エピローグ ペルセウス座流星群
見上げた星空に、すうっと一条、流れ星が走る。
今日は、ペルセウス座流星群の極大日。
先ほどから夜空を駆ける星の軌跡を何度も目にしては、想いを馳せていた。
「やっぱり好きだなぁ、流れ星。」
晴れ渡った夜空を見上げて、わたしは呟く。
「私も大好きになりました。色んなことがありましたから。そあちゃんとの思い出は、いつも何かしら星が関係してくる気がしますね。」
わたしの隣にはめぐるちゃんがいる。
感慨深そうに、まるで眩しいものを見るかのように星を見上げている。
わたしたちは今、あの河川敷の公園にいた。
この場所はわたしにとって思い出の場所だ。
ノボ兄とお姉ちゃんと一緒に「よだか」を見た。
めぐるちゃんと一緒に流れ星を探した。
わたしにとって宇宙は近く、手を伸ばせば届くところにある。
お父さんもノボ兄も宇宙の仕事に携わり、お姉ちゃんは今もこの
そしてわたしは、今もそれを見上げている。
「変わらないわね。チヒロもだけど、ノボルもヒスイも、飽きもせず一晩中星を眺めていて。レジャーシートの上に寝っ転がりながら、気づいたらそのまま寝ちゃってたわ。」
車を停めてきたお母さんが、後ろからそう声をかけてくる。
そんなわたしたちを支えてくれているのはお母さんだ。
わたしたち家族を繋いできたのは、この星空なのだ。
夜は宇宙である。
ひとりで見上げるには、それはあまりにも広く、遠い。
だから、この
ともにこの空を見上げ、想いを共有する。
星空で繋がるのがわたしの家族なのだとしたら、いま隣で一緒に見上げているめぐるちゃんも、わたしにとっては家族のようなものかもしれない。
ううん、彼女だけじゃない。
お姉ちゃんを導いてくれた、シロハヤブサ“ママ”ことましろさん。
あの配信の実現のために動いてくれた、プロジェクトマネージャーや所長さん。
そして、配信に来てくれるリスナーさん達。
……「家族」と一纏めにするにはちょっと幅が広すぎる気もするが、同じように星空を見上げて、時間と思い出を共有する仲間がいる。
そんな素敵な“縁”を、わたしは
あの配信以来、わたしは以前と比べても数倍くらい注目される存在になったようだ。
なにしろJAXSAと公式にタイアップしたのだ、V界隈の内外から異色の存在として注目されることになった。
物珍しさやニュースバリューの高さゆえだろうか、配信直後の1、2ヶ月は特に、取材に打ち合わせにと大わらわだった。
まあ、それが収まってからは嘘のように以前と変わらない生活に戻ったが。
良くも悪くも流行り廃りの激しい世界だ、ひとりのVtuberとして、Vtuberユニット「テンタイカンソク」としての正念場は、まだまだこれからということなのだろう。
結局、あの配信で大公開してしまったこと───わたしやお姉ちゃんの来歴については、“そういう設定”という扱いで落ち着いた。
まあ、脚色されまくったワイドショーくらいの物語性のある経歴だし、お姉ちゃんの“正体”なんかは事実だと思われることの方が難しいのだろうけど。
何にせよ、自分の個人情報をこれでもかと言うほどぶちまけたわけだし、ノボ兄やめぐるちゃんからは怒られた……というか心配されたが。
以前ましろさんが言っていた通り、このわたしたちの真実は、Vの“設定”という曖昧さの中で
しかしそれは決して単なる“嘘”ではない。
“
おはようみんな!
今日はペルセウス座流星群の極大日だね!
全国的に晴れるみたいだし、絶好の観測日和になりそう。
みんなは流れ星に何をお願いする?
