る目のある人なら、あの子素敵だなって思うはず。あの女の子がデザイナーとかにならなくても、いいえ。むしろならない方が、なんだか刹那的で美しい感じがします。

 女の子は登校拒否をして、私に100円を入れてくれるんだけど、なけなしのお小遣いだと思うんだけどな。登校拒否をしたんだから、給食も貰えないでしょう? その100円があれば、スラムなら温かいおソバを一杯ぐらい食べられると思うの。だけど私に100円を入れるのが、その子の素敵でカッコ良い所。センスがある上に、感覚が鋭い感じなんだよね。


 まだその女の子の話をしようっと。女の子は私に学校の愚痴を言ったり、先生の悪口を言ったりする。給食の話をしてくれた時も、なにか不満があってそういう話になったような気がする。あとは好きな男の子の話。この子、あんまり友達がいないと思う。他の人には、こんなに正直に話をしたりしないと思うの。だけど私には話してくれる。すごく可愛いわ。妹みたいな感じがする。


 この子が大きくならないで、ずっと小学生のままで、私に100円を入れてくれればいいのに。だけどすぐにこの子は大きくなって、どこかへ行ってしまうでしょう。そしたら、もう私の事なんて忘れてしまうだろう。なんかそういう気がする。悲しいけど、それも彼女らしい振る舞いだと思うし、しょうが無いよね。でも残念だなー。あの子、また来てくれないかなー。そろそろ来てくれてもいい頃なんだけど。普段の通学路は別の道らしくて、姿を見かけない。死んじゃってたりしたら嫌だな。スラムの子は、けっこう簡単に死んでしまう事があるの。いきなり貧しくなったり、事故に巻き込まれたりする。ああ、不吉な事を考えるのは止めましょう。

 女の子の話はこれぐらいにします。ちょっと飽きてきたでしょう。分かりますよ。私も伊達に人の話をたくさん聞いてはいません。同じ事をずっと聞いていると、すごく退屈になるもんね。女の子の話は、もう、みんなお腹いっぱいですか? でも私、あの子が好きなんだよねー。


 10時ぐらいにお婆さんが来る。この人は毎日じゃないけど結構常連さんです。私におまんじゅうとか持ってきてくれる時もあるのだ。だけどもちろん、私はロボだから食べられない。お供えされてる感じ。お婆さんは100円を入れない時も割りとありまして、でも、おまんじゅうもそんなに安くない感じの物なんですよ。だから複雑な気分。おまんじゅうの代わりに、私を動かしてもいいんじゃないでしょうか。お婆さんは水筒にお茶を入れて持って来て、私の横に座ってお茶を飲んだりしてる。


 そうそう。私の横に、最近ベンチが設置されたんですよ。いつの間に! って感じ。ボロいけど頑丈そうなベンチで、お婆さんがそこに座るようになりました。それまでは、薄汚れた地面の段差に座っていたからね。ちょっと腰がきつそうだったの。もしかしたら、お婆さんのご家族が設置してくれたのかもしれない。そのおかげで、他の人もベンチに座る事が出来て、私のお客も少し増えました。ありがとうございます。


 でもベンチを無視して、頑なに地面に座る人も結構いるんだ。ベンチに座ればいいのにって思うけど、地面に座りたいって気持ちもなんだか私は分かる。私も立ちっぱなしで、風とほこりに吹きさらし状態だからなあ。だけどそんなにイヤじゃないの。ここはスラムだし、都市部の人みたいに気取る事は無いのよ。ちょっと汚いくらいが、雰囲気にマッチしてる。


 だけど私の事を磨いてくれたり、周囲を掃除してくれる人までいるんですよ。嬉しいけどやっぱり複雑な気分。だって綺麗に磨いてもらうと、メカメカしいボディがピカピカに光っちゃうのよ。なんか場にそぐわない感じがしますよ? でもまあ、すぐに汚れるから別にいいけどね。磨いてもらって文句を言うのは、褒められたことじゃない。だけど余計なお世話っていう気持ちがあるんです。すみませんワガママで。


 お昼時になると、お仕事をしてる人たちが街の屋台に集まってくる。私が立っている通りには、結構屋台が多いのです。私はこの時間帯が大好き。みんな短い時間でご飯を食べなきゃならないから、勢いが凄いの。そんな時間帯に、私に100円を入れてくれる人はほとんどいません。でもいいの。みんなが美味しそうに屋台で食事をしてるのを見てると、スラムって面白いなって私は思う。情緒がある。みんなが安いおソバとか、貧しいあんかけご飯とかを、本当に美味しそうに食べてる。雰囲気で美味しさが倍増している感じ。私はロボットだから、食べ物を食べたいとは全然思わないけど、いいなーって思う。


 お昼ごはんの屋台ラッシュが終わると、だいたい午後1時くらい。まだゆっくりとご飯を食べてるお年寄りとか、ちっちゃい子とかもいて、その雰囲気も大好き。屋台の中でも優しい店主の人が、身寄りのない子供達に残り物を分けて上げたりしてる。それでね、その子供達ったら、私の側に座っておソバを食べたりするんですよ。本当に可愛い。私、涙なんて出ないけど、胸の内で涙を流しています。


 浮浪児って言う言い方は良くないかな。でも、この子達は浮浪児だよね。その中にガキ大将みたいのがいて、結構ごうつくばりなのだ。その子がおソバを独り占めにして、小さい子達が残ったスープを争って飲もうとして、喧嘩になったりする。スープも飲めない子もいるの。その子は争いにも加われなくて、私の側で寂しそうにしてる。私の足に触って、指をくわえたりしてる。私はあなたのお母さんだからね。何もして上げられないけど、私はあなたのお母さんだから。


