文学と計量文献学

@yu__ss

文学と計量文献学

 背の高い女性が扉を開く。扉の奥の六畳ほどの部屋は両壁に所狭しと本が並んでいる。デュアルモニターの奥で出迎えたのは背の低い白衣のショートボブだった。

「……やあ」

 やや話し辛そうに片手をあげる。入ってきた女性は一枚の紙をそのモニターの横に差し出した。

「今朝、私の研究室に入ってたんだ」

 その紙は小鳥のあしらわれた便箋で、一枚にぎっしりと文字が詰まっている。

「……」

 白衣の女性は座ったまま、その紙にわずかに一瞥をくれる。その態度に背の高い女性はやや苛立った様子だ。

「差出人を特定したい」

「……書いてないのか?」

「ああ」

 改めて白衣の女性は机に置かれたその紙を拾い上げた。その便箋には、背の高い女性の名前と、その女性に対する様々な感情が書かれている。しかし主題として書かれているのは女性に対する恋慕の気持ちだった。

「……成る程」

「わかるか?」

「だからここに来たのか」

「ああ」

 白衣の女性は困ったように頭を掻いてから嘆息した。

「何故知りたい?」

「……おかしいか」

「知ったら差出人をどうするんだ」

 背の高い女性は悩むように顎に手をあて黙り込んだ。

「……言えないのか、じゃあ」

「いや、言う」

 断ろうかという雰囲気を出すと、背の高い女性は態度を翻した。

「……その文字をどう思う?」

「文字?」

 白衣の女性は改めて手に持った紙に目を落とす。

「綺麗だと思わないか」

「……そうか」

「恋に落ちるほど、綺麗な文字は初めて見た」

 やや興奮した様子で、背の高い女性は続ける。

「内容も素晴らしい、音韻のリズムも完璧だ」

「そうか」

「お前にはわからないかもしれないが」

「おい」

 背の高い女性は慌てて口を噤む。

「悪い、今日は言い合いに来たんじゃない」

 背の高い女性はかぶりを振る。

「好きになった、この人と話してみたいんだ……特定できるか?」

「……あれだけ散々に貶しておいて?」

「謝るから、頼む」

 背の高い女性は、机に手をついたまま頭を下げた。白衣の女性はもう一つ嘆息を溢した。

「言っておくけど、私の研究は文学研究にも役に立つはずなんだ、君の邪魔をしようっていうんじゃない」

「わかってる」

 白衣の女性は肘をついて掌に顎をのせて嘆息する。

「昔から君はそうだ、私のやることなすこと全てに文句を言いたがる」

「……すまない」

「研究分野から食の好みから住む場所から着る服から」

 眉根を寄せて散々に嫌味を乗せてから、大きく嘆息する。

「いつまでお姉さん気取りなんだか」

「心配だったんだよ……昔から少し抜けているところがあるから、牡蠣ばかり食べてあたったり、提出レポートに所属を書き忘れたり……」

 背の高い女性の言葉に、白衣の女性は少し居心地が悪そうにしている。

「……流石に候補がなきゃ絞れないぞ、心当たりは?」

「教授会での私の様子が書かれているだろう? つまりこの学内の教授に違いない」

「……」

「教授陣の論文ならあるだろう」

「……成る程、まあやっても良いが」

「本当か?」

「ああ、だがね」

 白衣の女性は、外方を向いて言った。

「誰が差出人でも、文句を言うなよ」

 やや自嘲気味に、白衣の女性は笑うのだった。

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