~本日のお姉ちゃんとの距離 1億4387万㎞!~
今朝、アオイトリでわたしが投稿した
「
「よだか2」といえば、小惑星オトヒメのサンプルの回収は大成功して、現在各地の研究機関で分析が始まっているらしい。
お姉ちゃんが持ち帰った“お土産”は色々と新たな発見を生み出しているらしい。
「よだか2」本体は2次ミッションを開始しており、また地球より遥か彼方の小惑星へ、調査の旅の最中にある。
既に地球からの距離は1億kmを超え、日に日に遠ざかっていく一方だ。
世界広しといえど、物理的にここまで遠く離れたところに住んでいる姉妹はいるまい。
Vtuber“星隼ひかり”としての活動も完全に休止しており、「忘れられてしまっているんじゃないか」という不安はやっぱりある。
「……あっ!流れました!!」
そう叫んでめぐるちゃんが空を指差す。
その光は一瞬で、彼女の指が示す方向にはもう暗い夜空が浮かんでいるだけだったが。
その光の筋は、わたしの目にもしっかりと捉えられていた。
流星は、この世で最も儚く神秘的な自然現象だと思う。
空の遥か彼方からやって来た星屑が、ほんの一瞬、空で弾けて消える。
それはとても静かで、瞬きくらいの短い時間だけれど、その軌跡は見上げる人たちに
わたしたちVライバーも、本質的にはあの流れ星と変わらない。
Vライバーとして活動するのは楽しいし、ずっと続けていたいと思う。
それでもいつかは終わりが来る。
進学や就職で続けられなくなる人、病気のために辞めざるを得ない人。
活動の意欲を失ってしまった人や、単に飽きてしまったという人も。
この世に永遠というものはない。
人の一生と同じく、いつかは最後の日がやってくるのだ。
短い期間を全力で駆け抜けた者も、細々とでも息長く活動を続けた者も。
あの流れ星のように、人知れず駆け抜けて消え去っていく者もいただろう。
それでも、どんなに小さな輝きであっても、きっとこの広い
あの配信から半年、めぐるちゃんは活動を再開していた。
抗がん剤治療のつらい副作用を乗り越え、無事に退院を果たした。
まだまだ継続的な通院は必要ではあるが、それでもこれほど早く退院できるまでに改善するのは珍しいらしい。
「流れ星に願い事を3回唱えると、願いが叶う。こうやって見ていると、やっぱり本当なんだなって思いますね。」
「しかもあれは、お姉ちゃんの流れ星だからね。叶わない方がおかしいんだから!」
お姉ちゃんが、4年も困難な旅をしてきて持ち帰った星なのだ。
願い事くらいいくらでも叶う。
そんな、根拠のない確信がわたしにはあった。
だからこそあんな無茶な配信を企画したのだが……
「でも、その無茶を押し通してやり遂げちゃうところがそあちゃんの凄いところですよ。私も、そあちゃんに負けないくらい頑張りますから。これでもライバルのつもりなので!」
「めぐるちゃんが本気出したら、わたしなんてすぐに置いてかれそうだなぁ……。でも、わたしだって負ける気はないよ。勝ち負けなんて、あんまり意味はないのかもしれないけど。」
お互いの顔を見て、笑う。
仲間として、友達として、ライバルとして。
切っても切れない一生の宝物を得たのかもしれない。
あの時、Vを始めて本当に良かったと思う。
わたしたちはこの世界で、何をして生きてゆくべきなのだろう。
人の一生はあまりに短く、いつ絶えてしまうか分からない。
だからこそわたしたちは、何かを残そうと必死になる。
次の世代に繋がる何かを。
子供、文化、作品、言葉、歌……
自分がこの世界に生きた証を。
それぞれの想いをバトンのように手渡して。
そうして
わたしはあの日、お姉ちゃんと、めぐるちゃんと、みんなの世界を繋ぐことができたと思う。
生き続けることを諦めていた二人を。
「もう、これでいいんだ」と、思い残すことすらやめてしまっていた二人を。
「テンタイカンソク」───わたしたちは、まだまだこれからも続いていくということを、みんなに……誰よりも、お姉ちゃんとめぐるちゃんに示すために。
わたしがなりたかったのは、そんな存在だったのだ。
かつてわたしの心に火を灯したお姉ちゃんのように、誰かの心を照らし誰かの背中を押す、みんなを導く星標。
あの流れ星のように、誰かの心に未来と希望を灯す、わたしはそんなVライバーになる。
わたしの初心は、何も変わっていなかった。
だからあんな無茶苦茶な企画を立てて、実行に移したのだ。
わたしたちの世界を繋ぎ、お姉ちゃんとみんなを繋ぐ。
わたしは
建前の上では「何もない」ものだとしても、人々には
物理世界では存在を証明できないが、それでも「在る」ことを否定できないモノ。
神様だとか幽霊だとか宇宙人だとか、証明されてはいないけれども否定することもできないものはたくさんある。
もしかしたらこの世界には、お姉ちゃん以外にもそういう
何の証拠もないけれど……でも、そう考えた方が面白い。
その方が断然ワクワクする!
だからわたしは、そんな可能性に満ちたこの世界を繋ぐ。
そして、これからも……わたしはそうあり続ける。
心の中で、わたしは固く決意していた。
―――これは、「彼女」が旅立った、7か月後のこと。
わたしは今、あなたに恥じないVライバーになれていますか?
「お姉ちゃん」。
そしてその“答え”を、もうすぐ聞ける。
「……時間だ!」
わたしとめぐるちゃんは、一緒にスマホを覗き込んでいた。
バーチャル配信アプリIMAIR───その配信通知が、二人同時に鳴った。
「──────みんなっ!」
懐かしい、聞き慣れた声が聞こえる。
「夜空を駆ける流れ星。天体系Vtuberの星隼ひかりだよ。みんな……ただいま!」
みんな一斉に【おかえり!】とコメントする。
一度は引退を発表した、わたしのお姉ちゃんこと星隼ひかり。
彼女の復活配信がまさに今、始まった。
「みんな、待っててくれてありがとう。」
【当たり前だよ!あんな風に言われたらね】
【毎日、今か今かと待ってたよ~】
みんな、お姉ちゃんの帰りを待ちわびていた。
あの配信のときコメント欄で、お姉ちゃんは【戻ってくるしかないじゃない!】と言っていた。
まさにそう言わせるためにこそあの配信をしたようなものだが、それがあったからこそわたしたちは今まで半年も変わることなく待てたのかもしれない。
わたしたち、「テンタイカンソク」は間違いなくこれからも続いていく……そのことを信じて。
そして今から1週間前、音沙汰のなかったお姉ちゃんから、アオイトリにてついに復活配信の告知があったのだ。
そのときのみんなの舞い上がりようといったら……
やっぱりみんなに愛されてるんだなぁ。
そう思って嬉しくなった。
「さて、戻ってきて早々なんだけど、お知らせがあります。このたび
「ええっ!?」
いきなり!?
