第10話 男でも女でもなく、オメガでもベータでもアルファでもない私

「柳くんはオメガなんだよね?」


ベッドが用意されている、ビジネスホテルのシングルくらいの個室に案内された佐々木は、柳に質問する。


「そうだよー」


柳はベッドに腰掛けながら返事をする。

ベッドの横に立ったままの佐々木は、続けて質問する。


「いつ分かったの?」


柳はベッドに腰掛けたまま佐々木を見る。


「ボクは遅かったよー。14歳の時。

二次性徴が遅くて、もしかして、とは思ってた⭐︎

で、14歳の春、検査したらオメガだったー」


そんなにボクのこと、気になる?と

首を傾げて佐々木を見る。



「柳くんが気になる、と言うのは正確じゃない気がする。オメガというものに、関心がある」


佐々木は、軽くこめかみに指を添え、言葉を探るように話す。


「柳くんは、自分がオメガだ!って、実感?自覚?する?いつも?たまに?」


「えー⭐︎質問責めだねー。

それってフェアじゃないよー⭐︎

質問と自己開示はセットじゃなーい?」


ふふっと笑って、柳は足を組む。

答えを焦らすのを楽しんでいるようだ。


佐々木はフゥとため息のような息をつく。


「そうね。失礼だった。ごめんなさい。

柳くんがオープンにしているからって、私が一方的になんでも言っていいわけじゃなかった」


勢いのあまり、カテゴリーハラスメントをしていたことに気付いたのか、佐々木は真摯に謝る。


「私はね、今16歳と3ヶ月。性別属性検査は10歳の時だった。10歳になったばかりのときに、1日だけ下腹部からの出血があって、それが初潮だと判断されて、検査になったの。検査の結果はベータだった。


でもね、


その検査結果はアテにならないって分かったの」



佐々木は、言い終わると、着ている服を脱ぎ始めた。


スポーツブラとショーツの姿になる。

スラっと背が高く、細身で足が長い。

弓道で鍛えたためか、二の腕には逞しい筋肉がついている。

腹筋とふくらはぎ、尻にも、しっかりと筋肉がついており、日頃の鍛錬が垣間見られる。

胸はBカップもなさそうだが、白い肌が異様に艶かしい。




「私、"何"に見える?」




恥ずかしがることもなく、

佐々木は仁王立ちで柳に問う。




「うーんとね⭐︎佐々木さんに見えるよー!」




決してふざけているわけでなく、真剣に答える柳。


そっか、と気が抜けたように佐々木は呟き、話を続ける。



「私ね、性分化疾患だって分かったの。

中でも、アストロン無分泌症ってやつみたい」


「アストロンって男性ホルモンの、アストロン?」


柳は首を傾げながら、聞き返す。


「そう。さすが柳くん。

こういうの、よく知ってるんだね」


佐々木が柳の目を見る。


「ちがうちがーう!

アストロンは知ってるけど、

性ぶんナントカは知らないよー!」


柳は手をパタパタ左右に振って否定する。


「性分化疾患。

半陰陽とか、両性具有とか、けっこう間違った使われ方をする言葉だけど、昔はそんな風に呼ばれてたみたい」


「え、じゃあ、どっちも付いてるの?!」


柳が立ち上がって、佐々木のショーツの中を覗き込もうとする。


「ちょ、ちょっと!座ってて!」


佐々木が慌てる。


「えー、自分から下着まで脱いだんだから、

全部見せてくれたっていいじゃーん⭐︎」


プゥと膨れながらも、柳は渋々ベッドに座り直す。


「私はアストロン無分泌症!外見は女なの!

だから、下着の中を見ても、その、あれよ!

