第8話

 

 私は父である。35歳で城塞都市の伯爵でもある。そんな私にも愛する家族がいる。長い間付き合ってきた妻のマリア、そして、5年ほど前に生まれてくれた長女のシャーロットだ。千年戦争も終わり、暫くは落ち着いた日々を得られていた。

 しかし、問題とまではいかないがずっと気にしている気掛かりなことがあった。それは、娘のシャーロットの事である。

 

 この子は赤ん坊の頃から変わっていた。赤ん坊にも関わらず、どこか苦労したような表情をしたり、夜泣きもほとんどせず、泣いたと思えばお腹が空いたかオシメを取り換える合図だった。言葉を話すのは遅かったが、本に興味を強く示し、大人が読むような本をメイドに読み聞かせを願っている光景をよく見かけた。メイド曰く、理解しているような表情を見せる事が多かったと言っていた。

 

 言葉を話し始めたと思ったら、大人顔負けの事を言う時も出てきた。そんなシャーロットにも子供らしい純粋な表情を見せる時があった。それは、魔法を見ている時だ。兵士が魔法の訓練をしている光景にはいつも釘付けになって目を凝らし、ワクワクしているようにも思えた。


 だからこそ、魔法の訓練の時にはシャーロットに声を掛けるようにしていた。

 シャーロットが3歳の時だったろうか。殆どお願いをして来ない彼女が魔法の訓練に参加させてほしいと私にお願いをしてきた。彼女が何か頼んでくるのは非常に珍しい事でもあったので、気持ち的にはすぐにでも教えてやりたかったが、さすがに3歳は肉体的に未熟過ぎると感じた。反対に精神的には、不思議と教えても良いのではと思える自分がいた。親バカと言われるかもしれないが、話した時に自分と同年代くらいなのでは?と思ってしまうくらいに精神が成熟しているように感じていたのだ。

 

 それから2年ほどが経ち、体も出来てきて、基礎の第1位階魔法くらいは教えても良いのでは?と思えるくらいに成長していた。苦渋の決断の末、愛する我が子を街に送り出さなくてはいけなくなり、自衛の手段は持っていた方が良い為、兵士との訓練を終えたタイミングでシャーロットに声を掛けてみた。


 普段大人しい彼女が珍しくやってみたい! と大きく声を発するのを見る事ができた。一通り、お手本を見せ、シャーロットにやってみせるように言ってみた。当然、できるはずがないと思っていた。城塞都市の領主だが、戦士としても1流の自信がある自分の時を思い返してみても、魔力の外出しに2か月、ある程度形作るのに2か月、安定して固定できるのに2か月掛ったのだ。案の定、シャーロットはうんうん唸りながら首を傾げ、苦戦しているようだった。


 しかし、シャーロットが目を閉じてから、その表情が一変した。

 目を閉じたシャーロットの雰囲気は一変し、超一流の達人が持つ特有の覇気を感じた気がした。近くに立っているだけなのにシャーロットの存在感が肌を突き刺すように感じるようになり、ピリピリとした空気を感じるようになった。さっきまでは可愛い我が子だったが、どこか遠い存在になってしまったようにも思ってしまった。まるで、国王と向かい合っている時と同じ感覚のようだった。


 そして、シャーロットの顔をよく見てみると、いつもの愛くるしい表情は抜け落ち、人形のような、この世の物では無い存在に思えた。喜怒哀楽の感情が全く無くなっており、何か得体の知れない悪魔にでも乗っ取られてしまったとでも思ってしまった程だった。シャーロットはそのままゆっくりと杖を握った腕を上げ、呪文を唱えた。すると、間もなく、白い靄が発現したのだ、それは紛れも無い、魔力であった。そして、そのまま剣の形状に作り上げていった。


 話はそこで終わらなかった。

 なにやら”げいじゅつ”などという言葉を言いながら、剣の形を変えていったのだ。形は徐々に変わっていき、ついには、見事に鮮やかな名匠が作り出したような剣に仕上げていたのだ。それは、輪郭がぼやけている通常のソードとは異なり、輪郭がくっきりとして、模様まで規則的に付けられていた。


 更に話は終わらなかった。

 剣は使わなければ意味がないという考え方を私は持っている。いくら切れ味が良い剣でも使われなければ意味がないのだ。また、これは言わなかったが、見た目が優れていても通常のソードと切れ味が変われなければ、あのような形状に仕上げる意味がないのだ。だからこそ、娘を谷に突き落とす気持ちでメイル案山子を切るように指示した。その結末として、メイル案山子が真っ二つになるなんて、誰が想像できただろうか。


 この子にはとんでもない魔法の才能があるだろう。これからは厳しく指導していかなくてはいけない強く思える事ができた。


 私はこの指導の最中、娘にとんでもない感覚を感じたり、あの凍てつくような表情を見てしまったが、目の前にいるのは可愛い我が子である。これからもすくすくと育ってくれることを心から祈ろう。


 それにしても、1日でソードを発動できるなんて、何て我が子は天才なんだ。

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