パパがラブコメの主人公なんてありえない

代官坂のぞむ

第1話 振った男のところに殴り込みとか絶対にあり得ない

 今日の晩ごはんは、きっとカレーだ。

 まだ匂いがしているわけでもないし、買い物してきた材料を見ていたわけでもないけど、きっとそう。


 ピンポーン


 インターホンが鳴るのとほぼ同時に、ガチャリと玄関のドアが開いて莉子さんが入ってきた。

「さっぶー。3月だってのに、今日はめちゃくちゃ寒いねー」

 どさどさと、大きめのエコバッグをテーブルの上に置いて、手をこすり合わせる。

「頼まれたもの買ってきたよー」

「おお、ありがとう」

 奥のキッチンからパパが顔をのぞかせた。


「結ちゃんには、これね」

 ケーキの箱をちょっと持ち上げてニコッと笑う顔が、大人ながらに結構かわいい。これで36歳とは思えない。

「わー、ありがとうございます!」


 私とパパは二人暮らし。ママは物ごごろついた頃にはもういなかったので、何も記憶が無い。

 莉子さんはパパの妹さん。だから、私からすれば叔母さんなのだけど、「おばさん」と呼ぶとものすごく怒るので「莉子さん」と呼んでいる。


「莉子ちゃんと呼んでもいいのよー」

 そうも言われたことがあるけど、やっぱり大人の女性に対してはどうかなー、と思うので遠慮しておく。


「じゃー、今日はカレー作ろーか。」

 やった!莉子さんが来る時は、2回に1回はカレーライス。絶品なんだこれが。


 莉子さんはバツイチ子無し。去年、旦那さんが浮気しているのが発覚して、ガッツリ慰謝料をもぎ取って離婚した。いまは、その慰謝料の半分で買ったマンションに一人暮らししてるけど、時々うちに来てご飯食べていく。


「結ちゃんは、来月から高校生だよねー」

 莉子さんはしゃべりながらも、手際良くジャガイモと玉ねぎを切っている。

「はい。楽しみです」

「富士見ヶ丘高校は、お兄ちゃんも行ってたからねー」

 莉子さんはパパのことを今でも「お兄ちゃん」と呼ぶ。これも30代の大人の女性としては、ちょっとどうだろう?


「お兄ちゃんてねー、高校生の頃、ラブコメみたいな大恋愛してたんだよー」


 何それ?


****


 鍋に具材を入れるだけ入れて、くつくつ煮込み始めて手が空いたので、莉子さんはリビングに戻ってきた。

「一番有名な事件はね、お兄ちゃんが高校1年の時の夏。陽菜さんがサッカー部の部室に殴り込みをかけたってやつね」

「何それー?」

 陽菜は、私のママの名前。結婚してすぐの頃の写真でしか見たことがない。


「おい、やめとけよ」

 パパは恥ずかしそうに、コップを持ってキッチンの方へ行ってしまった。


「あのね、陽菜さんて高校の頃、すっごいモテたんだって」

「へぇ」

 そんな人が、パパと結婚することになるって、かなり意外。だって私の知っているパパは、いつもボサボサ頭でもっさりしているし、気が利かないし、女子に対するデリカシーが全く無いし……。


「その日も校舎の裏に呼び出しがあって、行ってみたら隣のクラスの男子が来て、告白されたんだって。だけど、陽菜さんあっさり断っちゃった」

「そうなんだ。なんで?」

「うふふ。その男の子にも同じように『なんでだよ』って言われたけど、答えなくて。でも、その頃から周りには見え見えだったんだろうねー。『御代田か?』ってお兄ちゃんのこと名指しで聞かれたらしいよ」

「あ、そういうこと」

 御代田は、パパと私の苗字。莉子さんも、いまは御代田莉子に戻っている。


「で、次の日学校に行ったら、お兄ちゃんが顔にバンソーコー貼ってて」

「えっ?」

「振られた男子が、腹いせに殴ったらしいんだよねー。あの日のことは私も覚えてる。なんでやり返さないのって、不甲斐ないお兄ちゃんを叱ったんだよ。ねーお兄ちゃん?」


 ちらっとキッチンを見ると、パパは何も聞こえないフリをしてコーヒーを入れてる。


「で、それを見た陽菜さんはブチ切れて、放課後、その男子のいるサッカー部の部室に竹刀をもって乗り込んで」

「しっ、竹刀? なんで武器持ち歩いてるの? ママって、そんな喧嘩上等、な人だったの?」

 びっくりして大きな声になってしまった。

「ちがう。陽菜は剣道部だったから、学校の道場に置いてあるのを持って行っただけ。普段はケンカなんて絶対しない優しい人だった」

 パパ、ちゃんと聞こえてるじゃない。


「で、でも、竹刀持って乗り込んで行ったんでしょ?」

「そーそー。でねー、お兄ちゃんのこと殴った男子に、『なんでそんなことしたの』って詰め寄って、『私の大事な健太に、二度と手を出したら絶対に容赦しない』って啖呵切ったら、ビビっておしっこ漏らしちゃったんだって」

「えー、どんだけ怖い人だったの?」


「だから、そんな怖い人じゃなかったって」

 パパがコーヒーを持って戻ってきた。


「うん。そうだねー。陽菜さんはとっても優しい人だったのは確かだねー」

 受け取ったコーヒーを、ずずっ、とすすりながら、莉子さんが笑った。


「でもね、ラブコメみたいなエピソードは、まだまだあるよー。絶対に欠かせないのは、ライバルヒロインの登場!これがまた、すごくきれいな人でねー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パパがラブコメの主人公なんてありえない 代官坂のぞむ @daikanzaka_nozomu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