暇つぶし用の短い話、詰め合わせセット(税込み183円)
げげるげ
インスタント神様
私は神様に会った時がある。
と言っても、万人が思い描くような万能の神様ではない。
特別な力なんてほとんどなくて。
全知全能には程遠く。
だから、彼女が知っていたのはたった一つの事。
彼女が行使できるのは、たった一つの力。
「神様っていうのはね、世界を終わらせる権利を持っているんだ」
世界の終わりと、それを救う力が、彼女にはあったのである。
●●●
あれは私が高校三年生の夏だったと思う。
弁当の中に入った、ちょっと痛んだオカズとご飯を食べた所為で、私は午後の授業をボイコットしてトイレに籠っていた。
もはや、恥や外聞を遠いところに追いやった私は、ひたすらトイレの中で祈っていた。
誰か、助けて欲しいと。
胃薬をくれ、と。
この苦しみから解放してくれるのなら、誰だって敬虔な信徒になる。
多分、駅前のトイレの個室にミニ聖書を置いたら、深夜から朝方に欠けて聖書の一文を唱える信徒たちが大量発生するかもしれない。
やばい、私ってば素晴らしい宣教の使徒じゃない? などと妄言を呟きながら、トイレの前の廊下で項垂れていた時である。
「どうしたの?」
私の前に、見慣れない少女が立っていた。
不思議だった。
私の高校は基本的に制服着用だったのに、彼女は『アイムゴッド!!』と書かれたクソTシャツと、ミニスカートという出で立ちだったのだ。
つまりは、私服姿の少女が目の前に居たのである。
おいおい、ついに幻覚が見てきたか? と一瞬思った私だが、普通に考えればサボって学内を徘徊する不良少女だ。
「神様に祈っているのさ」
だから、私は適当に答えた。
腹の底の唸りに冷や汗を流しながら、半ば、気持ち悪がられることを覚悟しながら言ったのだ。
「なんて祈っているの?」
「世界が平和でありますように」
「ふふふっ、何それ」
「人はな? 尋常ならざる腹痛に見舞われると、急に世界の平和を願いたくなるんだよ……」
「変なの」
「自覚しているさ。だが、この苦痛から解放してくれるなら、きっと私は形の無い神様だって信じられる……うぬっ!」
私は再び戦いの気配を察知して、男子トイレへ駆け込んだ。
そこから十分ほどの戦いを終え、満身創痍の私がトイレから出ると、何故か、サボタージュ少女が待ち構えるように立っていた。
ただ、その手に中にあるブツを見て、私は即座に少女が救いの神に見えた。
「おお、神よ……」
いや、実際に跪いて祈りを捧げた。
彼女の手の中にあったのは、保健室で在庫切れとなっていた胃薬だったのである。
「これを渡すには、条件があります」
「なんでも言ってくれ。へへ、そのヤクをくれるなら、私ァ、なんでもやりますぜ……」
「そんな麻薬中毒患者みたいに言われても…………大体、そんな対したことは言いません」
彼女は俺の手に胃薬のビンを渡すと、にっこりと微笑んだ。
「これから一か月の間、私を信仰してください」
これが、私と彼女――自称神様との短い信仰の始まりだった。
●●●
「実は神様は交代制なのです」
「ほうほう」
「掃除当番みたいなノリですね」
「そんな軽いノリなのか?」
「ええ、そんな軽いノリで、世界の選択権を渡してくるんです」
神様は、私が見る限り、ごく普通の少女だった。
放課後、誰も居ない教室で、だらだらと雑談をしている姿など、まさしく年頃の女子にしか見えない。
けれど、不思議なことに、私も含めて、誰も彼女の名前を知らない。
それどころか、彼女の存在を私以外知覚できないようなのだった。
「それを渡されると、ちょっと人間はお休みなるんです」
「人間がお休みって」
「具体的に言うなら、他の人から見えづらくなったり、誰かの記憶に残りずらくなったり、そういう感じになりますね」
「じゃあ、何故、私には神様が見えるんだ?」
「多分、祈りが通じたからじゃないですか?」
「祈りって、こう、便所で?」
「ええ、神様になってから、たまにそう言うのが聞こえるので、こう、近付いてみたら」
「なるほど、迷える子羊である私が居たと」
「どちらかと言えば、震える子羊みたいな感じでしたね」
私は何の偶然か、トイレで祈りを捧げることにより、神様を召喚してしまったらしい。
ちなみに、召喚に応じた理由は、『同じ学校に通っていたから』だそうだ。
どうにも、神様になる以前、私と会話したこともあるらしいが、それすらも当時の私の記憶には無かった。
「まぁ、そろそろ神様の任期も終わりに近づいてきたので、段々人に戻って来たのかもしれませんけどね?」
「なるほど。ちなみに、神様になったのはいつ頃?」
「今から大体一年前ですね」
「…………一年前、となると、ええと? ご両親は?」
「最初から『そんな子』は居なかった、ってなるらしいね。神様の任期が終わった後、どうなるかは分からないよ」
「そっかぁ」
神様曰く、神様の任期という奴は一年ぐらいで終わるようだ。
夏に始まって、夏に終わる。
神様は、そういうサイクルで交代しているのだとか。
「辛くない?」
「もう、慣れましたよ」
けらけら、と神様は何でも無いように笑っていた。
思えば、あの時からずっと、神様は悩んでいたのかもしれない。
●●●
「後、一週間で世界が終わるといったら、どうします?」
「え? 困る」
「あははは、そうですよね」
神様に、数回ほどジュースを貢いで聞き出したことなのだが、どうやら世界は終わるらしい。
マジかよ。世紀末には程遠いぜ。というか、どんな理由で?
