第225話 きょうだいは仲良しが一番

(ふーむ、まあ、こんなものか。二回目以降は視聴率が下がるだろうけど、それを考慮しても上々かな)


 初回放映から一週間後の昼。俺は送られてきた『まにまに』の視聴率のデータをPCで閲覧しながら、そんなことを考える。


 一生懸命宣伝を打ちに打ちまくって、視聴率は平均20%に届くか届かないかといったくらいのところ。元いた時代基準でいえば相当にすごい数字だが、2000年代のテレビの視聴率としては大騒ぎするほどでもない。


 ともかく、『まにまに』は、ざっくり二千万人以上の日本人が視聴したことになる。


 それだけの日本人に周知させられたとなれば、『くりやけ』と『てだまつ』の神話はもはや完全に塗り替えられたと言ってもいいだろう。イザナギ・イザナミがただの人間にすぎない俺と楓ちゃんを祝福する代償としては、十分すぎる供物である。


 そう満足していると、俺の携帯が震えた。


 おっ、ママンだ。


「はい。祐樹です」


「今、こちらからヘリで出立しました。夕方前にはそちらに到着するでしょう」


 ママンは単刀直入に切り出してくる。


 主語がなくても、誰が出立したかは明白だ。


「了解。――どう、楓の様子は」


「憑き物が落ちたようにおとなしくなりましたよ」


「それはよかった」


 俺はほっと胸を撫でおろす。


 すなわち、契約を達成したので、イザナミからの影響を受けた殺戮衝動も治まったと言うことだ。


「――代わりに今までの『仕事』を後悔しているようですが」


 ママンがぽつりと呟く。


「まあ、正気に戻ればそうなるよね。でも、楓もまだ子供なんだし、傷はゆっくり癒せばいいよ。俺が支えるし」


 俺は即答した。


 原作だと、楓ちゃんは周りの人間が『普通に』育ってきた中、自分だけが元暗殺者で手を血で汚してきた過去に思い悩んだりするのだが、この世界では事情が全く異なる。


 アイちゃんなんか楓ちゃんの何十倍も殺してるし、兵士娘ちゃんもキルレは楓ちゃんを余裕越えしてるだろう。そして、その責任者は俺な訳で、楓ちゃんがこちらに来ても疎外感を覚える理由はない。


「ふっ、小学生が言うと説得力がありますね――それでは」


 ママンが皮肉っぽい薄笑いを漏らして、電話を切ろうとする。


「いやいやいや、それだけ? もっと何かあるでしょう。かわいい息子と娘が助かってよかったとか、これからどうするのか、とか。親として色々と気にならない?」


「過去は全てあなたが自分の力で成し遂げたことで、未来はあなたが決めるべきことです。私がどうこう言うことがありますか?」


「それはそうなんだけどさ、母さんは俺と楓を助けるために、被れない泥も被ってきた訳でしょう」


「それは私の事情です。あなたには関係ない」


 関係ないことはないだろ。ママンなりの気遣いだってことは分かるけど。


「OK。わかった。じゃあ、もう俺からは何も言わない。でも、せめて、これから新生活を始める俺と楓に一言くらいアドバイスちょうだいよ。それくらいならいいでしょ?」


「……。……。……。……。――きょうだい仲良く暮らしなさい」


 ママンがノイズと聞き間違えそうな小声で呟いて、電話を即切りした。


(これが今のママンの精一杯のデレです。かわいいね!)


 ママンも悲願が達成された訳だから、内心嬉しくないはずがない。


 それでも、素直にはなれないのがやっぱりママン。


 数時間後、ママンの報告通りに、ヘリはやってきた。


 黒い機体がババババババと爆音を立てて、空き地に着陸する。


 やがて、扉が開き、小柄な影が地上へと降り立った。


「お兄ちゃん……その、楓、楓は」


 すぐにこちらへと駆けてくる――ことはなく、モジモジと足踏みする楓ちゃん。


 今まではイザナミ由来のヤンデレに突き動かされて、恥も外聞もなくお兄ちゃん好き好きモードだったけど、正気に戻ったので照れているのだろう。下手したら、『この汚れた手でお兄ちゃんを抱きしめていいのか?』とかまで考えてるかも。


「楓、お帰り」


 俺は主人公らしく自分から楓に歩み寄り、その細い身体をきつく抱きしめる。


 もちろん、目には涙。


 実際、何となく雰囲気に流されてちょっと感動している。


 おっさんになると涙腺が緩くなるからね。


 楓ちゃんはようやっとる。


「はい――はい! ただいま、お兄ちゃん!」


 楓ちゃんが抱きしめ返してくる。


 俺の服の胸元が、じんわりと温かい液体で濡れていく。


(感動の兄妹の再会! はあー、ようやく、楓ちゃんも救われたな。これで、くもソラのヒロインのフラグは大方、潰したはず。となれば、後は地雷を踏まないように現状維持で時間稼ぐだけでいいってことだよな。 ――ってことは、もしかして、もうゲームクリアか? やったぜ! 俺氏の次回作にご期待ください!)


