第20話 収穫祭

 山の高い場所から見下ろすと、村を一望に収めることができる。村を飲み込むように茂っていた稲穂はいまや消え失せ、はざがけされた別の姿に様変わりしてしまっている。その様子にアユムは何だかもの悲しいような、感慨深いような不思議な感覚にとらわれていた。しかし紛れもなくその仕事には自分が関わっている。そう思えばこそ誇らしくも思えるのだ。

 息をひとつ、大きく深呼吸をすれば鼻孔に何かが焼ける匂いがした。きっとそれは脱穀した後の藁を燃やす野焼きの匂いだろう。きっとそばでは村人が感謝の唄を唄ってる。

木枯らしの風が吹く。すっかり風は冷たくなってきた。アユムはその身をぶるりと震わせた。

 

 すべての収穫が終わった数日後、冬が訪れる前に村では「収穫祭」が盛大に執り行われる。今年の収穫を喜び祝う。そのために、この日ばかりはと家々が惜しげもなく得意料理を振舞い、それを肴に酒を飲むのだ。村の誰もが陽気に笑う一日となるのだった。


 この日のために練習してきたのだろう。子どもたちの歌声が聞こえ、マリたちも仲のよい母親たちと一緒にダンスを披露していた。それは決してうまいといえるものではない。動きはバラバラだし、ところどころ間違えている人さえいる。

 だけどその失敗さえも、見ている人も、踊っている当人たちさえも笑わせるのだ。


「おいアユム、今度はサユばあんちの煮しめを食べに行こうぜ。早くしろよ。サユばあの煮しめはすぐ無くなっちゃうんだ」


 アユムは時折村中で繰り広げられる催しに目を奪われたから、その度にレイに文句を言われた。

「どの家の何がおいしい」驚くべきことにレイはまるで村中のうまい料理を把握しているようだった。そんなレイに案内してもらいながら、アユムは村中の料理を満喫することができたのだった。




「もう食べられないや」


 もう村中をまわったんじゃないだろうか。2人は村の片隅に座り込み、楽しそうに笑う皆を見ながら休んでいた。

 村の人は皆、嬉しそうに自分の作った料理を勧めてくれたな。

 アユムが満足感からついうとうととしかけたとき、「そろそろだな」とレイはアユムを起き上がらせた。


 え、なんだよ


 ぶちぶちと愚図りながらも周りを見ると。誰もが同じ場所を目指して移動しているのがわかった。


 人の流れに乗るようにしてしばらく歩いて着いたのは、村の大広場だった。

 そこには見覚えのない木の杭がいくつも打ち込まれ、しめ縄が張られている。

 さらにそれに囲まれるようにして、土が盛られた相撲の土俵のようなものがあった。「あれは何?」そう聞こうと思ってレイを向くと、その口を手で塞がれた。


「しっ、黙って見てろ。声を出すなよ」


 耳元でそうささやくと、レイはそれきりじっと土俵を見ている。そのあまりの険悪に、思わずアユムは言葉を呑み、黙ってレイに従った。


 ぽつぽつと灯りが誰ともなく消されていき、しまいには一切が消え誰一人声を出すこともない。静寂な時がどれほど過ぎたことだろう。

 どこからともなく甲高い笛の音と、「リーン」と鈴の音が聞こえた。


 記憶の奥底に眠った記憶がよみがえる。


 はっと音のするほうを見れば、目を凝らした先には闇夜に浮かぶかすかな灯がゆらゆらと近づいてくるのがわかった。

 徐々に迫りくるいくつもの灯りたち。そこには白装束を身にまとった何人もの人が列をつくっていた。

 付き従うように火が浮かび、道を照らしている。

 伏せているため顔はよく見えないが、背格好から先頭にいるのはサリナだということがかろうじてわかる。そろりそろりと進んでいく彼女らの手には赤いお膳があり、その上には村で採れた様々な食べ物が載せられていた。

 サリナのお膳には脱穀された米と、あの日アユムが見つけた稲霊いなだまが載せられているようだった。


 サリナたちは土俵に着くとしめ縄をくぐり中へと入っていく。そして運んだお膳を北のオオカミ様の森に捧げるように積み重ねていく。すると見る見るうちに祭壇のようなものが出来上がった。

 準備が終わるとサリナはすっくと立ち上がりこちらを振り向いた。


 立ち上がるとともに、はらりと覆いが顔から落ちる。アユムはそれを見て、思わずあっと声を上げそうになってしまった。だってその顔には白粉が塗りつけられ、さらに目尻や口には耳まで裂けた獣のように、真っ赤な紅がひかれていたのだから。


 その顔はまるでオオカミ様のようだ。


 言葉を無くしたアユムにお構いなしに、程なくして聞こえてきた笛の音に合わせてサリナは舞いだした。最初はゆっくり、だけどその動きは徐々に激しくなっていく。その手には五穀の束が握られ、ゆらゆらとした舞が激しくなるにつれ粒が次々零れ落ちる。それが灯を反射して、きらきら光の粒を生み出しているようだった。

 

 もっとよく見たい。


 真っ暗闇の中、踊るサリナを照らすのは、宙に浮かぶわずかな灯りのみ。アユムはその衝動を抑えることができなかった。だからいけないことだとわかっていながら、口の中で小さく「ライト」とつぶやいてしまったのだ。

 ところが何度唱えても、アユムの魔法が発現することはない。おかしい。不思議に思い首を傾げたとき、踊るサリナと目が合った。「ひっ」アユムは思わず口に手を当て俯いた。

 やってしまった。怒られると思ったアユムは恐る恐る周りを見る。だがレイどころか周りの大人たちまで、誰もがサリナの舞に目を奪われ、アユムのことなど目もくれない。アユムはそのとき理解したのだ。いまここで許されているのはサリナの舞だけ。すべての魔法は意識とともに、飲み込まれてしまうのだと。

 アユムは圧倒された気持ちを抱きつつ、サリナの舞に目を奪われていた。




 気がついたとき、そこにサリナたちの姿は既になかった。土俵の上には祭壇だけが残されている。

 徐々に意識が覚醒していく。ふと横を見れば、ぶすっと不機嫌そうな顔をしたレイがいた。


「何回声かけても反応ないから、そろそろ置いて帰ろうと思ってたところだぜ」


 レイが何かを言っている。そのことはわかるのだが、アユムはどこか自分がまだ夢の中にいるような気持ちでうまく考えをまとめられずにいた。

 それを見てやれやれと首を振るレイ。「まったく」とぶちぶちと文句を言いながら、アユムの手を引き家に連れ帰ってくれるのだった。

 そのときアユムはナニカを言っている声を頭の片隅で感じながら、サリナのことを思い出していた。


 鈴の音とともに思い出されるサリナ。

 その姿は何とも恐ろしく、だけどそれ以上に、どうしようもなく美しかった。

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神去りたとて ~奇妙な信仰を持つ村で過ごすまったり? スローライフ 降雪 真 @poyukichi1214

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