うちの白色毛玉には裏がある
@rekoreko
第1話
その子の名前は、パルクスっていうの。
いつからいたのか、どこから来たのか、そんなことは全然覚えてない。気が付いたらいつもあたしの側にいた。
パルクスはネコともウサギともつかない不思議な生き物。全体的にウサギに近いシルエットをしてるけど、ところどころ違っている。特に違うのは耳と尻尾かな。耳はウサギみたいなぴんとたったものじゃなくて、白くて丸くてふわふわしてる。小さな雪玉が頭の上に乗っかってるみたい。お尻から生えた尻尾はネコのものより細くて長い。遊んで欲しい時はこの尻尾がぺしっぺしっとあたしを叩く。
あたしは、お父さんやお母さんにパルクスがなんていう動物なのか、詳しく聞いたことがなかった。図鑑で調べても見つからなかったし、そもそもパルクスを飼っていることは秘密だったから。うちのマンションはペット禁止のマンションで、パルクスのことがバレたらきっと捨ててきなさいって言われちゃう。
「パルクス、ご飯だよー」
お母さんたちがいなくなった隙を見て、器に盛ったいつものご飯をパルクスの前に置く。シーチキンにマヨネーズをかけて適当に混ぜただけのご飯。欲しがる量はパルクスの目を見ればなんとなく分かる。今日は一缶の半分くらいを作ってあげた。いらない素振りを見せる日もある。
パルクスはこれが大好き。あたしの大好物でもあるから、準備してる時に自分が食べちゃわないようにするのがすっごく大変。
「慌てて食べちゃダメだよ、パルクス」
パルクスにご飯を出すとき、いつも言う言葉。
このコは食べるのがとんでもなく速いのだ。ううん、速いなんてものじゃない。ご飯を置いて「食べた!」と思った次の瞬間には、頬っぺたをぱんぱんに膨らましたパルクスの姿がある。やがてゴクッと飲み込む仕草をすると、一回だけ「ケプッ」と可愛らしいげっぷをするの。
きっと、今回だって。
「いーい? 急いで食べると喉詰まらせたりしちゃうんだからね。横取りしたりしないんだから、ゆっくり食べなさい」
噛んで含めるように、しっかりと言い聞かせる。
イヌやネコと同じように、躾はきちんとしないとね。頑張って叱るとちょっとお姉さんになったような気分。
パルクスはあたしを見上げて、言っていることが分かっているのかいないのか、どちらともとりづらい表情で首を傾げる。
「きゅ?」
「パルクスぅ、ホントに分かってるの? ちゃんとやんないともうご飯作ってあげないよ」
心配になって念を押してみる。
するとパルクスはぶんぶんと首を縦に振る。
「きゅ! きゅ!」
……全く理解しているようには見えない。多分ご飯作ってあげないって言ったからとりあえず頷いたんだろう。相変わらず現金なコ。呆れて笑っちゃう。
あたしは小さくため息を吐くと、笑いながら「よし」を出す。こうなるのもいつものこと。
「はい、食べていいよ」
パルクスは嬉しそうにツナマヨに飛びついた。
その時、お母さんはいつも五時頃に帰ってくることを思い出して、壁にかかった時計を見上げた。五時前。もう少しで帰ってきちゃう。急がないと。
視線をパルクスに戻すと、目を離したのは一瞬だったのに、やっぱりもう頬っぺたをぱんぱんに膨らましている。でも今はそれがありがたい。
パルクスが顎を上げて頬っぺたの中のツナマヨを飲み込む。そして。
「……ケプッ」
体を横に揺らしてげっぷした。急いで食べるのは感心しないけど、このげっぷを見るのはあたしの楽しみ。ふふ。
「じゃ、寝よっか」
パルクスは食べたあと決まって眠る。今もくああ、と欠伸して眠たそうだ。寝る場所はいつも押入れの中、布団を入れて余ったスペースに置いた座布団の上。
押し入れの扉を開けてパルクスを入れてあげる。半分寝たまま動いているからひょこ、ひょこ、と不安になる足取りだ。座布団の上で丸くなると、自分の尻尾をつまんで眠りにつく。
パルクスが寝たのを確認すると、あたしはご飯の後片づけを始める。お皿を出しっぱなしにしてると、お母さんに気付かれちゃうから。キッチンの流しでさっと洗って食器棚にしまった時、丁度お母さんが帰ってきた。危なかったけど、なんとかセーフ。
「おかえりなさーい!」
お母さんを迎えに玄関へ。買い物をしてきた帰りらしく、スーパーの袋をいくつか持っている。あたしは晩御飯の献立を聞きながら、明日はパルクスと何をして遊ぼうか考えていた。
今日のご飯もお決まりのツナマヨ。毎日同じメニューだと正直飽きもするが、小学生であることを考えるとそれも仕方ないか。小遣いだって大してあるわけでもないし、ツナ缶は父や母が好きで大量に貯蔵するため、多少なくなってもバレにくい。そういう事情を鑑みれば、文句の言える食事でもない。むしろ、足りない頭で良く考えている方だ。
さて、あまり時間もない。早めに済ませよう。
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