第9話 発展する島と焦る実家と

「もう一度言ってみろ! 赤字なんて、あり得ないだろうが! これまで、ずっと膨大な黒字だったではないか!」

「そ、それが……」


 アロイスの怒声が執務室に響き渡り、報告を上げていた長兄は縮こまった。


 能なしの息子二人は、アロイスに外務や内務の重職を与えられたことで、すっかり満足をしていた。

 部下へ適当に丸投げし、自分たちは相変わらずの放蕩生活を続けていたのだが……。


 二人は部下からの報告にもろくに目を通しておらず、ミランの《ムルベレツ》が大きな発展を遂げつつある事実に、まったく気がついていなかった。

 対策をろくに取らなかった結果、ミランが復活させた海上交易ルートに商人たちの目は移りつつあり、領の経済は危機的な状況に陥りはじめていた。


「おまえたちがここまで役に立たないとは……。ええいっ、すぐにミランを呼び戻すんだ!」

「し、しかし……。ミランはすでに死んでいるのでは?」

「なにを言っておる! ……まさか、そこまで情報収集を怠っていたとは。ミランは生きておる! どんな手段を採ったかは知らんが、新たな海上交易路を作ろうとしているのだ!」


 息子たちのあまりの体たらくぶりに、二人を信じて重責を担わせたのは大失敗だったと、アロイスは頭を抱えた。

 てっきり、二人がミランの海上交易ルートへの対抗策を練って、領の貿易額が落ち込まないような手段をしっかりと講じているものと、アロイスは思い込んでいた。


「そんな、まさか!?」

「事実だ! つべこべ言わずに、さっさとミランを召還する手はずを整えろ! グズグズしていたら、赤字が膨らむばかりだぞ! 寄子として、分家として、子爵位を与えたのは私だ。私のために働くのは、ミランの当然の義務だ!」

「は、はいぃぃ……」


 息子たちはうなだれながら、とぼとぼと執務室を出て行った。




「どうしよう、兄さん。このままじゃ、僕たちの立場が……」


 廊下に出るや、息子たちは相談を始めた。


「なに、心配するな。ミランは所詮、平民の子だ。なんの役にも立ちそうにないハズレの【天啓】しかもらえなかったあいつでも、我が家を脅かせるほどの貿易ルートを確立させられたっていうんなら……」


 長兄はニヤリと笑う。


「僕たちにもできない道理は、ないだろう?」

「……なるほど、さすが兄さん。ミランを消して、僕たちの手柄にしちゃえばいいのか。あいつの作った貿易港と交易ルート、まるごとおいしくいただいちゃおうってわけだ。なーんだ、簡単な話じゃん」

「そうと決まれば、さっさと《ムルベレツ》に行って、ミランを始末しちまおう。使者を装って近づいて、な。結果を見れば、きっと父さんも喜んでくれるはずさ」


 二人はクックッと忍び笑いを漏らしながら、それぞれの自室に戻った。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「あれぇ? ねぇねぇ、ミラン。あの船って……」


 ステラが遠方に浮かぶ船を指さした。


 僕たちは今、あの凶悪なウミガメ型海獣の甲羅の上に乗っている。

 海の支配者だったはずの海獣も、《水流魔法》に屈してすっかり従順だ。


 わざわざ海獣に乗って交易船の出迎えをしているのには、理由がある。

 周囲に海獣を意のままに操れる様子を見せることで、軍事的に島をどうこうしようと画策する不埒な輩を、牽制したかったからだ。


 まだまだ人材に乏しい島だし、戦争なんて起こったらたちまち存亡の危機になっちゃうからね。


「僕たちと同じバルテク家の紋章……。ってことは、もしかして実家の船か!」

「誰が来たのか知らないけれど、今さら何の用かしらね」


 島に上陸してから一年。

 もうすっかり、この交易港の切り盛りにも慣れた。

 まだまだ都市と呼べるような規模ではないけれど、順調に発展してきている実感はある。


 そんな《ムルベレツ》に、とんだ厄介者が紛れ込んできたってわけだ。


「まぁ、あまり愉快な理由じゃないでしょ。……僕たちに交易の一部をとられて、さすがに見過ごせなくなってきたってところじゃないかな」

「どうするつもりなの?」

「相手の出方次第かな。とりあえず、話を聞くだけは聞いてみないとね」


 問答無用で追い返してもいいけれど、対外的に見れば、僕たちはあくまでバルテク辺境伯家の分家。

 しかも、父さんのことだから、きっと僕が島流し同然に実家を追い出された事実を、周囲に隠しているはず。


 なので、僕のほうから一方的に本家の船を追っ払ってしまえば、ちょっと体面が悪いかもしれない。

 こっちがあしざまに言われる危険性もあった。


「無茶な要求をしてきたらどうするの? 敵視しているようなら、私たちの身の安全も考えないと」

「そしたら、丁重にお帰り願うだけさ。もう二度と《ムルベレツ》に上陸できないよう、素敵な手土産も付けてね」

「ミランったら、悪い笑顔ね。なにを考えているの?」

「実家の船が見えたら、《水流魔法》で海流を逆方向にちょちょいと操作してやろうかなって」

「ふふっ。この海上貿易の最重要拠点に、一切近づけなくなるのね。膨大な富を生み出す、この《ムルベレツ》に」


 ステラがニヤリと笑う。


「まぁ、あくまで最終手段だよ。以前のことをきちんと謝罪してくれるのなら、僕だって少しは考えてやるさ」

「いくらおバカなお兄さんたちでも、さすがにこの島の状況を見て、愚かな行動をとったりはしないよね、きっと」


 はたして、これからなにが起こるのか。

 怖くもあり、また、楽しくもある。




 僕はステラと笑い合いながら、実家の船が近づいてくるのを眺めていた――。




 ―― 完 ――




*****************************

お読みいただきありがとうございました。

これにて完結になります。


前作の反省から、短くテンポ良くまとめる練習をしてみようと思い、今回このような形で公開をいたしました。


【2020.10.02 お知らせ】

本作品の長編版を、別に新規公開しました。

序盤は同じような展開ですが、主人公の性別が変わったことで少し設定が変わっています。

もしよろしければ、そちらもお読みいただけたら幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922819109

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【短期連載版】貴族の世界に絶望したので、幼馴染の少女とのんびり生きようと思います~無能の烙印を押され追放された貴族の少年は、唯一の《水流魔法》で大海原を支配し、絶海の孤島に実家を超える貿易都市を造る~ ふみきり @k-fumifumi

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