「さっそくだけど、ちょっとだけ先行公開のPVもあるよ。たったいま公開した!」
アオイトリを開くと、お姉ちゃんのアカウントに30秒ほどの動画が公開されていた。
めちゃくちゃ凝ったアニメーションの動画に、綺麗な演奏とお姉ちゃんの歌が乗る。
曲はわたしたちもよく知っている「The Star Seeker」。
お姉ちゃんにはお似合いの曲だと思うが、問題はそこじゃない。
【ちょっと……『協力 JAXSA』ってどういうことなのっ!?】
動画の最後にチラッと映った文字列に、思わずそうコメントで訊ねてしまう。
「いや~半年前のそあちゃんの配信でさ、あたしが「よだか2」だってバレたじゃない?それが縁になって、ちょっと話を持ちかけてみたら向こうも乗り気になっちゃって。なんでも、元からあたしのファンだったって人がいたみたいで。いろんな人に手伝ってもらって、気付いたらなんかこんなことになっちゃった。」
ええー……
まさか、ノボ兄?
ノボ兄ならわたしに内緒でそういう根回し役を買って出そうな……
「それで、めぐるちゃんに相談して、そあちゃんに内緒で動いてたんだよね~。」
「めぐるちゃんなの!?」
心底驚いて隣を見ると、めぐるちゃんが「ごめんなさい」って感じの顔で、手を合わせて謝る格好をしている。
「実はあの後すぐに連絡があって、そあちゃんに秘密でずっと動いてました。」
「ええー、きいてないよぉ……」
せめてひと言、言っておいてほしかった……
あれから月に一度くらいの頻度で連絡は来てたけど、この分だとお姉ちゃん、めぐるちゃんとは思いっ切り頻繁にやり取りしてたな?
「先輩、いろんな人に声を掛けたみたいで。あのシロハヤブサ先生と、そあちゃんのお兄さんと……あと、「よだか2」のプロジェクトマネージャーさんがひかり先輩のファンで、協力してくれてたんですって。」
「あの人!?!!?」
たしかにVtuberのこと知ってるとは言ってたけれども!
そこまでがっつりファンだったとは……世間は狭いとは言うけど、いくらなんでも狭すぎる。
どうりで、わたしの配信にもノリノリで協力してくれたわけだ。
「そあちゃんのあの配信、すごいなって思ったんだよ。あたしたちも負けられないなって。だから二人で相談して、今度はそあちゃんの度肝を抜いてやろうってなったんだよ。」
【完全に抜かれたよ~……】
やっぱりお姉ちゃんには敵わない。
流石はわたしの目標、わたしが目指した先輩Vライバーは、今なおわたしの先を行っている。
「実は私も、オリジナルソングを制作してもらってる途中なんです。なんかこう……負けられない!って。ライバルですから。」
「めぐるちゃん……ああもう!」
オリジナル曲……わたしもいつかは、とは思っていたけど。
めぐるちゃんの勉強熱心さや適応力に、こういう大胆な行動力まで加わったら、本当にわたしなんか目じゃない活躍をしていきそうだ。
【そあちゃんに負けていられません。私たちも、「テンタイカンソク」の一員なんですから】
「ねー!」
めぐるちゃんとお姉ちゃんが口を揃える。
姉妹として、仲間として、友達として、そしてライバルとして。
お互いを目標として高め合い、しのぎを削る。
誰か一人が先に立ち引っ張っていくのではなく……
【……わたしだって負けてられない。いろいろ考えてるんだからね!】
「テンタイカンソク」でやりたい企画はいっぱいある。
お姉ちゃんが帰ってきたらやろうと思ってたこともたくさん。
そうそう、めぐるちゃんと二人での【歌ってみた】だって、やると言った以上はキッチリ実現させなきゃ。
わたしは確信した。
わたしたちは、これからもずっと。
“わたしたち”としてここに居続けるだろう。
ともに星空を見上げ、みんなの世界を繋いでいく。
わたしたちだけじゃない、もっとたくさんの人たちと縁を繋げていくのだと。
わたしたちは、まだまだこれから。
この世界はずっとずっと続いていくのだから──────
テンタイカンソク ~星の子のVtuberたち 室太刀 @tambour
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