第4話 男

 男は最近いつもそうするように、ただ目的もなく町を彷徨っていた。

 男は人が好きなわけではなかったが、こうして人込みのなかにいるとなぜだか心が安らいだ。

 男の目には個人など存在しなかった。皆が同じ服装、髪型、顔に見えた。

 たくさんの同じような人間が、また同じように急ぎ足でどこかに同じ方向に向かって進んでいく。

 男にはその様子が滑稽で仕方なかった。

 男は今年で二十歳になろうとしていた。

 中学を中退したあと働くでもなく、ただだらだらと毎日を送っていた。

 男の両親は外交関係の仕事をしていた、そして仕事に向かう途中二人を乗せた飛行機が墜落しあっけなく死んだ。

 しかし男にとってそれは大したことではなかった、むしろそのおかげで転がり込んだ莫大な保険料と遺産に男は感謝したほどだ。

 男にとって働けとガミガミうるさい目の上のタンコブがなくなったうえ、大金が転がり込んできたのだ、これ以上いいことはない。

 しかし後先考えず使ったため、その金ももう底が見えてきていた。


「どうしようかなぁ」

 スリでもするか。


 働いて稼ぐことなどはなから除外視されている。

 男がそう思っていたとき、いかにも田舎から出てきたという感じの女が話掛けてきた。 

男は、内心ニヤリとほくそ笑んだ。


 なぜこんなことになったのか、智子は考えた。

 昨日まで智子の世界は輝いていた、たくさんの未来がその道を照らしていた。

 持てる限りの力で男をつきそばそうとした、しかし男は笑いながらそんな智子を地面に押さえつけると、ためらいもなく頬を殴りつけた。


 男にとってそれは、自ら飛び込んできた獲物だった。

 初めは少し脅して金を取るだけのつもりだった。しかし、その女の人を疑うことを知らない澄んだ瞳がなぜか男の感に触った。

 女に世界の厳しさを教えてやろうと思った。


 その日は夕方から激しい雨が降っていた。

 男が満足した笑みを浮かべてその場を跡にしたとき、智子はまだ生きていた。

 しかし、激しい雨は智子からわずかな体温を容赦なく奪っていった。

 智子は真っ暗な空をただ見詰めていた。

 激しい雨はまるで針のように智子の体を突き刺していく。

 智子はかすかに腕を動かした。

 そして泥まみれのそれをみて、せっかくお母さんが買ってくれたスーツが汚れてしまったことを知った、そしてとてもとても悲しくなった。


 「お母さん、ごめんなさい・・・」


 最後に紡いだ言葉は、男への憎しみではなく、女で一つで自分を育ててくれた母親への謝罪の言葉だった。



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