第7話 傲慢な兄たち

 バルテク領領都の、辺境伯家本邸――。


 執務室で、アロイス・バルテク辺境伯とその二人の息子が、一年の収支の報告書を整理していた。


「今年も大幅な黒字だ。まったく、儲かって儲かって笑いが止まらんな」


 アロイスは報告書をパラパラとめくり、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「貿易額が年々増加していますしね。順調そのものですよ」


 アロイスの次男が、年ごとの収支の推移を記した表を眺めながら、同意した。


「ここ最近は、王家の収入を超えているんじゃないですか? そろそろ、軍部なり内務なり、国の中枢を丸々自派閥に取り込むことも考えてみては」


 長男はそう口にすると、執務室に飾られている鎧の表面をそっと撫でた。


「まぁ、そう急くな。そのあたりはきちんと考えておるわ。焦っても警戒されるだけだぞ」

「「おぉぉー! さすがです、父さん!」」

「……まったく、調子のいい息子たちだ。ミランを追い出したことで、将来の事業計画に変更が生じている。おまえたちにはこれから、ミランの穴埋めをしてもらうつもりだぞ。心しておくように」


 アロイスはじろりと二人の息子に視線を遣る。


「あんな半分平民のゴミ野郎に、私たちが負けるはずありませんよ」

「兄さんの言うとおりです! 格の違いってやつを見せてやりますよ」


 二人の息子は口々にミランを貶める言葉を吐き出し、アロイスに自らの優秀さを示そうとする。

 アロイスは苦笑しながら、「わかったわかった」と息子たちを落ち着かせた。


「まだまだ、私の野望は道半ば。先は長い」

「野望、ですか?」

「うむ……。おまえたちにはまだ語っていなかったな。私の野望を」

「聞かせてください!」


 アロイスは鷹揚にうなずいた。


「私はな、貿易で得た膨大な資金を元に、この荒涼とした我が領を灌漑し、豊かな大地に変えたいのだ」


 アロイスは拳をグッと突き出した。


「それで、ミランの《万能魔法》にこだわっていたんですよね」

「ああ、そうだ。そして、豊かになった我が領を、いつかは独立国家にしたい」

「「おぉーっ! 独立国家!」」


 息子たちはパチパチと手を叩く。


「交易で帝国との結びつきも強くなった。王国と帝国との調停役としての立場を活かせれば、果たせない願いではないと、私は思っている」

「「私たちもついていきますっ!」」

「頼むぞ、我が息子たちよ」


 三人は笑い声を上げながら、報告書の整理を続けた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 その日の昼過ぎ――。


 報告書の整理を追えた兄弟二人は、領都の繁華街に繰り出していた。


「父さんの僕たちへの態度、変わってきたよね、兄さん」

「あぁ、そうだな。これも、あの邪魔なミランがいなくなったおかげだ。父さんも、僕たちにずいぶんと期待をしてくれるようになっている」


 ぶらぶらと歩きながら、二人は最近の父アロイスの様子について話し合った。


 二人は感じていた。

 ミランが消えたことで、自分たちの力が正当に評価されるようになってきたのだと。


「神様も僕たちの味方っぽいしねぇ。役立たずの【天啓】を授けて、ミランを家から追い出す口実を作ってくれるなんて、まったく最高の神様だよ」

「確かにそうだ。……こりゃ、笑いが止まらないな」

「フフフッ」

「アハハハハハッ」


 周囲がドン引きするほどの大声で、二人は笑い声を上げた。


『自分たちは領主の正式な子供だ。平民の血が混じったミランとは違うんだ』


 この想いが、二人を傲慢にさせていた。

 平民からの視線なんて何するものぞと、街ではわがまま放題に振る舞っていた。


「あれ、領主様の息子さんたちでしょ?」

「一番優秀で私たちにも優しかったミラン様が、屋敷から追い出されたって本当かしら?」

「上の二人は評判良くないわよね。……大丈夫なのかな、これからのバルテク領」


 数人の主婦が物陰に集まり、領主の息子二人を散々に貶す。


 街の人とも気さくに話をしていたミランは、平民からの受けがよかった。

 元々平民街で暮らしていたこともあり、平民たちにとって、ミランこそが自分たちの代表だという思いもあった。


 だが、そのミランが追放されたことで、住民たちの間から少しずつ不満や不信の声が漏れ出すようになっていた。


「やだ、こっちに来るわ」

「また酒場で昼間から放蕩三昧でしょ? 私たち平民への態度は最悪だし、気に食わないことがあればすぐに暴力へと訴えるし……。金払いの良さだけが取り柄よね」

「しっ! 聞かれたらまずいわ。さっさとこの場を離れましょう」


 近づいてくる領主の息子たちを避けようと、話し込んでいた主婦たちはバラバラに散っていった。

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