村娘と海豹男
水狗丸
ベルダ
その昔、ホイ島に在る小屋に凡庸な水夫が住んでいた。
才や容貌に関しては同じ島嶼に住まう農夫らと比べてもどんぐりと同じく変わらず、尖った特技もない男であった。しかし親の育て方が優れていたこともあっただろう。少年期より慎ましい自尊心が露わになっていた彼は非常にできる男であった。
毎日誰よりも早く海へ出てはほどほどに海神からの恵みを受け取りに行く。近隣住民に陸上の果実や、それを追い立てる獣の容態が悪ければその叡智を駆使して瘴気を払う。誰がが不漁だったり飢えていたりしたら、己の取り分を分けてくれるような男である。故に近所の人たちからの評判はたいそう良く、気立ての良い妻を娶るのも当然であった。
さて夫妻の間には四人の子どもがいた。
三人の男児はいずれもゲルマン的な絹の如き金髪と、イタリアの晴天を閉じ込めた瞳を持っている麗しい容貌の持ち主であった。もれなくアルプス山脈に劣らぬほどの身長と岩肌のような肉体を持ち、さながらヘンギストの嫡男オイスクを中心としたアングロ・サクソン人たちの再来のようである。
そして夫妻の唯一の娘、ベルダは兄たちとは対照的に——その名の通りヒグマの仔のような焦げ茶色の髪を靡かせた、庇護欲を駆り立てる雰囲気を纏う愛らしい少女であった。
賢女である母や祖母と似て手先が器用で、時に豊漁を齎す魔法の網を編んでは父や祖父に与え、野草を集めて調合しては家畜たちに良質な羊毛や牛乳を生み出させた。御陰で一家には主の祝福が舞い降り、父が彼の恩恵を再現する機会も増えていった。
十二歳のベルダはある夏の日。家族と共に外祖母がいるグレインセイ島へと向かった。其処には彼女の叔母が住むのであるが、母とは似ても似つかず心身共に悪霊の呪術に掛かったような醜女であった。
叔母は年甲斐もなく麗しい倅たちに恵まれた姉を妬ましく思い日に日に無意味な憎悪を募らせていたが、しかし夫の手前で醜貌を露わにすることができずにいた。
とはいえ熟れた果実ですら酸っぱく感じるような舌を持つ叔母がそう長く保つはずもない。
彼女は家族が皆寝入った時間にひっそりと甥たちと姪が眠る部屋へ行き、農作業や漁による疲労で深い眠りについている甥の緩んだ腕から姪の身体を引き抜き、麻縄で白い枝を束ね、姪の口に轡を食ませてから連れ出して樽に閉じ込めてしまった。
人目につかない夜。叔母は樽を音を奏でる魚の住処に投げ捨ててから何事もなかったように家へと戻った。
翌朝。愛する妹が鷹の山から消えていることに気付いた兄たちは慌てて父と母を起こし、早朝から飲まず食わずのままベルダを探して回った。
母の義理の兄である叔父も近所の住民に聞いて回ったが収穫はなく、鷹の地のヒルドも戦カモメを通して探して回るも空回り。闇夜に拐われたベルダの運命を考えるだけでも絶望の泥に喉を詰まらせ、食事も喉を通らない。父は沖合にて悲嘆の滴を零しながら慟哭し、目からの水分で肉体が乾いてしまうほど。
火のつかない木炭を抱えて帰ることなどできず、とうとう父は島中に娘を見つけた者には家の財産の半分を、そして望むならば娘を妻として与えようという旨のびらを出した。島民たちはあの麗しい雛鳥を娶る千載一遇のチャンスをものにしようと、或いは彼の恩に報いようと、快く捜索に協力してくれた。
一方海に投げ捨てられたベルダは遥か北、フーラ島の沖に流れ着き、すっかり脆くなった木製の檻は容易に開いた。
眠っている間に叔母の手で海に捨てられた哀れなベルダ。
天上の桶は暗澹とした黒に染まりつつあり、血流は穏やかになっているので砂浜を歩く仔猫は一人ぼっち。しかし歩いているうちに岩の向こうに小さな歌声が聞こえた。大人には聞こえないほど高くて、耳心地の良い音色。岩の隙間からその先を覗くと頭頂部から下げられた銀に照らされた海豹たちが五頭、闇に向かって歌っている。
