肉の壁 〜死んで私の盾になれ〜

ゆとり等

第1話 断頭のダークミノタウロス


「第一列目、前進!!」


一列目の二人の兵士を押しやるように、ナディは叫びながら前方を指差す。


兵士はもはや言葉を発することもなく、

ズリズリと足を引きずるように、前に歩き出す。


最前列の人間は、意外に静かだ。

最前列に回るまでに、

すでに命乞いも罵倒も、発狂も済ませているからだ。


それが一番良いだろう。

たとえ喚いたところで、死ぬしかない。




「グォォォオオオオオオ!!!!!」




兵士の目の前にいる、

ダークミノタウロスが咆哮を上げ、

右腕の筋肉を何倍にも膨張させ、振り上げる。


来た!

間違いなく怪腕裂殺ヘラクレアンキリング!!




ナディの様子を窺うが、

まだ詠唱し、剣に魔力を注いでいる最中だ。

やはり間に合わないか…!!




最前列の兵士の一人に、

大木の幹ほどのダークミノタウロスの拳が向けられる。


ミノタウロスの拳は、兵士の右半身を頭から潰し、

そのまま勢いよく床までドガァァッ!と振り下ろす。

兵士の見すぼらしい布製の防具では、何一つ守ることもできず、

潰されたヒルのようにペチャンコになる。



ブパァッと残った兵士の左半身の断面から血が吹き出す。

右半身を潰されるときに右に倒れかけていた体が、

吹き出す血の勢いで左側に傾き、

断面を晒すように倒れる。


倒れた兵士の残った左足がビクビクと痙攣している。

頭は頭蓋骨がひしゃげ、脳味噌がかき混ぜられたようになっており、頭の中に残っていたり、飛び散ったりしている。

頭蓋に残っている脳味噌は血に染まり、赤黒く腫れ上がっていく。

脳味噌だけでなく、透明な液体や血液がドクドクと頭から流れ出て、地面で混ざり合う。


おそらく死の恐怖で、しばらく食事がうまく消化されていなかったのだろう。

兵士の千切れた内臓の間から、木の根や蟲の甲羅が見える。

ダラリと地面を這うように落ちている大腸からは、

黒い糞便が透けて見え、一部は点々と飛び散っている。


血と腑はらわたのムワッとした生臭い匂いと、

糞便の突き刺すようなアンモニアの匂いが混じり、

ダンジョンの一室という閉鎖空間に充満する。



生き残ったもう一人の兵士がゲロゲロと嘔吐する。



彼もまた、木の根や蟲の甲羅や脚、

さらには、どうやら人間の指と思われるものまで吐き出した。




「おいおい!コイツ、仲間食べたのかよ!!」


後方で控えている男が声を上げる。

前方の兵士とは違い、ミスリル製の防具を揃え、

彼が携えているダガーナイフは、鞘の中で光り輝いている。

光のエレメントと祈りが付与されているに違いない。



生き残りの兵士は吐くだけ吐き、

今にも崩れ落ちそうにフラフラし、目の焦点も合っていないが、


倒れることはない。


命が尽きるまで、神子を守る契約だからだ。

勝手に倒れたり、逃げる事は許されない。

身を挺してでも、兵士は神子を守り抜かねばならないのだ。


生き残りの兵士がハッハッと細かく小さく息をしているのが分かる。

恐怖で呼吸もままならないか。

これでは応戦する事はできないだろう。

応戦するといっても、碌な武器は持たされてはいないが。


ナディを見るが、まだ詠唱をしている。

捨て駒はあと一人だ。

コイツが死ねば、メインパーティから人身御供が必要となる。

ダークミノタウロスを倒せば、おそらくこの迷宮ダンジョンは攻略となるはずだが、

まだ敵が控えている可能性を考えると、

これ以上、戦力を削がれるわけにはいかない。

いや、下手をしたらエスケープ魔法を使うことになる。


出直しでこのダンジョンを再攻略するとなると、

人集めに苦戦する事は目に見えている。

近くに小さな村がひとつしかなく、

男手のほとんどは出稼ぎでいない。

女でさえ、遠くへ稼ぎに出ている状況だ。


このダンジョンを諦めるべきか。

メインパーティで一番、代えが見つかりやすいのは誰か。

人を狩るか。




ズズッと

ダークミノタウロスが後退し、間合いを取り始めた。


MP回復か?

こちらのジリ貧状態を見切ったというのか?

まだこちらには大勢の兵士がいるのに?

ダークミノタウロスはこちらの"事情"は知らないはずだが?


考えあぐねているうちに、

ダークミノタウロスは体を丸くして蹲るような姿勢をとる。


これは!

機関砲キャノン跳蹴スキャッターシュート!!


一気にパーティを全滅させる気か!!


背に腹はかえられない。

コイツを神子の盾に…と一歩踏み出そうとした、その時、



「…出来た。

最前列兵士、最後退!

フォルス、最前衛へ!


光輝ライトニング疾斬剣ウィールウィンド!」




まるで、見えない手に引き摺られるかのように、

嘔吐した前衛兵士は後ろへ引っ張られ、

首根っこを掴まれた猫のように最後尾へ移動した。


代わりに、金色の短髪をなびかせた聖騎士が軽やかに前衛に躍り出る。

先程までナディが魔力を込めていた剣が手に握られている。


控えめな薄い光が、剣の周りをクルクルと舞っている。

光は聖騎士の体にまで舞い始める。




「光輝ライトニング|ーーーーー!!」


聖騎士が叫びながら、蹲ったダークミノタウロスの上方へ舞い上がる。



ゴオオオオオゥ!!


