第8話 没落へのカウントダウン

 数日後――。


 アロイスは息子二人を執務室に呼びつけた。


「今頃は、海獣の腹の中か……」


 アロイスは窓辺に立ち、外の様子を眺めながらつぶやいた。


「ミランですか? 父さんの期待を裏切ったんです。当然の報いですよ」

「《水流魔法》か……。なぜ、そのような役に立たないものを授かったんだか。あいつも私の息子のはずなのに、な……」


 アロイスは窓に息を吹きかけ、曇ったガラスに大きく指でバツ印を描く。


「そもそも、高い魔力を持っていたことすら、あいつには分不相応だったんですよ。元々、貴族として生きるべきではないはずの立場なんですし。正しいあり方に戻ったまでですって」


 長男が嬉々としてミランの悪口を吐き捨てる。

 その脇で、次男も同調するようにミランへの罵詈雑言を口にしていた。


 アロイスは息子二人に向き直り、ゴホンと咳払いをした。


「ミランがいなくなった以上は、この領の将来はおまえたちにかかっている。わかっているな?」

「「はいっ!」」


 アロイスの言葉に、息子二人はミランへの中傷を止め、姿勢を正す。


「改めて話しておこう。なぜ、我が領がこれほどの繁栄を誇っているのかを」


 アロイスは、机の上に地図を広げた。

 息子たちも机に寄り、地図をのぞき込む。


「帝国との唯一の交易路を領内に抱えているから、ですよね?」


 王国と帝国とを結ぶ砂漠やサバンナに囲まれた一本の街道を、次男が指でなぞった。

 砂漠に点在するオアシスのひとつに、バルテク辺境伯領の領都もある。


「そのとおりだ。……そのとおりなのだが、そもそも、なぜ交易路が他にないのか、疑問に思わないか?」

「あぁ、言われてみれば確かに……」


 息子たちは顔を見合わせた。


「昔はな、あったんだよ。ほかにも交易路が」

「今はないのですか?」

「ない。その失われた交易路は、海路だったのだ。……例の海獣に塞がれた海域を通る、な」


 アロイスは大陸南の海を指さした。

 絶海の孤島《ムルベレツ》の名もある。


「ということは、当家の今のこの繁栄も、その海獣さまさまだってことなんですね!」

「あぁ、そのとおりだ。まったく、私たちにとっては、膨大な金を生み出してくれる聖獣様と言っても差し支えないな」

「船を次々に沈める凶悪な海獣が、聖獣様ですか! こいつは笑っちゃいますね」

「そうだろう? なんとも愉快な話だな!」


 三人はクスクスと笑いながら、海のある南に向かって拝むような仕草を取る。


「いずれはあの海獣を始末して、海路も独占したい。そのために、あの役立たずの孤島《ムルベレツ》の所有権を、放棄していないんだ」

「集めた膨大な資金で、大量の軍船を雇って……。面白そうですね! ワクワクします」

「陸路も海路も当家で支配できれば、単なる独立だけではない。王国までをも食ってしまえるかもしれないな」

「最高じゃないですか、父さん!」


 果てしない愚かな妄想に取り憑かれ、アロイスたちはゲラゲラと笑い転げた。

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