しかしその中で、茂みに身を潜めている一頭だけは丸い岩のような身体を地面に着けている。ぼんやりとしている様は空ながら、暫く眺めていたくなるほどに愛らしいものであった。
暫くの間じっと海豹の歌に耳を傾けていると、海の馬の嘶きが混じってきた。
海の方へと顔を向けると収穫を手にした騎手たちが数人降りてくる。そのうちの一人、赤い髭を蓄えた老夫は、ベルダに気付くなりその麗しくも痩せ細った身なりを見て大変哀れんだ。彼女に歩み寄った老父は一から事情を聞いては更に悲哀の雨を降らせ、食事を与えるために彼女を家へと連れて帰っていった。
老夫の家の一室。石造の机の上にはオート麦が香ばしいバノックとサワークリーム。塩漬けのニシンと牛肉のスープがベルダの前に並べられた。
老夫の妻も夫が連れ帰ってきた哀れな仔猫を快く受け入れた。夫人は早速川で汲んできた水で満たされた桶で身体を清めさせ、艶やかな髪を整え、新しい服も与え、最後に長い漂流を経て背と腹がくっつきそうなお腹を栄養で満たしてあげた。
「慈悲厚き聖人よ、貴方方の寛容に感謝しますが、とても言葉では足りませぬ」
すっかりお腹が満たされ、長旅の疲れも癒えたベルダは老夫婦にお礼の言葉を連ねた。
「必要ならば魚を取るための網や海老採り籠を編みましょう、絹で服や外套も織れます。良質な羊毛を作るためのレシピも知っています。どうぞなんなりと、女中にするそれのようにお申し付けください」
ベルダは席を立ち、老夫婦を前に恭しく頭を下げ、新しく与えられた服の裾を摘んで改めて挨拶をした。
とても御行儀の良いベルダに心を打たれた老夫婦は顔を合わせてこの可愛い娘を我が子のように愛そうと決めた。
嘗て老夫婦は病で三人いた倅を亡くし、フーラ島の一角で細々と暮らしていた。故に余計にベルダが愛おしく感じたのだ。老夫婦はベルダに嘗て我が子が使っていた部屋を与え、洗ったばかりの布団を被せ、彼女が寝付くまで歌を歌ってあげた。
数日経った日の夕暮れ。老夫は漁へ、老婦が夕食の準備をしている間にベルダは薄暗い小屋の中で藁を使い魚網を編んでいた。
その最中、突然小屋の中から積まれていた木炭が崩れる音がした。
妖精の悪戯かと思って最初は視線を向けるだけだったが次第にその音に雑音が混じり、明らかに老夫婦のそれではないものに愈々警戒した。椅子から降りたベルダは音の正体を確認しようと木炭の山に歩み寄ると浅黒い肌と絹のような金髪を持った裸の美丈夫が頭を片手で抑えていた。
ベルダは上から崩れてきた木炭の山に頭を叩かれたのだと気付き、彼の髪を掻き分けてみたが怪我はなさそうであった。
ベルダは老夫婦から与えられた、サーモン乗せのバノックを与えようとしたが、男は上のサーモンだけを食べて返してしまった。初めはなぜかと思ったが、よく見れば男は手に海豹の皮を握っている。
ベルダはこれを見つけたところで、男が人ならざるものであることを悟った。人に化ける
「ちょっと、ここで待っていてね」
そう言って彼女は台所へと向かった。
木箱に入っていた鱈を一尾だけくすね、それを男に与えると彼はそれを受け取ってそのまま齧り付いた。音を立てながら骨ごと丸呑みにし、傷の滝さえも飲み干してくれるので幸い床が汚れることはなかった。
ベルダが小屋へ入ってきた理由を尋ると、男は初めに拙い口調で、正直に最近狩りが不調で十分な食べ物が得られなかったことを語った。
ベルダは先日の自分と同じように飢えに苦しんだ海豹男を哀れんだ。
彼女は別れる前にもう一尾だけ鯖をくすねては海豹男に与え、どうか貴方の狩りが成功しますようにと、手の甲にまじないをかけた。
まだうまく話せぬ彼は、優しい少女に感謝の意を込めて小さく頷いてから小屋を出て行った。ベルダはすぐに木炭を元の位置に直そうとしたが、高いところにあったそれはとても届かなかったので端に寄せておくことにした。