アレは付いてないの!」


佐々木は真っ赤になりながら、最後の方をモゴモゴと話す。


「ペ○○が無いってこと?じゃあ女じゃん!」

すかさず柳がツッコミを入れる。





「でも、精巣はあるの!!!!!」




ムキになって、思わず大きな声が出てしまったのか、

佐々木は言った後にますます顔を赤くする。


柳がポカーンとする。


「え、見た目は女で、ってことは、子宮があって、

でも、精巣もあるから、男の部分もあるってこと?」


柳も混乱しているらしく、珍しく真面目な顔をしている。


「違う。膣は閉じてるし、子宮もない。

でも、胸は一応あって、精巣があるの」


一応、と言いながら、佐々木は胸を隠すように腕組みをする。


「なにそれ」


「私も最近、知ったばかりだから、よく分かんない」


「じゃなくて!





オメガのボクって、結構珍しくて特別♪って思ってたのに、

ボクより珍しいの登場しちゃったじゃん!!


やめてよー!ジェラシー!!」



天使ポジションは譲らないからー!と地団駄を踏む柳。

次は佐々木がポカーンとしている。


「ジェラシー…天使…」


クールビューティな委員長が呆気に取られる。



「"珍しい"は、それだけで価値があるの⭐︎

てか、寒くない?

ボク、突っ込んでくれるペ○○がない裸には興味なーい!」


立ち上がって、脱ぎ捨てられた服を拾い始める柳。

柳につられて、佐々木も服を拾う。


「で、裸見せたり、性分化疾患の話するのと、オメガがなんか関係あるのー?」


柳がベッドに再び腰掛け、ポンポンと隣に座るようにマットレスを叩いて佐々木を呼ぶ。


服を着終わった佐々木は、柳の隣に座る。


「私、性分化疾患って分かったことで、

自分が男か女か分からなくなって、

さらに、アルファとかベータとかオメガとか、

そういうのも分からなくなったんだ。


そもそも、わたしみたいなのは珍しいの。

染色体とかホルモンバランスとか生殖器とか、

色んなものが大勢の人とは違うから、

正確に性別属性検査が行えないんだって。


私は自分が女で、ベータだと思って、

今まで生きてきたのに、

急に足元が崩れた気分というか。

自分が誰か分からなくなってしまったの。

何が変で、何が普通か分からなくなってしまったの」


佐々木は話しながら、自分の下腹部を見つめる。


「生理は来たんだよね?」


「違ったみたい。

下血だったんだじゃないかって、お医者さんは言ってる。

部活のトレーニング中に、どこかにぶつけて、内臓に軽く傷がついて、出血したのが下着に付いたんだろうって。

確かに血が出たのは、初潮だと思った時の一度だけで、それ以来は一度も来てない。


そりゃそうだよね、子宮ないんだもん」


佐々木は顔を上げずに話し続ける。


「ねぇ、私はオメガなのかな。

オメガの人は、同じオメガの人を見分けられるの?

この人オメガだな、とか、自分はオメガだなって思う瞬間とかある?」


「あー、なるほどー⭐︎

性別属性検査の結果がアテにならないから、

とりあえずオメガの可能性だけでも確認したいんだー!」


柳は分かった分かった、と頷き、話を続ける。


「うーん、正直なところ、オメガかどうかは、見た目じゃ分かんなーい!

今はみんな抑制剤を飲んでるから、ニオイもないし、オメガ同士でテレパシーが出来るわけでもないからねー⭐︎


ボクは、やっぱり抑制剤なしでヒートが来た時は、間違いなく自分はオメガだ!って感じるよー!

アルファは特別だなって感じるし。

オメガとアルファは対極にいる分、引き合うんだよね⭐︎


特に体の相性!!」


佐々木が"体の相性"と聞いて赤面する。


「あれ?佐々木ちゃんは経験無し?

