第224話 国民的アニメの条件
こうして激闘を終えた俺たちは、再び現世へと舞い戻る。
アイちゃんは疲労困憊でその場で爆睡。
楓ちゃんはサファちゃんと一緒に、ママンの所に帰って行く。
とはいえ、楓ちゃんはすぐにこちらにやってくる予定なのだが、ママンの方で色々手続きや整理が必要だという事情もあるので。
クロウサワープで田舎に帰還した俺がやることはもちろん決まっていた。
まずは、イザナミ神社建立の件。
こちらは割と簡単で、たまちゃんパパ経由で神社本庁に渡りをつけるだけで解決した。
当然、社殿の建築費用は俺持ち。神職の給与も俺が払う。
イザナミ神社の収入は将来的な神社の修繕費用捻出のために一定額を積み立てるが、余った分は全部向こうのもの。つまり、神社さんサイドとしては、ノーリスクで新たなポストが増えてボロ儲けということで、喜んで受け入れてもらえた。
さて、ここで問題になるのは、どうやって、「くりやけ」と「てだまつ」を、生贄の代償に仕立て上げるかである。
宮古島の二柱を俺と楓ちゃんの代償とするためには、彼と彼女にイザナギ・イザナミの辿った過程を踏襲させなければならないのだ。
すなわち、南の二柱にはいっぱい子供を作って、最後に女の神様の方が産褥で死んでもらう必要がある。でも、元の宮古島の神話にはそんなストーリーはない。
だからといって、偏った性癖のエロマンガのように二柱を武力で脅して、セッ――させた所で意味はない。神様は人間ではないので精子と卵子ではなく信仰によって増える。
すなわち、多くの人間に、俺と楓ちゃんにとって都合のいい神話を信じ込ませなければならない。
(ということで――)
日曜日の夕方。
食欲をそそる味噌汁の香りが鼻をくすぐる。
「みかちゃん! みかちゃん! 急がないと、ゆーくんのアニメ、始まっちゃうよ!」
「あら、もうそんな時間なのね」
みかちゃんが炊事の手を休めると、流しで手を洗って水滴を払う。
「みか姉。よければ、後は俺が作るよ」
「気持ちは嬉しいけれど、ゆうくんは観なくていいの?」
「俺はもう何回も観てるから」
アニメは一ヶ月、二ヵ月で急にできるものじゃない。
割と早くから、このアニメを作ることは決めていた。
脚本も映像も何度も見直したので、ぶっちゃけ見飽きている。
「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
「うん。甘えちゃって」
みかちゃんから料理を引き継ぐ。
俺はおひたし用のほうれん草を絞りながら、キッチンカウンター越しに、テレビをながら観する。
『まにまに家族』
ドーンと表示されるカラフルなタイトルロゴ。
それに合わせて流れ出すのは
(今ここに、社畜を鬱に叩き込む、『サザエさ〇症候群』の発生源に新顔が加わりました!)
俺は心の中で拍手する。
日曜の地上波全国放送のテレビの枠はめちゃくちゃ高かったけど、これでフラグがまた一つ片付くと思えば安いものだ。
なお、最初は『神様家族』のタイトルにしようと思ったけど、すでにそういうラノベがあるのでやめた。
「あっ、小百合ちゃんの声だ」
「いい曲ねー」
やがて、歌が始まる。ゆるい雰囲気の、おじゃる〇と日本昔話とBeginを足して三で割った感じの歌だ。
原作がない以上、いきなり俺のアニメに興味を持つ人は少なさそうなので、小百合ちゃんパワーを借りた。やっぱり国民的アニメを目指すからには、国民的アイドルに歌ってもらうのが一番だよね!