施しのためとはいえ勝手に二尾の魚をくすねてしまったベルダは、台所へ向かうと老婦に小屋の前にお腹を空かせた海豹がいたので二尾の魚を勝手に持ち去って与えたことを正直に伝えた。
老婦は利口で優しいベルダが訳も無く魚をとっていくとは到底思えなかったのでその言葉を信じ、寧ろ本当に心が清らかな子だと褒め称えた。
また別の日の夜。ベルダが自室で眠っているとノックの音が部屋に転がる。老父だろうかと戸を開けてびっくり。
木箱を抱えた海豹男が立っていたのだ。曰く妖精なのでこっそりと人の家に入ることくらい朝飯前。そんなことよりも今日はお礼がしたいからと部屋に上がり込んだ。
そして優しくベルダの小さく細い身体を抱擁しては寝台に乗り込み、愛の宴で彼女を楽しませ、それは太陽が世界の向こうから帰ってくるまで続けられた。満足したベルダは深く寝入ると海豹男も皮を纏って海へと帰っていき、一つの木箱を除いて誰かが入ってきた形跡など無くなった。
翌日。ベルダが陽光に叩き起こされるとまず木箱に目を向けた。
昨夜海豹男が持ってきてくれたそれには大量のアワビや牡蠣、海老や蟹といった海のお宝が詰まっており、すぐに老夫婦の元へと持っていくと二人は眩いそれに目を見開き、海豹の恩返しに深い感謝を、ベルダの寛容を愛で称えた。
その日、大量のお宝のうち半分は料理の材料にしたり燻製にして保存食にし、残り半分は近隣住民に分け与えたので、老夫婦まで人々に喜んでもらうことができた。
海豹男は一週間に一度だけ海の宝を土産にベルダの部屋を訪れ、その度に老夫婦は食料を近所に分けて回った。
それ故ある日、少し離れた農場に住む悪辣な男がいかにして老夫婦が大量の宝を得ているのかと深夜に老夫婦の家の周辺を探り出した。
しかし海豹男は男の存在に既に気付いていたので、海豹の姿で男に近付き、十分に距離が縮まると人間の姿に戻るなり、手にした石で男の頭蓋を砕き、空洞となった肉の檻を細かく千切っては海に投げ捨て、傷の雨粒で青は赤に変わり、男は自分が海から恩恵を得ていたように、海の生命たちの糧として霞に消えた。
翌日、近所では女癖も素行の悪い男だったからナックラヴィーに拐われたのだと噂になった。
また別の日には同族の行動を訝しげに思った海豹男の仲間や兄弟達が彼とすれ違う形でベルダが作業している小屋に忍び込み、海豹に姿を変えて机の下や薪の山の間に、或いは扉の近くに身を潜めた。
いつも通りに小屋へ網や籠作りをしにきたベルダの、手入れされた大理石の像の如き白皙、類稀なる美少女にすっかり惚けていた悪人たちは息を潜めたまま彼女が藁を手に作業を始める瞬間を待った。
海や風の音しかしない空間。机の下に潜む海豹男たちからはうら若き少女の細い白皙の足のみが映っている。舐めるようにそれを眺めていると薪の山に隠れていた仲間の一人が皮を脱ぎ捨ててベルダの前に現れた。
自分が知る者ではない海豹男を前に、ベルダは彼も餌を求めてやってきたのかと思い歩み寄ると、男はベルダの口元を大きな掌で押さえつけ、長い腕で彼女を閉じ込めた。
急な事態にベルダが混乱している間に他の仲間たちも皮を脱ぎ捨て、寄って集って乙女のカーテンを乱暴に開け、窓の向こうにある艶やかな赤い果実をもぎとろうとした。ベルダは陸にあげられた魚になりながら必死に抵抗をしたが、その腕は鉄のように冷たく硬い。
いつも通り老夫婦は各々の仕事に向かっており、親しい海豹男も木箱を置いていくとすぐに海へと戻り眠りに入ってしまう。
故にベルダが恐怖に呼吸を乱され、絶望に鞭打たれ、嫌悪感に泣き叫んだ。想い人の名を呼び続けても助ける者はいないと理解していても呼ばずにはいられなかった。嘆きのあまり滝のような涙を流しながら昏倒したベルダの矮躯を抱え、不埒な者どもはさっさと小屋から去っていった。
老父が家に帰り、彼の妻がベルダを呼びに小屋に向かい、戸を叩くも返事がない。