彼氏とかいないのー?」


佐々木がなにやらモニョモニョ話す。


「え、なんて?」


柳が佐々木の口元に耳を寄せる。








「私、女の子が好きなの」





佐々木は耳まで真っ赤になり、続けて捲し立てる。


「変だよね。アルファとかオメガじゃないのに、ベータで同性が好きって変だよね。


だから、性分化疾患って聞いて、あれ?私が男だから女の子が好きだったのかな?とか思って。


でもね、私はずっと女として育ってきて、全然、違和感もなかったし、むしろ今日から男として生きろ!って言われた方が困るの。


だから、それなら、私は実はオメガで、今まで好きになった人は実はアルファで、女の人を好きになってたのは、たまたまアルファの女性にしか会ってなかったからかなって。


アルファの男の人に会ったら、普通に男の人を好きになって、やっぱり私は女で、今までと変わらず生きていける気がして」


一気に話しすぎて、佐々木は若干、息を切らす。



「でも、ヒートは来たことないんだよね?」


質問に佐々木は頷く。


「たぶん無いと思う。

でも、お医者さんは、そもそもの体の作りが違うから、アルファやオメガでも、一般的な症状が出にくいこともあるって言われた」


柳がマイクを持つ真似をして、手元を佐々木の口元にやる。


「ちなみに性欲はお強いですかー?」


「お、お強い、です」


佐々木は真っ赤な顔を両手で覆う。

柳は佐々木の反応にニヤニヤする。


「オ○○ーは1日何度?」


「大体2回。疲れてたり、テンション上がったり、試合があったりしたら、もっと、してる」


ふぁぁぁぁあ!と佐々木は恥ずかしさのあまりに、小さく奇声を上げて、顔を隠したまま仰反る。

柳は隣で腹を抱えて笑い出す。


「やだー佐々木ちゃん、おもしろーい⭐︎

性欲に関しては、オメガ検定準二級ってとこじゃない?」


オメガ検定って…と手を口元まで下ろして、佐々木が笑う。


「佐々木ちゃんはね、オメガという存在に、自身が抱える問題の解決策を見出してるんだと思う。


でもね、結局は、佐々木ちゃんが、オメガであれ何であれ、

そのままの自分を受け入れないと何の解決にもならないと思うよ。


だって、例えば、オメガだったとしても、ベータの女の子を好きになったら?


検査を繰り返して、やっぱりあなたは男の子なので、男として生きてください!って言われたら?

気持ちは女の子なのに。


オメガだったら全てが解決するわけじゃないと思うよー」


佐々木の目が絶望に変わっていく。



「あと、これは大事なことなんだけどー。

オメガだからアルファを好きになる、同性を好きになれるってわけではないと思う。


もちろん、ヒートとか体の相性とか運命の番とか、色んなことを考えると、オメガはアルファを選ぶのがベターなのかもしれない。


でも、オメガもアルファも、ベータと結ばれることがあるし、

数は少ないけど、オメガ同士、アルファ同士で結ばれることもあるよ⭐︎


ボクの場合はね、

アルファの人を好きになった時、

ボクはその人のことを好きだから好きになったのか、

アルファだから好きになったのか、

すっごく悩む時があるよ。

抑制剤なしでヒートが来て、アルファの人とエッチしたら、

すっっっっごく気持ち良くてね、何でも良くなる。



何でも良くなりすぎて、

アルファだったら、誰でもいいんじゃないの?って不安になるよ。



ボクは、運命の番と出会わないなら、

ベータと添い遂げたいなー。


ベータだったらさ、

アルファだから好きになったのかな?って悩む事ないもん。


むしろアルファじゃなくて、ベータの人を本当に好きになったら、性別属性を越えた純愛だと思うんだ」


佐々木の表情は、絶望から驚きに変わっていた。


「ベータがいいの?」


「運命の番以外なら、ね。


だからボクはナチュラルオメガという生き方を選んだんだー。


ボクはあえて、オメガだって公表して、こうやってパーティとか人手の多いところに出かけるようにしてる。

運命の番を探すために。


そりゃ簡単に見つかるもんじゃないってことくらい知ってる。

運命の番カップルなんて、テレビでしか見たことない。


だからこそ、オメガのボクはここにいるよ!って、誰にでも分かるように大声で叫んでる。

もしも、ボクの運命の番が、ボクのことを探していたら、絶対に見つけてもらえるように」


健気だね…と佐々木が呟く。


「30歳とか40歳までは、

いっぱい出会って、いっぱいエッチなことして、

運命の番を探す!