映像も、大家族がワチャワチャやってる感じの陽気でほのぼのとした雰囲気のものである。
やがてOPが終わり、CMが入る。
それが開けて始まる本編。
天界。神様たちは人間に似たような社会を構築し、毎日地上の人々のために日々働いている。
沖縄の神様である『くりやけ』と『てだまつ』の一家は数十人の超大家族。牧歌的でのんびりとした南の島で贅沢はできないものの、平穏で楽しい生活を送っている。
「あっ、ここ見たことあるー。ゆーくん、ここ旅行で行ったとこ?」
ぷひ子がこちらを振り返って尋ねてくる。
「ああ。沖縄本島のロケーションも混じってるが基本は宮古島がベースだ」
俺はグリルから焼き魚を取り出しつつ答えた。
「またいつかみんなで行けたらいいわねー」
みかちゃんがほのぼのと言う。
しかし、今日のくりやけはいつになく急いでいた。
てだまつの出産日だからである。
くりやけが病院に駆けつけると、すでにそこには病室に入りきらないほどの二人に子どもたちが来ていた。
『お父さんおそーい』などと言われながら、てだまつを囲む輪に加わるくりやけ。
大家族の待望の末っ子は、皆に祝福されながら誕生する。
幸せの絶頂のような光景。
末っ子を抱き、てだまつを労わるくりやけ。
てだまつも出産は手慣れたもの。いつものようにすぐに退院し、肝っ玉母さんとして大家族を切り盛りしてくれるはず。
誰もがそう思っていた。
しかし、今回ばかりは事情は違った。
予後が悪く、あっけなく『てだまつ』は死ぬ。
そこでCM。
一話 Aパートにて母親役が死ぬという衝撃の展開。
(ほのぼのファミリーアニメだと思った? 残念! まどマ〇方式でした!)
「……」
「……」
ぷひ子とみかちゃんは息を呑んで、黙りこくる。
お茶の間の反応もこんな感じかなー。
2ちゃ〇の実況板を覗きたいけど、料理してるから無理だ。
そして、Bパートが始まる。くりやけは失意にくれ、てだまつとの過去を回想する。
モンタージュ形式で、夫婦が大家族になる過程と時間経過が一気に描かれる。
島のいたる所には、どこにも妻との思い出が残っており、くりやけはヤシガニを見ても、アダンの実を見ても、妻を思い出して辛い。
彼のことを案じた
「……ぐすっ」
みかちゃんの目には涙。
「みんな、がんばれー!」
ぷひ子が立ち上がり、テレビに向かってガッツポーズしている。
一応、ぷひ子も母子家庭なんでね。思う所があるのかもしれない。
(日曜の夕方アニメには重すぎる設定? 登場人物が多すぎる? 知ったことか!)
俺の目的は、「くりやけ」と「てだまつ」に、イザナギ・イザナミの物語を踏襲させ、それを日本国民に周知すること。
それ以外はどうでもいい。
「ご飯、できたよ」
俺はテーブルに配膳を終え、声をかける。
「はーい! 豆腐ようおいしそうだったなー、今度作ってみようかなー」
いや、そこかい。
「あっ、ごめんなさいね。ゆうくん。結局、最後まで任せちゃって」
みかちゃんがティッシュで涙を拭って言う。
「いや、いつもやってもらってんだからこれくらい全然平気だよ」
俺たちは食卓につく。
テレビでは、ランカちゃんとベネちゃんがデュエットするしっとりとした感じのED曲が流れていた。
「それでどうだった?」
「そうね。正直、びっくりしたわ。てっきり、私、『ドラえも〇』とか、『サザエさ〇』のようなアニメを想像していたから」
「うん。確かにちょっと冒険したかもね。そういうアニメもいいんだけど、今までの国民的アニメってあまりにも『普通』じゃん。お父さんとお母さんがいて、かわいいペットもいて。そういう『普通』の家以外の子も感情移入できるようなアニメにしたかったんだ」
俺はぷひ子を一瞥して言った。
世の中には、母子家庭の人もいるし、父子家庭の人もいる。
特に田舎だとシングル家庭への風当たりが強いこともあるからな。
ぷひ子ママも色々苦労があるんだよ。
そもそも成瀬祐樹自体が父子家庭育ちなので、自分の境遇を重ねて諸々配慮した結果このストーリーにしたと考えれば、メタ的にも不自然ではない展開だろう。
まあ、あんまり俺が父子家庭を強調するとバリバリ存命中のマイママンが悲しみそうなので公では強調はしないけどね。身近な人間で察する人は察してくれという感じだ。