を轟とともに、立っていられないような旋風が起こる。

俺も身なりの良い後衛戦士も、

ナディを庇うように陣形を変える。




「疾斬剣ウィールウィンドーーーーーー!」




聖騎士と剣が眩く光り、次の瞬間、剣の先端に光が集約される。

聖騎士は高く飛び立ったところから、

一気に降下し、ダークミノタウロスの頭部を串刺しにする。


蹲っていたダークミノタウロスの頭頂部から剣が突き刺さり、顎を床に縫いとめるように貫く。



キィィィィイイイイイイイイ!!



超音波のような高い音が剣から鳴り響き、

パンッと乾いた音とともに、光が爆発する。

一層強い風が吹き荒れ、俺はナディを抱きすくめ、

眩しさと風に目を瞑る。

銃弾を浴びるかのような衝撃が全身を襲う。




なんたる威力…!!




剣の破壊力、込められた魔力の膨大さに感嘆する。

やはりナディは救世の転生者なのだ。






カシャン!





剣を鞘に収める音がして、風も光も嘘のように消滅する。

顔を上げると、目の前には頭部を失い、首から頸椎を露出させたダークミノタウロスが倒れていた。


首から1メートルほど突き出した、血だらけの白く丸い頸椎は、王冠を被ったような棘を持ち、断面からダラダラと半透明の赤い液体を垂れ流している。

丸太ほどある首の骨の周りと中央には、灰色の膜が千切れながらもこびり付いているのがよく見える。


ブロックのように繋がった頸椎は、自身の重みに耐えかねて、ブツっと音を立てて、先端の骨が外れる。

骨の中央から、鮮やかな赤ピンク色の神経繊維の塊が見え、外れた骨は神経に支えられてぶら下る。


首の筋肉は、まだ、自分の体が死んだことに気付いていないのか、ギュッギュッと縮んでは血を吹き出させている。




周りを見渡すと、

筋肉や脂肪、皮膚の赤い塊や、

脳味噌などの灰色の塊、

大小様々な塊が飛び散っており、これが弾丸のような衝撃の原因だったのだと気づく。

マントや防具には無数の肉片が張り付いている。


最後尾へ下げられた兵士は、

胸に穴を開けて死んでいた。


胸の穴にはダークミノタウロスの目玉が埋まっている。

飛び散った眼球が兵士の心臓を潰し、心臓の代わりに胸に埋まってしまったのだろう。

ダークミノタウロスの目玉の周りから血が溢れ、目玉は兵士の血に沈んでいく。


祈りや奇跡を持たず、布製の防具を付けた急ごしらえの兵士では、ひとたまりもなかっただろう。



一方、ナディは俺の陰で、

穢れも怪我もせずに済んでいる。



探索サーチの奇跡を持つ僧侶のサルパが周りを窺う。


「他のモンスターの出現無し。攻略完了です」


サルパの言葉に一同が安堵する。

今回はかなりの犠牲者が出てしまい、

手駒が尽きかけていただけに、気が抜ける思いだ。




「じゃ、失礼して♪」




先程のダガーナイフを携えた盗賊のアルボが小躍りしながら、ダークミノタウロスを踏み越え、部屋の奥へ消える。


「一緒に見てまいります」


サルパが間髪入れずに続く。

見るというより監視だろう。

アルボは腕は確かだが、手癖が悪い。

サルパのような優等生タイプが目を光らせておくことは必須だ。




「おおーーーーーー!!これは!!!」




奥の部屋からアルボの歓声が聞こえる。

袋に入った山盛りのエレメント、金貨、各種高級鉱石、

そして、伝説の大槌と、皮で出来た掌サイズの人形を一個持ち、

ホクホク顔のアルボが部屋から出てくる。


チラッとサルパに視線をやると、

サルパは小さく頷く。

今回はガメてはいないようだ。

前回の"制裁"がよほど堪えたのだろう。



「…これは?」


ナディが人形を指差し、小さな声でアルボに話しかける。



「これは大当たりだよ!!

ズバリ身代わり人形!

瀕死の状態になっても、これがあれば一瞬で全回復!

死亡しても3秒以内に使用すれば、半回復!

一体につき一回分。

俺らパーティにピッタリじゃね?」


ヒヒッと笑って、アルボは人形を握りしめる。

どうやら自分のものにしたいようだ。


「えー!でも、この人形の皮、薄いし、ブツブツもあってカピカピでキモーい!!」


つり目のツインテールの少女が、オエっと言いながら弓矢のケースに、もたれかかる。


「人間の皮なんだから仕方ないだろ!

こういう呪術的アイテムは、怨念や苦悶、悪意が詰まった人間を素材にするのが、コスパ良いんだよ!」


アルボはムッとしたような顔になる。



「ひぃームリー!!人皮だって!!

可愛くなーーーい!!」



わざと嫌悪感丸出しの顔をして、アルボをからかう。


「トラップ解除で命がいくらあっても足りないような盗賊には有難いアイテムなんだよ!そんなに嫌なら俺が貰う!」


言い争いのドサクサにまぎれて、自分のものにしようとするアルボ。

今日、一度もモンスターと戦わず、キラキラしたダガーナイフの出番は無かったにもかかわらず。




「…勝手にして」


ナディは心底興味がないようで、魔道士にエスケープ魔法を命じる。


ダークミノタウロスは、討伐の証拠に一緒にエスケープし、村で解体する。

捨て駒兵士は捨てていく。


捨て駒の死体を運ぶなど魔力の無駄。

パーティの"事情"が漏れる危険性もある。


兵士たちは神子との契約により、

その身を挺して神子を守る盾となる。

いや、もはや使い捨ての奴隷と言えよう。


瀕死であっても、激しい苦痛や恐怖に襲われようとも、逃げる事は許されず、命をかけて守る壁。







契約の名は、肉の壁。

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