第223話 人の過ち、神の傲慢(2)
「伏して申し上げる。俺、成瀬祐樹は、日の本の民なれば、かけまくもかしこき国産みの御柱を弑するは
俺は数歩進み出て、イザナミ様に頭を下げる。
「人の子よ。神を脅せると思いましたか。滅ぼすなら滅ぼしなさい。私は黄泉の神。すでに朽ちた身なれば、なぜ再びの死を恐れることがありましょう」
俺の脳内に、イザナミ様の悲壮な決意が響く。
(もー、そんなくっころ姫騎士みたいなこと言い出さないでよ)
やっぱり神様とはいえ、闇属性の女の子は色々めんどくさいなあ。イザナギ様は素直だったのにー。
「そんなのダメです! イザナミ様がいなくなったら、楓は悲しいです。イザナミ様は、どうしてお兄ちゃんにそんな意地悪をするんですか。イザナミ様は、本当は優しいって楓は知ってます。楓が辛い時、いつも語り掛けてくれたじゃないですか。楓は、イザナミ様の声にいつも救われてました。なのに、どうしてそんな意地悪をおっしゃるんですか」
楓ちゃんがポロポロと涙をこぼして叫ぶ。
楓ちゃんは基本、ぬばたまの君の嫌がらせで悪夢ばかり見せられているのだが、イザナミ様がそれから守ってくれているという設定である。
でも、やっぱりぬばたまの君の方が力が強めなので、基本は悪夢の方が多めだ。
「……」
「お兄ちゃんは何も悪くないじゃないですか! 生まれつき身体が悪かったのは、お兄ちゃんのせいじゃないじゃないですか。お母さんだって、お父さんだって、自分の子どもが病気だったら、どんな手を尽くしても助けたいと思うのは普通じゃないですか。今だって、お兄ちゃんが楓のために、イザナミ様と戦っているのだって、本当はやりたくないって分かってくださっているでしょう。だって、兄が妹を想う気持ちは、イザナミ様が一番よくご存じなんですから!」
楓ちゃんが切実な声で訴える。
「私の小さな巫女よ。老いも死も病も別離も、それらは人の子の定めであり、神すらも抗えないこの世の理なのです。故に、私は愛しいあの人と別れ、この暗い冥府に住まわなければならなかったのだから」
イザナミ様が哀れむような口調で言った。
宗教というシステムは人の生と死について納得しやすいストーリーを仕立てて、人間が抱く死後の世界へ不安を和らげることが一つの役割である。例えば、イザナギとイザナミの神話では、日本人が死ぬのは「イザナミが一日に1000人殺す」と言ったからで、それでも滅びないのはイザナギが「なら一日に1500人生む」と宣言したからだということになる。
つまり、日本人が日本の社会を成立させる上で、イザナミが冥府墜ちすることは必然であり、必要だったのだ。
「伏して申し上げます。俺は、理を破壊したのではありません。契約は契約であり、神聖なものです。故に、俺は俺より
在庫切らしてるからお詫びに上位機種をプレゼントするって言ってるのに、一体何が不満なのさ! イザナミさん、あんたクレーマーか? おおん? a〇azonのクレーム神対応でもせいぜい500円クーポンか、アマプラ一ヶ月無料くらいしかくれないんだぞ!?
「傲慢なる人の子よ。私とあの人が、お前とお前の妹の贄を受け入れたのは、二人が人の子であったからです。私とあの人は、生まれつき脆弱だった蛭子を救うことができなかった。その後悔故に、呪われたお前を救ってやりたかった。しかし、神の兄妹を、私は哀れまない。確かに神ならば、人より貴い贄ではありましょう。しかし、そこに理はあれど、私の情はそれを受け入れない」
あー、出た出た。神様キャラ特有の人が愚かで弱すぎる故に愛しい理論。
人も傲慢だけど、それって神の傲慢じゃないっすっか?
「ごもっともでございます。俺は蛭子様ではなく、傲慢で卑小な人の身でございます。しかし、人は傲慢であるが故に、神に依らず死の悲しみを慰める業を磨きました。許されるならば、今ここでその業を披露させて頂き、イザナミ様の御霊をお慰め申し上げる機会を頂きたい。イザナミ様が私を蛭子様と重ねたように、もしイザナミ様が私の母であったならば、きっとそうするであろうと思うが故にです」
俺は跪き、さらに深く頭を下げる。
イザナミ様はママキャラだから母性をくすぐる方向で攻めるよ!
「……好きになさい」
「では、失礼致します。サファさん、よろしくお願いします」
俺はペコペコする対象をサファちゃんに移行する。
偉そうなことを言っても結局他力本願なイキリ俺太郎!
