人材コンサルタント《アザー》
海神六
第1話
「はい、こちら人材コンサルタントのアザーです」
働かずに一生遊んで生きていけるだけの金がもらえたらなってのは、人類共通の望みだと思う。
それを体現できている奴もいれば、それができない俺みたいな底辺でリンボー踊ってるような連中は、うだつの上がらない仕事のどっかにやり甲斐の一つでも見出すしかないのさ。なんて、言ってるが。
「あーあ、今日も外勤だよ。これじゃ、定時に上がるなんて無理だろうな」
「先輩お疲れ様でーす」
「何言ってんだよ。お前も行くんだよ」
「えー、そんな……」
「それじゃ、伊瀬と薊は今から外勤で。戻りが何時になるのか分からないのでそのまま上がります」
「はいよ。行ってらっしゃい」
「先輩、俺さっきクライアント一人面談したばっかですよ。報告書書かないと」
「そんなんあとでいい。そっちはフツーのだろう。今から行くのは向こうだ」
ホワイトボードに外出と書き込むと、ジャケットを羽織る。
「ほら、薊。行くぞ」
「マジで行くんすか!?」
「往生際が悪いな。社長からお前に場数踏ませるようにって言われてんの」
薊は渋々、作業途中の資料をパソコンバッグに詰め込むと立ち上がった。
デスクの並んでいるメインオフィスを出ると、白を基調としたシンプルな廊下が続いている。
アパートのように等間隔で規則的に並んだドアを見ると、とても普通の会社のビルとは思えない。それは部屋の個性がドアで表現されているような多種多様の色と模様で装飾されている。無機質な廊下と相まってまるでデザイナーズビルか、美術館かのような佇まいだ。
勿論、他にテナントのオフィスが入ってるわけでもなければ、会議室や応接室のような用途別の部屋というわけではない。
そのうちの一つを選び、専用のカードキーで中に入った。
建物の中とは思えない風の強さに目を細める。というより、どこを見渡してもそこはもう外だった。
それも、都会のコンクリートジャングルのような近代的なビル群なんてない。
風で靡く草原に鬱蒼と生い茂る木々、どこまでも隔てるもののない広い空が目の前には広がってるのだ。
「とりあえず、雨降ってなくて良かったな。風は強いけど」
以前ここを訪れた時に、丁度嵐の日でスーツ一着をダメにしたことがあるからだ。
「先輩の違和感が仕事サボってますよ。まずは驚きましょうよ」
「お前も初めてじゃないんだろ。早く慣れろよ」
「そんな無茶な……」
雑貨屋で見かけるチキンのジョークグッズのように口をポカンと開けた薊を置いて歩き出す。
「待って下さいよ。こんなとこで置いて行かれても」
「俺は定時で上がりたいんだよ」
置いていかないで、と終電間際の二股が発覚したヒモ男のような情けない声を出す薊は放っておいて先を急ぐ。
とりあえず、早いとこ村長を探す。話はそれからだ。
「今回はえらく間が空きましたな」
「そうですね、前回より少し希望者が現れるまでかかったもので」
話が見えないだろう。それは俺も薄々感じていた。あまりにも勝手に進み過ぎた。申し訳ない。そろそろ分かるように説明しないといけないだろうな。
ただ、はたしてこれに特別手当って付くんだろうか……。
うちの会社、就活支援会社アザーは就職希望者に職業を斡旋するサービスを行っている。
ここまでだとよくある就活系の会社だと思う。では、うちとよそとではどう違うのか。
それは異世界に対してもこのサービスを行っているところだろう。
どういうことか、当然疑問に持つことだろう。
具体例を挙げると、俺TUEEの無双する剣士。転生して悪役令嬢に。現実ではモブなのに異世界最強。ここらへんの就職の面倒を見たのはうちだ。
要は、現実の人間を異世界に送り込んで働いてもらうという他に類を見ないクレイジーなサービスだ。
形式も異世界で就職するというシンプルなものから、転生して異世界に生きるというガチャ要素満載の方法も用意している。