私が若干、焦りながら尋ねると、神様は平然と答えた。
「今回は、空から雪が降ってくるんです」
「雪?」
「ええ、でも、その雪に当たると、全部が嘘みたいに消えてしまうんですよ」
「全部って?」
「全部です。この世界が一つの映画だとすれば、エンドロールが流れてくるんですよね」
「マジ?」
「マジです。というか、それが神様の仕事なんですよね」
神様は平然と、当たり前のように言った。
「神様の役割は、世界の代わりに死ぬことです。神様の力は、自分が死ぬ代わりに、世界を存続させることです」
夏休みの予定でも答えるように。
期末テストの点数を教えるみたいに。
「そして、選択することです。皆で終わるから、私一人が死ぬのか
世界の選択を、私に教えてくれたのだった。
●●●
「神様は賽子を振らない、って言うじゃないですか。私はその逆で、賽子を振って世界の命運を決めようと思うんです」
六日前。
神様は六面ダイスを弄びながら、けらけら笑っていた。
「でも、やっぱり、どうしましょうか? 生きていて欲しい人がたくさんいますし。うん、やっぱり、世界を続けましょうか」
五日前。
朝のHRの最中、私の隣に立った神様は、少し悩んだ後、そう呟いた。
「今日は空が灰色で不愉快なので、世界は滅ぼします」
四日前。
私と一緒に校庭を歩いていた神様は、不機嫌そうに吐き捨てた。
「…………一つ、ゲームをしませんか? 今から私と貴方がジャンケンをして、私に勝てたら世界を救ってあげます」
三日前。
私にジャンケンで五連敗した神様は、「なにその強さ?」と頬を膨らませて拗ねた。
「貴方の大切な人を殺してきてください。そうすれば、世界を救ってあげます」
二日前。
神様が神妙な顔つきで包丁を手渡して来たので、私は静かに神様へ切っ先を向けて「愛している」と言った。
冗談だったのだが、神様は泣きそうな顔をして「馬鹿」と答えた。
「一緒に死んでよ」
昨日。
神様が涙を流してそう頼んで来たので、少し迷いながら、私は「いいよ」と答えた。
「あははは、冗談ですよ。やぁい、騙された」
神様は泣きながら、けらけら笑った。
どうにも、女心は分からない。
●●●
当日。
季節外れの寒さで、私は目を覚ました。
自室の窓から外を眺めると、しんしんと雪が降り積もっていた。
とてもじゃないが、薄着では耐えられないので、母に冬物を押し入れから出してもらおうと思ったのだが、生憎、誰も居ない。
そういえば、そういう世界の終わりだったな。
だったら、どうして私はまだ終わっていないんだか。
「やれやれ」
私はラノベ主人公の口癖を真似て、押し入れから冬物を取り出した。
温かなセーターと真っ赤なマフラーを装備。
コートも忘れず。
私は誰も居ない、夏の雪道を歩き、登校した。
誰も居ない通学路。
車の通らない道路。
静かな学校の廊下。
それらを全部通り過ぎて、ようやく私は辿り着く。
「やぁ、おはよう」
「うん、おはようです」
神様は出会った時と同じように、男子トイレの前の廊下で、待っていた。
いつもはクソTシャツ姿なのに、今日はきちんとした制服。
ダッフルコートを着込んで。首元には、奇妙なことにお揃いになってしまった真っ赤なマフラーを巻いて。
神様は、いつも通りの笑顔でそこに居た。
「どうですか? 世界が終わった感想は?」
「寒い」
「あははは、ですよね、私もです」
「温めてあげようか?」
「あははは、気持ち悪いです」
私はちょっと傷ついたので、その場に座り込んで大きくため息を吐く。
世界の終わりだー、いえーい。
「落ち込まないでくださいよ。たった二人の人類じゃないですか」
「つまり、私は瞬間的に全世界の女性に振られたことに。死のう」
「死なないでー」
「遅いか、早いかでは?」
「分からないよー? ここから、アダムとイヴみたいな展開があるかも?」
「男心を弄ぶ悪魔め。最後の人類の座をかけて戦ってやろうか?」
「あははは、悪魔じゃないよ」
神様だよ、と彼女は言った。
実はまだ神様なんだよね、と。
「驚いた?」
「いいや」
「ひどい。一世一代のドッキリだったのに」
「来世に期待」
「うわーん、遠回しに死ねって言われたー」
