第5話 仕方ないじゃない
最近流行の貴族ファッションは、キタハリギツネの毛皮だ。銀糸のような毛の美しさと手触りに、人気が集中するのも頷ける。貴族は流行ものが大好きだがら、少し噂を流しただけで買い漁ってくれた。
けれど乱獲されすぎたため、キツネは絶滅の危機に瀕している。
でも仕方ないじゃない。
何年か先にキツネを媒介した疫病が流行るんだもの。エレナ様はキツネを哀れんで泣いていらしたけれど、先手は打たないと。
私はというと、キツネに縁遠い生活を送りながら念願の研究員の職を得た。墓場近くの建物で、息を潜めるように研究に励んでいる。
煉瓦づくりの建物を出ると、寒風が肌を刺す。キツネの襟巻きが欲しくなるが、私の給金では到底手が届かない。今の黒いロングコートは故郷にいた頃から着ている。
手をさすって宵の寒さに耐えていると、背中に衝撃を受けた。暴漢かと身構えたが、振り返ると別の意味で驚くことになった。
「エ、エレナ様……、何故ここに」
我が主、エレナ王女が私に肩をぶつけてきたのだ。なんとも子供じみた振る舞いだが、服を着ているだけましになったと思う。今年で十六歳、あどけなさを残しながらも背も伸び、誰もが振り返るような美しい女性に成長しつつある。
「待ってたんだよ、先生。すっかり冷えちゃった」
エレナ様はベルト付きの薄いコートにスカート、フラットシューズという出で立ち。歩き出すとすぐに私の手を握ってきた。長時間立っていたのか、私の手よりずっと冷たかった。
「どうされたんですか? こんな所まで。明日お伺いしようと思っていたのに」
「先生がちゃんとお仕事してるか見に来たんだよ。今日は何してたの」
今でも家庭教師は続けているが、別に時間を設けて会うこともある。城の茶会への付き添いやショッピングなど侍従のような仕事も増えた。それでも研究所で待ち伏せされたのはこれが初めてだ。
「粘菌の観察をしておりました」
「ネンキン?」
「カビの一種です。光を当てたものとそうでないもので迷路を抜ける時間を比べるんですよ」
「えー! カビってあの黒い奴? そんなことしてたら先生にまでカビ生えちゃうよ。カビカビー」
これで研究に関しては興味をなくされたようだった。それでいい。精霊力場の連鎖誘導実験をしていますと申し上げてもご理解頂けないだろう。まだ仮説の段階だが、正と負の精霊が魔法を引き起こすなら、精霊は電荷のようなものだと考えられないか。それなら対応して電磁場のようなものが存在するはず。
この国の人間は電気を信じないが、精霊仕業なら信じる。もし、精霊の正体を解き明かせば、世界の法則を根本からひっくり返せるかもしれない。
そのためには高精度のレンズが必要だ。中には観測するのが難しい精霊もいて、手こずらせてくれる。こればっかりは一朝一夕では克服できず、試行錯誤の日々が続いている。
「それじゃあカビの生えている先生を連れていくわけにはいかないなー」
どこへと訊ねる前に、待機していた馬車にエレナ様は乗り込んだ。
「これから晩餐会なんだけど、先生がカビ生えていないなら連れていくんだけどなー」
そういえば、今日は大事な日だった。外賓をもてなすための晩餐会は、エレナ様にとっても重要な意味を持つ。
「お一人で不安なんでしょう。もう大人なんですからしっかりして頂かないと」
「……、うん」
私が隣の席に座ると、緊張していたエレナ様の顔が綻んだ。一人で行かせるのも不安だったし、近くで観察すればフォローもしやすいだろう。
全ては私の手のひらの上なんですよ、エレナ様。
でも仕方ないじゃない。
私が生き残るためだもの。
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