「はーい、お化粧ね? サファに任せて!」
サファちゃんのネクロマンシーハイパーエンバーミング技術によって、瞬く間に整形されていくイザナミ様。幸い、ここは冥界であるので、
子どもは無邪気に残酷で、無邪気に優しい。
サファちゃんは基本はヤベー奴だけど、さすがに続編のヒロインの一人なので優しい一面もあります。
やがて、修復作業が終わり、イザナミ様は神にふさわしい美しい容貌を取り戻した。
「イザナミよ。偉大なる天照大御神の御母。我ら日ノ本の民全ての大母よ。傲慢なる人の子の卑小なる誠意をどうかお受け取りください」
俺は土下座をしながらそう告げる。
すがさず、兵士娘ちゃんの一人が水柱を作り出した。
鏡の代わりだ。
「ああ、なんと! まるで、あの頃のように……」
イザナミが震える声で呟く。
「中身は蛆だらけだけどぉ」
アイちゃんが嫌味っぽく言う。
ちょっと、今は空気読んで!
「もちろん、分かっています。いくら外見を糊塗したところで、もはやあの人と私の道が交わることはない。それでも、女は死してもなお、美しくありたいのです。あなたもいつか本当に愛する人ができれば私の言葉の意味が理解できるでしょう」
「ハッ。見た目で態度が変わるような男は、見た目のいい別の女が出てくればすぐに転ぶでしょ。アホらしぃ」
アイちゃんが肩をすくめる。
「それでも着飾るのが女の業なのですよ」
イザナミ様はちょっと困ったような声で言った。
早く決着つけないとアイちゃんが黄泉の国ごと焼き尽くしちゃいそうだな。
「三度伏して申し上げます。俺、成瀬祐樹は、日の本の民なれば、かけまくもかしこき国産みの御柱を弑するは
俺は再び土下座しながら、両腕で宮古島でゲットした女の方の神との契約書を持ち上げて捧げる。
「――哀れで傲慢で、そして、強く優しい人の子よ。小賢しくはありますが、認めます。あなたの望みを受け入れましょう。……願わくば、今の私の似姿を、どうかあの人の隣に。あの人にとっての最期の私の姿が、蛆の湧いた腐れた姿ではあまりにもいみじきことですから。仮初でも美しい私が隣にいれば、傷ついたあの人の魂もいくらかは慰められるはずです」
イザナミ様が柔らかい口調で告げる。
「確かに承りました。心を尽くして壮麗な社を建て、イザナギ様の隣に、イザナミ様を祀り奉ります」
俺は再び地面に額を擦り付けて言った。
(おっしゃあああああああああああ! 俺の勝ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!)
内心小躍りしていたことは言うまでもない。
原作の成瀬祐樹はイザナギとイザナミを復縁させたが、こっちは不仲離婚が円満離婚になった感じかな?
原作には劣るとはいえ、まあ、二柱にとっても悪くはない展開だよね。
イザナミ様の似姿の記録は兵士娘ちゃんの装備品のゴーグルに録画されてるやつを使えばいいか。
「頼みましたよ。……そして、気を付けなさい。私とあの人の祝福があるとはいえ、それは古き力に及ぶものではありません。近頃、黄泉と地上の理が乱れつつあります。高天原より古く、天地開闢の三柱でも敵わぬ。彼の女の呪いは、黄泉の国よりも深いものです」
イザナミ様はそう言い残し、俺に背中を向けた。ヨモシー軍団を引き連れて、闇のさらに深い所へと去っていく。
(しっかりと、不吉なフラグを立てていきやがった)
いうまでもなく、イザナミ様の言葉はぬばたまの君の封印が弱まっているということを示唆している。
日本は2005年に出生数と死亡数が逆転し、人口減に転じる。
イザナギとイザナミの神話の通りなら、日本人は死にながらも総合的には増え続けなければいけないのだが、その法則が成り立たなくなっている。
この統計的事実をくもソラワールドでは、ぬばたまの君の影響で呪いの力が強まっていると解釈する。
まあ、現実と微妙にリンクさせてリアリティを増すのが、この手の伝奇やオカルト系の創作物の基本ということで。
「ご忠告を肝に銘じます」
(先進国が人口減になるのは歴史の必然だからしょうがない。でも、試験管ベービーが作れるようになれば人口なんていくらでも増やせるからへーきへーき。ハンナさんの量子コンピューター技術さえ確立しとけば、後は未来人がなんとかするっしょ)
俺はそんな他人事な感想を頂きながら、イザナミ様の姿が見えなくなるまで、ひたすら頭を下げ続けた。
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