いつもはすぐに戸を開けてくれるのにと不思議に思い、鍵が開いていることを訝しげに思いながら小屋へと入ったがそこは既にもぬけの殻であった。いつもと違うところがあるとすれば木炭の山が少し崩れ、机の位置がずれていることだけ。
しかしいつも小屋を離れる時は一言伝えてくる娘が忽然と姿を消すとは何かあったに違いないと老婦は大慌てで夫にこのことを伝えた。当然ながら彼も慌てふためき、料理をそのままに島中を探して回っていった。
六日後の夜。海豹男はいつも通り木箱を手にベルダの元へ向かったところ、いつもは既に眠っているはずの家の主人——顔を真っ青にした老婦に見つかり、私の家に一体何用かと凄まじい剣幕で歩み寄ってきた。
彼は予期せぬ事態にも関わらず冷静に、自分は貴方の娘に助けてもらった海豹であること。そしてその日以来彼女に海の宝を与えていることを伝え、木箱の中身を見せた。
不思議な木箱の主人こそが目の前の海豹の精霊であったことを知った老婦は可愛い娘が忽然と姿を消し、一日中彼女を探して回っているにも関わらず見つからないと、すっかり憔悴した顔で語った。
何であれベルダの失踪はただ事ではない。
海豹男はすぐに仲の良い戦カモメたちに大量の海の幸を金貨にベルダを捜索させ、自身も海へ戻り、食事も寝る間も惜しんで彼女を探して回った。
そのような彼の愛は、戦カモメだけでなく海の王者さえも味方につけた。
海の王者やその親族たちは愛妻家として有名だったので、自分がいかにベルダを愛しているかを熱く説き、自分と彼女の馴れ初めを具に語った。誠の愛を感じた海の王者は兵士たちに命じてすぐにベルダを捜索させ、その範囲はヴィンランド付近まで至った。
斯くして海豹男を連れた王軍は海豹男の集団がある岩山に出入りしているところを発見した。彼らが去った隙を窺って彼は岩山の中に入ると、愛するベルダが泡の寝台の上で眠っているところを発見した。
彼女は以前あった以上に痩せ、服は布切れ同然。加えて手首足首の痣や傷は彼女が激しく抵抗した証となって残っていた。海豹男は絶望した。ベルダにではなく、同族や兄弟が彼女を畜生にも劣る手段で手籠にしたという事実。そして自分がすぐに彼女を助けられなかったという現実にである。
海豹男は急ぎ眠る彼女を縛る紐をサメの歯で断った。そして丁寧に抱き上げようとしたとき、ベルダの濁った瞳が開いては目の前の男を映した。
彼女は歓喜と絶望に目を見開き、震える唇から嗚咽を漏らした。しかし相手が確かに暴漢ではなく優しい彼なのだと分かるや否や抱きしめるのではなく、掴まれた魚のように彼の腕から逃げようとした。
海豹男は嘆く彼女を鉄のようにひしと抱きしめ、ただ宥めるように名前を呼び続けた。
彼女の体の震えは暫くすると収まっていき、漸く彼女もまた背中に腕を回してくれた。ベルダを腕に閉じ込めた海豹男は彼女を岩山から連れ出し、丁寧に陸へと引き揚げていった。
海豹男は小さな枝ようになったベルダを老夫婦の元へと運べば、二人は歓喜に震え、寝入る娘を起こさないように額に接吻をしてから部屋へと連れて行った。
海の宝を何度も寄越してくれた上に、愛する娘を見つけてくれた海豹男には感謝をしても仕切れぬと首を振るった。
こんな偉業を成し遂げてくれた海豹男をただで帰すわけにはいかない。何か要求があれば言ってくれと伝えれば、海豹男は不器用に微笑んで、ベルダを娶らせて欲しいと答えた。老夫はこの益荒男の要求をすぐには呑まず一度保留にし、娘が目覚め次第決定すると伝えた。しかし我慢強い彼は明日にでも結果を聞きにいくと約束し、海へと帰っていった。
翌日の朝。自室の寝台の上で目覚めたベルダは慈愛に満ちた顔で髪を撫で続ける老婦の顔を見ると、丸い瞳から涙を溢れさせ、何も言わずに彼女に抱きついた。只管謝り続ける娘を宥め、嗚咽が収まってきた頃に老夫がいる台所へと向かえば、老夫も優しく彼女を抱きしめた。
