第7話
「来たんだ」
あくる日、学校に行くと隣の席に宇野さんがいた。休んだ間に席替えがあったらしい。
「おはよう、宇野さん」
「こないだ言ったの、忘れたの?」
早速彼女は敵意を剥き出しにしてきた。そんなにあたしのことが嫌いなのか。ちょっと悲しいな。
「約束したじゃん。学校には来ないって。人との約束破るなんて最低だねあんた」
取り巻きで囲んでいじめて一方的に言っただけのあれを約束と呼ぶなんて、なんて図々しいんだろう。
「そりゃ、来るよ。来ないと勉強遅れちゃうからね」
お母さんにも心配はかけられないしね。
宇野さんはイライラした顔をしていた。どうしたんだろう。嫌なことでもあったのかな。
舌打ちする音が聞こえた。
それから休み時間中にトイレに行ったりすると、個室の扉が開かないことがままあった。最初はびっくりしたけど、二回目からはなんの心配もなかった。取っ手にかけられているモップを外せばいいだけだから、何度か処理してからはものの数十秒で外せるようになった。まあ面倒臭いことには変わりないけど。時々宇野さんの取り巻きの人たちが一人か二人でトイレに来たとき、同じように閉じ込めて上から水をぶちまけたりしていると、閉じ込められることもなくなった。
代わりに昇降口ではよく靴がどこかに行った。探すにしたって心当たりはないので時間ばっかりかかっちゃう。最初のうちは見つからなければ学校のスリッパなんかを借りて帰っていたんだけど、足が痛くなってきたからスリッパで帰るのはやめて宇野さんの取り巻きの中から適当に一つ貸してもらった。返す時には鋏でちょっとアレンジを加えて返した。靴もやがて何もされなくなった。
最後に、一度だけ机が卒業アルバムの自由ページみたいになっていた。さすがに気分が良くない。幸い教室に一番乗りしていたあたしは、隣のクラスの誰かの机と交換しておいた。そのあと宇野さんの取り巻きの椅子に画鋲を置いて、少し考えてから全く関係ない人たち何人かの椅子にも画鋲を置いた。
作業を終えるとすぐに荷物を持って昇降口に戻り、靴を履き替えて校舎裏に行く。十五分ほど隠れていると沢山の生徒が学校にやってきた。七割ぐらいのクラスメートが来たところであたしも教室に行った。色々騒ぎになっていた。そういえば今日の古典の予習をしていない。当たりませんように。
この騒ぎをきっかけとして、教室にはおかしな空気が流れ始めた。画鋲を仕込まれた一部の人たちが疑心暗鬼に陥ったらしく、誰彼構わずやり返したのだ。あたしがいじめられていることは暗黙の了解だったから、気付かないうちに自分がそれに巻き込まれたと勘違いしたりして、ちょっとパニックになっちゃったんだろう。
しばらくの間、誰かにちょっかいを出せばそのあと誰に被害が及ぶか分からない報復が起こった。クラスの皆はやった人間が分からない方法で戦っていた。水面下でのやつ当たり。やられた理由も誰にやられたかも知らないのに、やり返す理由のない人にやり返すお門違いばかりいた。中々楽しかった。
ちなみに宇野さんの取り巻きは、靴をちょろまかされるのは厳しいらしく、また、水面下でのやり合いもあって、少しずつ数を減らしていき、遂に大将を残して全員がクラスの群衆に紛れこんでいった。面白いもので、宇野さんは一人になると水面下戦争の優先的な標的にされた。皆、宇野さんのこと嫌いだったんだな。まあねえ。
そうしてあたしたちのクラスには仲良しグループというものがなくなり、個人個人の集まり、なんていう奇妙な集団になった。
クラスがバラバラになった発端があたしということは周囲もなんとなく悟っているらしく、三年生になってから周りとの距離はそれなりに開いた。おかげで最低限のコミュニケーションを取るだけで平和な一年を過ごすことができた。楽で良かった。
そうしていじめられた中学を卒業して高校に進学すると、今度は不穏なことも起きずに平穏無事に過ごすことができた。
だから油断した。
無事に乗り越えられた。「あたし」の欠片を与えるのは不安もあったが、元々の場所に帰ったようなものだから相応しいとも言えるだろう。
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