異世界もここだけではなく、先程通ってきた廊下のドアの数だけ存在しており、クライアントと面談して可能な限り希望に近い世界に行ってもらっている。
逆に、向こうの世界の住人をこちらの世界の仕事に就いてもらうということもあるが、これは適応力を見る限りあまり多くは実現していない。
一つ言えることは、この世界に少しでも未練があるというのなら全くもっておすすめできない。
なぜなら、人間側の求職者は一度、異世界で暮らすとこちらの現代の世界に帰ってこられなくなるからだ。
「どうですか? 適任者はいそうでしたか?」
こちらの村長さんは口を開けばこれだ。知らんがなそんなこと。まぁ、今回は村長とあっさり遭遇できただけマシ(以前は嵐の中、二時間ぐらい彷徨ったからだ)だ。
「勇者になれる逸材ですか? どうですかねぇ。こればっかりはこちらもハッキリとは言えないところですので」
人間社会でうまくいかなくても、異世界に適応する人はわりといる。というより、こちら側の世界でも本人のやる気さえあればうまく適応できただろう。
異世界に来ることで人生をリセットすることができたと捉え、そこからやり直しを計るのだ。
そのポテンシャルを見極めるのは難しい。間違えれば、異世界一つ無くなるかもしれない。
「早くしてもらわないと、百年に一度のドラゴンが目を覚ましてしまう。その前に勇者へと仕立て上げないと、儂らの村は終わりじゃ……」
「なるべく急ぐようにはします。ところで、今日の要件は別にあると聞いたのですが」
「そうじゃ、隣の村に転生してきたそちらの世界の人間が、転生したものの納得がいっていないと……。なんとか話をして下さりませぬか」
……そういうことか。異世界の住人になるのには二つの方法がある。一つは、ただ身一つで異世界で生きていくというシンプルなもの。勿論、身体能力や年齢、性別、見た目などは変わらない。ただ、圧倒的に多いのが二つ目のやり方、転生だ。
異世界転生。誰もが一度は夢見るのかもしれない。俺自身一度もそんなことはないから共感はできないのだが。
とりあえず、うちの会社に求職にくる連中は決まって、おっと口が悪くなった。いい加減もう少し考えてから決めてもらいたいものだと常々思うのだが、クライアントのほとんどが困ったことに、この転生の方を選ぶ。
やり方はシンプルだ。戸籍から個人情報まで記載欄のある、うちの会社オリジナルの履歴書を書いてもらったあとに、デスサイズの刃でできたシュレッダーにかける。何を言ってるか分からなくなってきただろう。でも、本当のことだ。で、求職者はこちらの世界から抹消される。分かりやすくいうと死亡する。
その後、どこかの異世界へと転生するという運びだ。理解できた? 俺も未だにいまいち理解してないから何の問題もない。そういうものだと思ってくれたらそれでいい。
ちなみに、コンプライアンスはこの会社には存在していないので、コンプラが……という類のツッコミは受け付けておりませんので何卒ご容赦下さい。
「先輩、用ってそれなんですか?」
「まぁな。一応、アフターケアというか。そういうのは大事だ。面倒くさいけど」
「とりあえず、隣村までご案内します」
村長が馬に似た生物ポルカと案内人として若者をつけてくれた。
「これ、たてがみ? みたいなやつがモフモフですね。可愛い。ペットで飼いたいぐらいですね」
「お前知らないだろうけど、こいつこう見えて肉食なんだ。気をつけろよ。前任者はこいつに腕を食われたんだぜ」
「マジっすか!?」
薊は撫でていた手を高速で引っ込めた。
実は嘘だが面白いから黙っていよう。
案内人の若者がいぶかしげな表情でこちらを見ているので、なんとか笑いだけはこらえる。
クライアントとの信頼関係を壊すわけにいかない。
人材コンサルタント《アザー》 海神六 @watatumi666
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