老夫は昨晩娘を助けた海豹男から求婚の伝言があったことを伝えると、ベルダは顔を赤くして暫く黙っていたものの、彼の寛容と勇気を認めて求婚を受け入れた。
これを聞いた老夫婦は非常に喜び、婚姻が成立したことを知った海豹男も同じであった、海の王者にそのことを伝えるとベルダはこのような寛大な夫はそうそうおるまい。良き夫を得、嫁冥利に尽きるだろうと祝福の言葉を贈ったのである。
最後にベルダはホイ島に住んでいる家族に会いたいと老夫婦に告げ、ならば結婚式はそちらで挙げようと意見が一致した。
老夫婦は近隣住民の協力を得て頑丈で高品質な船を作り、老夫婦とベルダを乗せてホイ島へと向かった。この間にベルダは遂に愛しい男となった海豹男にエドゥアルドという名前を与え、改めて愛を抱き合った。
半年ぶりに生家を前にしたベルダは緊張によって震える手で戸を叩くとゆっくりと開き、以前あった時よりもずっと痩せ、白髪も増えた母が現れた。
彼女は失踪した娘を前に一瞬現実が受け入れられずにいたが、ベルダが帰りの挨拶と謝罪をすると目の前の少女は間違いなく娘だと確信し、その細い身体を抱きしめ、感極まって大粒の雨を降らせた。
間もなく三人の兄たちも厩から出てきた。
そして母の腕の中にある妹の姿を見つけると、急いで妹の元へ走り、母の腕から解放された彼女を順番に抱擁していった。長男はすぐに父を呼びに行き、母は倅たちと老夫婦、そして老夫から受け取った服を纏うエドゥアルドを家の中へと招いた。
老夫婦はどんなふうにベルダと会い、彼女と共に過ごしたかを語っていると母は彼女が樽の中にいたという点から犯人は自分の妹であることに気づいた。
というのも、ベルダが失踪した日から三日後。島の梟が叔母が海に樽を投げ捨てているところを目撃したという情報が入っていたのだ。しかし妹が運んでいた樽の中身まで分かっていなかった以上犯人と断定するには証拠に乏しく、結局今日まで彼女は天から僅かな裁きも受けていない状態だった。
母は内心で妹への報復を胸に誓いながら、ベルダに助けられ、後に彼女を助けたという一途で勇気ある海豹男エドゥアルドとの結婚を承諾し、夫もまた元より娘を助けた人間に彼女を娶らせる予定だったこともありこれを認めた。
老夫婦とエドゥアルドたちは結婚式まで客人用の小屋で過ごし、夜には団欒の食事を堪能した。人ではないエドゥアルドは相変わらず魚しか食べなかったが、この家には漁師が四人もいたため食事には困らなかった。
そして二ヶ月後。ベルダの親族たちがホイ島へと集まり、ベルダは真っ白なドレスを纏い、エドゥアルドは新品のチュニックと自身の皮を肩にかけ、革靴を履いている。式は小屋の中で行われるので質素に見えるがこれが島の伝統である。
誰も彼もが二人の門出を祝う中で、叔母は海に捨てたベルダがまだ生きており、更にハンサムな男と挙式するという現実に対して苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
式の後、叔母はどのようにして姪を再び崖から蹴落とそうか考えながら夜道を歩いていると彼女の姉に樽の件を伝えた梟が上空を飛び回っていた。
自身を嘲るような羽音を煩わしく思いながら上を見上げると梟はネズミを捕らえるように急降下し、叔母の目を抉り取った。世界を奪われた叔母はその場で悶絶し、嘆き叫びながら闇の中で芋虫となった。土や岩に体をすり潰されていくうちに、叔母の肉体は肉食鳥の餌となったが姪を流した罪によって人々からは見向きもされなくなった。
ベルダの母は、最後に悪辣な妹に向けて嫉妬は己の身を滅ぼすと吐き捨てた。
斯くして一家は家族と平穏を取り戻し、ベルダは聖霊の夫との間に五人の子どもを儲け、彼らもまた聖霊の血を脈々と受け継いでいったのである。
村娘と海豹男 水狗丸 @JuliusCinnabar
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