 ようやく一息つけると思うと、感動もひとしお。


 涙がどんどん溢れてくる。


 カップラーメンが完成するほどの時間抱きしめ合った俺たちは、やがてどちらともなく身体を離した。


「……。……。それで、お兄ちゃん。一つ伺いたいことがあるんですが」


 楓ちゃんがおずおずと切り出す。


「うん、なに? あっ、楓用の部屋ならすでに用意できるけど」


「えっと、そうではなく――あの、ダイヤを姉にしたというのは本当ですか?」


(ん? なんでここでダイヤちゃんの話?)


「ああ、うん。確かにそういう話はしたよ。ダイヤさん――ミズキ姉さんの実験のおかげで俺たちがある訳だからね」


「そうですか。やはり、間違いじゃなかったんですね。急に姉と言われても戸惑う気持ちもありますが、お兄ちゃんがそうおっしゃるなら、楓も受け入れるように努力します」


 楓ちゃんはそう言って、後ろを振り返る。


 ヘリコプターから降りてくる、年齢に比べれば大柄な体躯。


 非人間的なまでに整った容貌――。


「……16:47、目標地点に到達。……これより任務を開始する」


(ダイヤちゃんやんけ! なんでここに?)


「ミズキ姉さん! ようこそ」


 俺は疑問を抱きながらも、ダイヤちゃんに駆け寄って行く。


「……あなたの指揮下に入り、ミッションを遂行するように言われた」


 ダイヤちゃんが淡々と呟く。


 でも、基本指示待ち人間のダイヤちゃんが自分から発言してくるってことは、内心結構困惑してそうだな。


「そうなんだ。母さん――プロフェッサーから具体的なミッションの内容は聞いてる?」


「『きょうだい仲良く暮らしなさい』、と」


 んー!?


(そう来たかー! ああ、なるほどね。確かに、兄妹の姉弟も全部『きょうだい』って読むもんね! ママンはちゃんと事前通告してたって訳だ。日本語って難しいね!)


 っていうか、ママン、貴重な最高戦力手放しちゃだめじゃん。


 ママンがダイヤちゃんに愛着があって、色々無理強いしてることに罪悪感抱いてるのは知ってるけどさ。今になって、親心を発揮して、ダイヤちゃんにまでカタギの生活をさせてあげたくなっちゃった訳?


(もしかして、俺が勝手に全部自力救済で問題を解決しちゃったから、燃え尽き症候群みたいになって、マッド研究のやる気なくしてる? 過去の清算モード? ちょっと心配だなー)


 ママンは俺と楓ちゃんを助けるために頑張ってきたのに、急に目標をなくしちゃったことになる訳だからな。カーラさんと同じく、これからのライフプランにも影響は出てきても仕方ないのは分かるけど。


(まあ、ここで追い返す訳にもいかないか。俺の方からダイヤちゃんに姉フラグ立てた訳だし、ここで追い返したらダイヤちゃんがめっちゃ傷ついて、勝手にバッドエンド行きになりそうだし)


 一瞬で考えをまとめる。


「わかった。これからよろしくね。ミズキ姉さん」


 俺はそう言って、無表情のダイヤちゃんを抱きしめる。


「……」


 ダイヤちゃんは、何の反応も返してくることなく、ただただその場に棒立ちしていた。



============あとがき=================

 皆様、いつも拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 こうしてなんかおまけの娘もいつつ、無事兄妹は感動の再会を果たしましたとさ、めでたしめでたし。

 ――とキリの良い所?で、いきなりですが、皆様に謝罪致します。

  話のストックが尽きたため、しばらくの間、更新を停止致します。

 一応、ラストまでの大まかな構成はできてはいるんですが、諸々忙しく、また書き溜めができた時点で投稿を再開していきたい……のですが、どうなることやら。

 あれ? これって俗に言うエタフラグ――果たして作者はこの強力なフラグを破壊できるのか……それともできないのか……。

 

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鬱ゲー転生。 知り尽くしたギャルゲに転生したので、鬱フラグ破壊して自由に生きます【旧題】泣きゲーの世界に転生した俺は、ヒロインを攻略したくないのにモテまくるから困る――鬱展開を金と権力でねじ伏せろ―― 穂積潜@12/20 新作発売! @namiguchi_manima

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