第2話 黒い森と、血実から生まれたナディ

北極に堕淫(だいん)の大呪(たいじゅ)、

南極に裏切りの大呪(たいじゅ)、

極東に創世の大樹、

極西に救世の大樹。



四方に大木を戴く国、オーバラライデン。



15年前、オーバラライデンの人々は、

数百年ぶりに蘇った魔王の脅威に震えている最中であった。


南北の大呪は日に日に育ち、幹を太く大きく、枝を無数に伸ばし、広がった。

黒い幹に黒い葉を繁らせる木々が、

北の大呪からも、南の大呪からも広がった。

木々は森となり、4年かけて、

南北を一直線に繋げる黒い帯のように東西を分断した。



その日から東西の往来はなくなり、互いの様子を知ることはない。



荒れ果てる東の大地。

枯れる水。

連なるボロ家。

ボロを着る人々。

襲いくる飢え、病。


分断され、日に日に濃くなる黒の森に、

人々が戦々恐々とする中、

創世の大樹に真っ赤な豆粒ほどの実が成った。


東の人々は神子が誕生するのだと歓喜した。


大樹から生まれた者は神子と呼ばれ、

大呪から生み出される厄災を祓う役目を負う。

特異で強力な能力によって、神子が平和な世を新たに創るという伝説が、その時、現実に目の前に現れたのだ。


日々の暮らしは困窮していたが、

人々は創世の大樹、そして、小さな小さな実だけは血肉を分けるように大切に育てた。



水がなければ処女の血を。

肥料がなければ赤子の骨を。

逞しき若人の干した精巣を。


大樹のために、わざわざ選ばれた者が捧げられた。


特に、胎児の骨は柔らかく、土に吸収されやすかったため重宝された。

妊娠を奨励し、健康な若者たちに子作りをさせては、捧げ物として妊婦の腹から掻き出した。


頭が出来上がっている胎児は、脳味噌も肥料として差し出すために、頭を切り、生首ごと創世の大樹の根元に埋めた。

体は燃やし、骨にして砕き、大樹の周りに撒いた。


胎児と一緒に出てきた胎盤も、

干して砕いて、骨同様に大樹の周りに撒いた。



一重に、生き残る人々の平穏のために。

替えがたい犠牲が、創世の神子を強くし、

残された人々を救うと信じて。



身を削る献身的な世話により、

創世の大樹と実は、大呪の成長を凌ぐほどの驚くべき速さで成長した。


特に人々が驚いたのは、

創世の実の成長した姿だった。


豆粒ほどの大きさのときは、林檎のような実になるのだと思われていたが、

その姿形は、




まるで心臓のようだった。




ピンク色の半透明な膜を張った、拳ほどの大きさの実。

水風船のように液体を内包し、枝からダラリとしずく型に垂れ下がっている。


実の表面からは、鮮血が止めどなく滴り、

ドクッドクッと小刻みに収縮していた。


鮮血の隙間から覗くと、

半透明な膜の中で、黒っぽい塊が液体を掻き分けるように、グチュグチュと小さな音を立てて蠢いている。


目と耳だけは大きく育ち、

目玉と耳が細く伸びた神経のみで、黒い塊に接続されているような状態だった。


ギョロギョロと周りを窺うように目玉が動くと、目玉から伸びた赤い神経がゆらゆらと揺れて、黒い塊に振動を伝える。


耳はヒタッと膜に貼り付け、こちらの些細な音も聞き逃すまいとしていた。



神子と聞いて、美しく瑞々しい果実を思い描いていた人々は、禍々しい創世の実に戸惑った。


"これ"は本当に神子なのか。


訝る者もいたが、だからと言って、引き返すことは出来なかった。


黒い森は広がり続け、モンスターやダンジョン以外の災厄も現れ始めた。

一兵卒では太刀打ちできず、王国騎士や勇者レベルでなければ対応できない災厄が続いた。

国全体が、少なくとも東側は疲弊していた。


魔王を倒すためなら、悪魔と契約してもいい。


人々はそんな馬鹿げたことを真剣に考えていた。



だからこそ、禍々しい創世の実は恐ろしさとともに、

秘めた強さを見せつけるようで、

藁にもすがりたい人々は、一層、生贄を捧げることに力を入れた。






実が現れてから10ヶ月後。

生贄の数は50人を超え、

創世の実は、縦に60cmほどにまで大きくなった。


ビクビクと収縮を繰り返す創世の実は、筋肉を付けるかのように、白っぽい太い筋を表面に付け、ビキビキと収縮に合わせて脈打つ。

表面から流れる血は少なくなり、代わりに生臭い透明な液体を漏らし始めた。


膜の中の黒い塊は、いつの間にか、しっかりと人間の赤子と同じ形になり、丸まって液体の中に浮かんでいる。


この頃には、誕生が間近だと感じた人々が、寝ずの番で交代しながら守りをしていた。


そして、ある日の夕方。

昼の守り人と、夜の守り人がちょうど交代する時、

変化が訪れた。


膜の底部に小さな穴が空き、

プシュッと膜の中の液体が噴き出した。

みるみる膜内の液体は流れ出し、

神子の頭が一瞬、液体の中から顔を出す。


ゴボゴボッと、中の神子が口から粘性のある液体をドロドロと吐き出し、苦しそうに身を捩る。


守り人の二人は真っ青になり、顔を見合わせる。



神子を死なせるわけにはいかない。



昼の守り人は、助けを呼びに村長のところへ駆け出した。

夜の守り人は、なんとか液体が流れ出るのを止めようと、実を下から持ち上げるように、両手で穴を抑える。


穴を抑えると、ネバネバと生臭い透明な液体が手を伝う。

実がちょうど鼻先に位置し、魚が腐ったような臭いに吐き気を催す。

臭いに耐えながら、強く穴を押さえても、指の間から液体は漏れ続ける。


神子は息ができないのか、バタバタと暴れ出す。

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肉の壁 〜死んで私の盾になれ〜 ゆとり等 @Yutori_H

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