第5話 罪人

 閃光が瞬き目の前を真っ白にする。

 何かに弾かれたように後ろを振り返る。


「お母さん・・・」


 絞り出すように言葉がこぼれた。

 そこには自分を愛し育ててくれた母親の姿があった。

 しかしその髪はすべて白髪となっていて、いつもやさしさを含んでいた瞳は敵をみるように怒りに染まっていた。


 そこにはっきりとした憎しみを感じうろたえる。


(お母さん?)


 手を伸ばそうとしたとたん、いつのまに現れたのか数人の白衣を着た男たちに無理やり押さえつけられる。


(嫌!!)


 刹那! 男に触られた恐怖が体中を駆け巡る。

 声にならない悲鳴がのど元までこみ上げた次の瞬間、男たちが自分の頭に被せられていた何かを取り外した。


「触らないで!お母さん助けて!」


 自分からでた言葉を聞いて、その声音を聞いて。ハタと動きを止める。

 呆然と辺りを見渡す。


 そこはついさきほどまで退屈さえ感じていたあの法廷内だった。


 今にも泣きだしそうな顔で辺りを見渡す。

 そして、もう一度彼女と目が合った。


「俺は・・・」


 男が自分の頭を抱える。自分のものでない記憶。


「この記憶は・・・」


 目を大きく見開いたまま男がつぶやいた。


「俺は・・・私は・・・」


 息を呑む。


「・・・智子・・・」


 死んだ!


 死んだ!


 誰が殺した!


 俺が!


 俺が!


 俺が殺した!


 再び男は一夜ですべて白髪になった彼女を見た。


 自分を憎しみの目で睨みつけているその人は。いまの自分にとって誰よりも大切で会いたいと切望している人を。


(…お母さん…)


 誰よりも自分を…いや自分の記憶の中の智子という存在を愛した人。


 こんなにあなたの存在が自分にとって大事なのに、一番優しい言葉を掛けて欲しい人なのに、彼女は決して自分を許さない。一生彼女から得られるのは憎しみでしかない。


 男はその事実に打ちのめされた。


 許してください…許してください…


 私を殺した。

 あなたの娘を殺した。


 世界がこんなに美しいなんてやさしいなんて知らなかった

 知ろうともせず壊してしまった美しくやさしい世界


 俺があなたの智子をあなたから奪った!


 あなたの世界を踏みにじった。


 許して…

 許して!


 俺を受け入れて、美しい世界をもう一度俺に見せてください。


 渇望する


 知ってしまった世界の美しさに、触れてしまった人の優しさに


 男は目に涙を浮かべ、智子の母親に助けを求めるように再び手を伸ばす。

 だがその手をやさしく握りかえしてくれる者は誰もいない。


 壊したのは自分だ。

 自分を取り巻く優しい世界に気づかなかった、見向きもしなかった、それが自分の罪だ。


 男の頭から装置をはずした男たちが、男と傍聴席を遮るように立ち並んだ。


 自分が殺した女の一生、それを感情も感覚もそのままに体験させる装置。

 

 男は自分の犯した罪の重さに身を引き裂かれながらこの先ずっと生きていく。


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<短編> 罪咎 トト @toto_kitakaze

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