「ゆうくんは優しいわね」
みかちゃんは、ママみのある優しげな眼差しで俺を見てくる。
「どういうことー?」
「ゆうくんはぷひちゃんのことをいつも大切に想ってるってことよ」
「そうなのー? よくわからないけどうれしー」
ぷひ子が白米をパクパクしながら言った。
やがて俺たちは食事を終え、みかちゃんが洗い物を始める。
スマホを見ると、他の仲間から色々番組の感想が来ているが、おおむね好評のようだ。
(まあ、身内以外には色々突っ込まれはするだろうけどな。俺には
俺はパソコンデスクに座り、アニメ雑誌の取材原稿を見直しながら考える。
『国民的アニメは当時の社会的な家族観を反映するものです。サザ〇さんは戦後昭和の拡大家族が中心だった社会を反映しています。その後、段々と核家族化の時代が移ってきて、『ちびまる〇ちゃん』や『ドラえも〇』はそれらの過渡期の時代の空気がありますよね。そして、『クレ〇ンしんちゃん』でもって、完全な核家族化の時代の家庭像が提示されました。しかし、そこで国民的アニメの進化は止まっているのではないでしょうか。今の時代、家族のあり方は多様化しています。私は新時代の国民的アニメ像を提示したかった。『典型的』以外の家族の在り方を描きたかったのです。その多様性を示すためには、残酷とも思える展開と、これだけたくさんのキャラクターが必要だったのです』
そんな感じで、意識高い系価値観によって完全武装して乗り切るつもりである。
今後も意識高い系の話は続き、シングル家庭の苦悩、異文化ギャップ、真のノーマライゼーションとは何か(一家は、蛭子=障碍者を抱えている)、など、日々、様々な問題に直面しながらも、持ち前の陽気さと家族の絆で乗り切っていくストーリーになる予定である。
(あわよくば、学校で倫理の教材にしてもらえないかなあ)
とにかく、たくさんの人間に物語を周知させたい。
そのためには、ありとあらゆる手段を利用する。
いつまでテレビ放映を続けるかはわからないが、ある程度定着したら、もうちょっと安い放送枠に移すかもしれない。
やがて、オンデマンド全盛の時代がくるので、そしたら、全編を著作権フリー化し、ありとあらゆるサイトで無料公開するつもりだ。
こうして無事、一回目の放送を見届けた俺は、いつも通りに仕事を済ませ、就寝前の身支度を終え、ベッドに寝転がる。
(そろそろ反応が出そろってるかな?)
俺はスマホをいじり、某掲示板を開く。
『うんうん。結構スレが伸びてるな』
ストーリーに関してはまだよくわからないから様子見派が大勢。
OPとEDは好評。
キャラデザや作画があの時間帯にやるアニメとしては頭身が高く、現代寄りなので、そっちも好評だ。
(おっ、アンチスレじゃん)
まだ第一話なのに早くもアンチスレも立っていた。
アンチがつくくらいでないと話題作とは言えないので、これはむしろ勲章であると考えるべきだ。
(さーて、どんな悪口が書かれてるかな?)
『日本の伝統的な家族観を破壊するために左翼が作った売国アニメ』
『日本の沖縄侵略を正当化する意図で右翼が作ったカルトアニメ』
(いや、右か左かどっちやねん。――っていうか、深読みしすぎ! これ、エヴ〇じゃないのよ? もっと気楽に観てよ。まあ、あれこれ言われても仕方のない面はあるけどさあ)
このアニメ、基本的な世界観は日本神話をベースにした、ゴリゴリに国粋主義的な雰囲気なのに、家族観やストーリーはリベラル寄りというよくわからないことになっている。ネット上ではこのアニメが右翼的か左翼的かで盛んな激論が交わされているが、もちろん俺には政治的な意図は全くない。
ひとえにただただ保身のために作った捏造神話――オマージュリスペクトアレンジワールドに過ぎないのだ。
(さて、あと気になるのは視聴率だなー。番宣打ちまくったし、小百合ちゃんまで使ってるんだからそこまでひどくはならないはずだけど)
俺はスマホを枕元の充電器にセットし、高視聴率を祈りながら眠りについた。
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