「望むなら、来世で運命の出会いをしてもいいんだぜ?」
「あはははー、それはちょっとー」
「ひでぇ」
一日に二回も振られた。
なんて厄日……と思ったのだが。世界の終わりなのだから、当然だろう。
「だって、君はまだまだ生きるからね」
「そうでもない。もうすぐ死にそう」
「大丈夫ですよ。直ぐに暖かくなりますから」
「…………ロマンス?」
「どちらかと言えば、そうかもしれませんね」
私が見上げると、彼女はけらけらと笑って、小さく手を振った。
「来世で会ったら、私の方から抱きしめてあげますよ」
それが、神様を見た最後の姿だった。
ぱっ、と、まるでコマ送りの違う映像を差し込まれたみたいに、彼女は消えた。
しばらくして、私は立ち上がって、廊下の窓から外を眺める。
――――雪は、いつの間にか止んでいた。
●●●
後日談。
雪が解けると、いつの間にか人は戻って来た。
学校には最初から人が居たということになって。
家に変えれば、普通に家族が居た。
そして、一人の女子生徒が、一年前に交通事故で無くなっているということになっていた。
「…………なんだかなぁ」
私は結局、何も出来なかった。
最初から最後まで、神様が判断して、死んで、世界を救ったのだろう。
そう、神様は死んでしまった。
神様だった少女は死んだのである。
「何ですか?」
ならば、男子トイレの前で、不機嫌そうにこちらを威嚇している彼女は一体何なのだろうか?
いつものクソTシャツではなくて、制服姿で。
ただ、こちらに対して逆ギレしているみたいに、口を尖らせている。
「死んだのでは?」
「死にましたが?」
「生きてますが?」
「は? 君以外の人からは別人に見られていますが?」
「…………戸籍上、死んだの?」
「らしいですが?」
「…………なんで怒ってんの?」
「神様の仕事を終えた後に、派遣切りに会った人の気持ちを考えたことがありますか?」
「…………あー」
「こちとら、金なし、宿無し、戸籍無しですが?」
彼女がガチギレしてきたので、私は場を和ませるために両手を広げた。
「私が居るぜ?」
「…………ふんっ」
すると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした後、私の腕の中に飛び込んできた。
私は、とっさに彼女の体重を支えて、ぐっと抱きしめる。
驚いた。
とても驚いた。
これが授業中でよかった。
こっそりと、サボタージュして思い出に浸りに来ていなければ、きっと、彼女とも会えなかっただろうし。
「冗談だった、とか言ったら今度こそ殺します。一緒に死ね」
「それは怖い。私は死にたくないので」
「あの時は、普通に応えた癖に」
「今は、死にたくない」
「…………ふんっ」
私たちは誰も居ない廊下で、しばし抱き合った後、のろのろと離れた。
「「いや、あっつ……」」
流石に、夏本番に抱き合うのは色々としんどい物があったのである。
もっとも、互いの顔が赤くなっていたのは、それだけが理由ではないと思うが。
●●●
というわけで、私が神様に会った話はこれまでである。
ご清聴ありがとうございました。
ん? 神様だった少女は、それからどうしたって?
まぁ、あれだよ。
色々と大変だったね。
具体的には戸籍とか、戸籍とか。
そうしたら、色々と手段を模索した結果、うん。
つまりは、そういうことさ。
「…………あなた。なんか息子が飽き始めて、スイッチ始めてますよ、スイッチ」
「やぁ、話が長かったか」
「というか、父さん。母さん。普通に思春期の息子としては、両親の惚気話は辛い。しかも、よくわからない創作するし」
「失礼な、貴方は神の子なのですよ、息子」
「そうだぞ、息子」
「やべー宗教の後継者みたいに呼ぶんじゃねぇよ」
神様だった少女は、今は、私の隣でカミさんになっている。
なんて、つまらない親父ギャグを言うための、それだけのお話だったということだ。
暇つぶし用の短い話、詰め合わせセット(税込み183円) げげるげ @momonana7
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