で、見つからなかったら、

ベータでボクのことを好きだと思ってくれて、

ボクも好きだと思う人と一緒になりたい!


そして、ボクは家に引っ込む!

在宅で出来る仕事をして、

新たに誰かと出会うことは避ける!

ベータと一緒になった後に、運命の番と出会って、

面倒なことになりたくない!


もしも、ベータと一緒になってから、

運命の番に出会ったとしても、

ボクのことを探してなかったアルファなんか、



いらない」



柳が膝の上に置いた拳をギュッと握る。

佐々木は胸が締め付けられるような顔をして、

柳の拳の上に手を重ねる。


「アルファであれ、ベータであれ、

柳くんが幸せになれる人に出会えたらいいね」


佐々木は静かに語りかける。


「柳くん、私、勘違いしてたみたい。

オメガだったら、全てが解決すると思ってた。

でも、それって、オメガは悩みが無いって言っているのと同じだったんだね。

私、すごく失礼なこと言ってた。


ごめんなさい」


佐々木は柳に向かって頭を下げる。

柳は、佐々木の手が重なっている手と反対の手を腰に当て、プンプンと怒ったようなポーズを取る。


「そうですよー!

オメガはオメガで大変なんですよー!


エッチなヒートに悩むんだろうけど、抑制剤あるから大したことないじゃーん⭐︎って言われることあるけど、


ブッ飛ばしてやろうかと思う⭐︎


オメガはそれだけではないですぅーーーー!!

オメガも人間ですぅーーーー!!」


ですぅー!と言いながら、タコのように口を尖らせて遊び出す柳。

佐々木は思わず笑い出す。


「ね、だから佐々木ちゃん。

性分化疾患だったり、心は女の子だったり、その上で女の子が好きだったり。


そんな自分を、佐々木ちゃん自身が、そのまま受け入れられるように、自分と向き合ったほうがいいと思う。


あのね、

ありのままの佐々木ちゃんを誰にも受け入れてもらえなくても、

誰にも認めてもらえなくても、


明日は来るんだよ。


そもそも、ボクたちって、誰かに許してもらえなきゃ生きてちゃダメなの?


許してもらえても、もらえなくても、

認めてもらえても、もらえなくても、


ボクたちはもう生まれちゃってるし、

とりあえず生きてますけど?


だからさ、

他人の承認を求める人生より、

自分が楽しい人生を送りたいよね。


そのためにも、


自分だけは、自分を愛してあげたいよね⭐︎」



ニコッと柳は佐々木に微笑む。


「私もできるかな?

こんな自分を愛すること」


佐々木は柳を見つめる。


「しらなーい⭐︎

まぁでも、そんな急ぐほど寿命が迫ってるわけでなし、


ゆっくり向き合ってみたらいいんじゃなーい?」


柳は佐々木の手をどけて、スッと立ち上がる。


「じゃ、ボクはペ○○を探しにパーティに戻りたいんだけど、佐々木ちゃんはどうする?」


佐々木はペ○○の単語にまた顔を赤くする。


「じゃ、じゃあ、私は!可愛い女の子探しに行く!」


「キャーーー!ちょっと大胆ー⭐︎」


キャッキャと柳がテンションを上げて、

佐々木の手を取り、立ち上がらせる。


「じゃ、行こっか⭐︎」

「うん!」


二人はまるで旧知の仲、いや、戦友のようだった。




ーーーーーーーーー


なんて事が、パーティの別室であったことを僕が知ったのは、

ずーっとずーっと先の未来。

それは別のときの別の話、

いつかまた、別のときに話すことにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怒涛のエロ展開が僕(Ω)に来ない!! ゆとり等 @Yutori_H

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