 ガキ大将も結構分かってて、本当にお腹が空いて倒れそうな子供には、おソバを分けて上げたりすることもある。屋台主の人が、小さい子を優先にする時もある。でもね、やっぱりここはスラムです。私の目の前で、グループにも入れてもらってない女の子が倒れた事がある。大人達が駆け寄ったけど、もうダメだった。その時ね、その子が私の顔をみていたような気がしました。


 あの時は本当にキツかった。私はロボだから、結局人間社会とかはどうでもいい感じなんです。だいぶ距離を置いて考えています。飢えて死ぬ人がいても、しょうがないなとか簡単に思ってしまう。生きるって事もよくわかってない。でもあの子の目は忘れられない。唇が真っ白になって乾いていた。まるでロボットみたいだった。だから印象に残ってるのかもしれない。


 3時ぐらいから夕方にかけて、買い物帰りの奥様方が、私のとなりのベンチでおしゃべりしています。100円を私に入れてくれる人なんていません。でも、私も奥様方のお友達になった気分がして結構楽しいの。話題はお金とか家族の話ばっかり。子供の就職口が見つからなくて、困ってる人が多い。家賃が値上がりしたとか、借金が返せないとかの話も多いなあ。借金どころか、食べることに困って、お米を借りて返せないっていう人もいた。みんな生きる事に必死です。だけど私には関係が無い。わたし、ロボットで良かったって思うことが多い。人間って凄く可哀想な感じがする。人って体を自由に動かせるけど、すごく苦労してるよね。ロボットになりたい人もいるんじゃないかな。特にスラムの人は。


 あ、また思い出した。夕方になると思い出します。だいぶ前の話だけど、これまた忘れられない人がいるのです。スラムのマフィアだったんだろうって私は思ってる。30代くらいの若い男性。身なりがとてもいいの。夕暮れ時に来て、私の横に座ってタバコを吸い始めました。それで私に100円を入れたんだよね。私は勝手に動いて、辺りを見回したりしてた。それで10分経って私が止まったら、その人がまた100円を入れてくれたの。わたし、あんまりそういう事しないんだけど、その人の顔をじっと見てしまった。ロボに見詰められて、ちょっと気持ち悪いと思われたかもしれない。


 私、手足は自由に動かせます。でも、100円を入れてくれた人にあまり構ったりしないことにしてる。いつもちょっと踊るようにしてね。元マネキンだし。その様子を見てもらえばいいかなって普段は思っています。でも私はその時、マフィアの人を見て、首をかしげたり、彼に手を差し伸べたりしてしまった。そしたら彼ね、私に向かって「お前可愛いな」って言ってくれたんだよねー。まいったねー。ドキドキするというか、ハラハラするというか。だって彼は人間でしょう? 私はメカメカしいロボットですよ。一応女型の凹凸はありますけど、可愛いって思う? 普通。


 それでね。彼、疲れたなーって言ったの。それから胸元から銃を取り出して、自分のこめかみに当てました。私、冗談だと思ったんだよね。だけど彼は引き金を引いて、ドンって凄い音がした。頭から血を流して彼は倒れました。当時はベンチが無かったから、地面にバッタリと倒れちゃって。あのね、私は全然悲しくなかったんだ。彼が頭から血をたくさん出しているのを見て、綺麗だなって思った。しっかり目を閉じてて、男前の顔が私に見えていましてね。可哀想な感じとかは全然なくて、いい感じだと思った。私に可愛いねって言って、疲れたなーの後に、ためらいも無く自殺って凄くない? 意味は分からないけど、素敵だったよ。ひたすら素敵だった。夕方になると、私は彼の事を思い出す事が多いです。


 日が暮れるとスラムの治安は急速に悪化します。午後8時くらいを過ぎたら、普通の人は外に出てこない。昔からの屋台の人とかはいるけどね。その人達も襲われる事があるんです。闇の中で銃声が鳴り響きます。私の目の前を、見るからに危ない集団が走り抜けたりします。私の中の100円玉を狙って、私を壊そうとする人も後を立ちません。


 実際に今まで、15回ぐらい壊されています。そのたびに誰かが修理をしてくれるの。一体誰なんでしょう。たぶん私を改造してくれた人だと思うんだけど、電源が入ってセットアップが終わった時には、もう周りに誰もいないから分からない。


 私の体の中には、100円玉が一個も入って無いんです。電気会社に転送されちゃうから。だから、壊す人にとってそれは苦労に見合わない労働なんです。それで最近、張り紙がまた一つ増えちゃったよ。「お金は転送されて、中には入ってません」って言う奴。また近所のおばちゃんが貼ってくれたの。恥ずかしいなあ。これもね、嫌だから私、すぐに剥がしたりしちゃうんだけど。だからまた壊されるだろうな。既に廃棄されている身ですから、別にいいんですけどね。あ、張り紙のおばちゃんは、私を改造してくれた人じゃないと思います。普通の世話やきおばさんです。

 明け方までは誰も来ないよ。治安が悪いスラムの街です。私はじっと立っていて朝日が差すのを待っています。あのね、私にはちゃんとした人工知能は搭載されてないの。手足を勝手に動かせるようになってるから、意志があるように見えるかもしれない。だけど元マネキンですから。何も考えてないの。だから今までの話はどこから来たのか、私にもよく分からないよ。


 マネキンの時の記憶はちょっとあるけど、当時、こんなに考える事は出来なかった。改造されて新しい人工知能が積まれている訳でもない。それはセルフチェックで分かるの。まあ、別にいいよね。深く考えるのは止めましょう。みんなもスラムに来たら、私に会いに来てよ。100円を入れなくてもいいよ。なんとなく、すれ違うだけでもいいじゃない?

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