第2章

第1話 墓荒らし

「お前は勇者様の影であり奉仕者だ。光届かぬ場所で称賛や名誉を得ることなく勇者様に奉仕し続ける、それがお前の使命だ」


 物心がついた頃には父から暗殺者としての訓練を受けさせられていた。

 短剣を隠す方法、一撃で敵の急所を貫く方法、気配を消す方法、暗殺対象の下へ忍び込む方法、武器を持たずに人を殺す方法。

 父は徹底的に暗殺者として必要な技術をボク・・に叩き込んだ。

 


 周りの子供たちがキャッチボールだったり、おままごとをしている時も、ボクは感情を殺して暗殺者としての鍛練を続けた。

 強く優秀な暗殺者になること、それが自分に与えられた使命だと信じて。

 

 そして時が経ち15歳になったある日、父は愛用するナイフを握りボクの前に立ち塞がった。

 一人前の暗殺者として完成するための最後の試練、それは親殺しの業を背負うこと。

 父は本気でボクを殺そうとし、そしてボクは父を本気で殺そうとした。


 そして――。


『よくやった。お前は儂の自慢の娘だ、レイン・・・


 心臓にナイフを突きつけられた父は、最期にそう言い残すと静かに息を引き取った。


 実の親を自分の手で殺す。全うに育ったヒトであれば少なからず動揺や狼狽を見せるものなのだろう。

 しかしボクの心は自分でも驚くほどに平静を保っていた。

 これも父の教育の賜物なのか、それとも生来のボクの気質なのか。


 ボクは生前の教え通りに父の遺体を処分すると、改めて生まれ育った家を見返す。

 生まれてから10年以上も父と過ごしたはずの家、なのにボクは一切の感慨を覚えなかった。


 そこでようやく気づく。

 ボクには人間らしい思い出が何一つとして存在しないということを。

 ボクは勇者様のために人を殺すため殺戮装置でしかないということに。



 あの日からだ。

 彼ら――闇精霊がボクの周りに現れるようになったのは。






「あはは……久々に見たなあ」


 懐かしい悪夢に飛び起きたボクを闇精霊たちは心配そうに見守っている。

 いや、実際に何を考えているのかは分からないのだが。少なくともボクはそんな風に感じた。


「大丈夫だよ。ボクはもうあの頃のボクとは違うから」


 そう語りかけると、ボクはいつもの仕事服に身を包む。


「さあて、今日も頑張りますかね!」


 そしてボクは暗い夜の街へと駆け出した。







「……墓荒らし?」


 その日、俺の店を訪れた珍しい客人、商工会の前代表で自治議会商工部門代表のローザは紅茶のカップに口をつけるといつものように意味深そうな笑みを浮かべた。


「ああ、この街の裏手にデカい墓地があるのは知ってるだろう?」

「それはまあ……」

「どうやら最近あそこで穴掘りをする罰当たりがいるらしいんだよ」


 墓荒らしねえ。何か財宝を抱えてる遺体があるのか、それとも遺体そのものが目当てなのだろうか。

 いや、まず聞くべきなのは。


「で、それを俺に話してどうするんです?」

「そう警戒しないでくれたまえ。単にアドバイスを貰いにきただけだよ。もちろん報酬も支払おう」


 やっぱり俺、この人のこと苦手だな。

 俺は「アドバイスだけですよ」と告げると、ローザは鞄から分厚い冊子を取り出した。


「今から目にする資料は誰にも口外しないで欲しい」


 「わかってますよ」と答えると、俺は手渡された冊子を開く。

 どうやらそれは被害にあった墓の一覧とその被害状況について記された報告書のようだ。


「……遺体が丸ごと盗まれている?」

「ああ、それがこの事件の不可解なところだ。犯人は手当たり次第に墓を漁っては埋葬された遺体を盗み出している。加えて荒らされた墓にも関連性はないときたものだ。おかけで衛兵たちの捜査も行き詰まっている」

「だけどこうも大々的に墓を荒らそうとなると大道具が必要だろう? 何か目撃証言は……」

「ない。犯行時刻は深夜と思われるが、その時間帯に墓地へ入る人間は一人もいなかったそうだ」


 犯行現場となった墓地は住宅地と隣接しているにも関わらず目撃証言が一切ない。

 つまり犯人は誰にも気づかれることなく遺体を持ち去ったということだ。


「あ」


 そこである考えが頭をよぎる。

 あの方法ならば今回の事件を起こせるはずだ。


「何か気づいたことでも?」

「気づいたというか、思い出したというか」


 俺が専門とする呪術の中に死体や人形を自立行動させるものがある。

 あれを応用すれば誰にも気づかれることなく遺体を盗むことも可能だろう。


「なるほど。呪術、もしくはそれに類するものなら今回の犯行は可能だと」

「言っとくが俺じゃないぞ」

「わかっているよ。キミがそういう人間ではないことくらいね」


 そう言ってローザはティーカップをテーブルに置くと、懐から布袋を取り出す。


「キミに相談してよかった。それは今回の報酬だ。受け取ってくれ」

「はあ……」


 席を立ったローザはやや早足で玄関へと向かう。

 俺の話で何かを掴んだのか、あるいは何かを気づいたことでもあったのか。

 まあどっちにしろ俺には関係のない話だ。


 そう思ってティーカップの後片付けをしようとすると……。


「それと最後に。キミたちが仲良くしているダークエルフの少女には気を付けなさい」


 店を出る刹那、ローザはそんな言葉を残した。

 ダークエルフの少女とは恐らくレインのことだろう。

 しかし「気を付けろ」とはどういうことだ?


「明日聞きに行くとするか」


 ローザが残した不穏な言葉に不安を駆られながらも、それについて聞く機会はまだある。

 そう考えて俺は溜まっていた仕事の整理に思考を向けた。

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ギスギスした勇者パーティーを追放されたので、辺境でスローライフを始めたら人類最強の英雄が追いかけてきた件 カボチャマスク @atikie

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