第9話 女帝の人生
今回の無謀な賭けを実行できたのは、二つの条件が揃っていたためだ。
一つ目は私が子供時代にネズミに齧られて免疫が出来ていること。
二つ目は私に僅かながら精霊の加護があること。
一つ目は気休めでしかない。ネズミに齧られたのは十年以上前だ。抗体があっても消えているだろう。気休めでも恐怖を和らげる効果はあると思う事にする。
精霊の才がないと思われた私だったが、極々小さな精霊が力場を漂っているのが観測された。クマムシのような姿をしており、それがエレナ様の精霊と干渉すれば成功の確率は跳ね上がる。
後は私達の体力次第。
ウイルスに感染した私は高熱で生死の境を彷徨い、幻覚を見た。皆が私に石を投げる。痛い、やめて。
すると、エレナ様が巨大なクマムシを盾に守ってくれた。
覚えはないが、一度は心臓が停止して、共同墓地に投げ込まれたらしい。
『本当は結婚なんてしたくない。お兄様や先生と離れたくない』
力場が混線してエレナ様の声が聞こえた。私は墓に埋められる寸前で目を覚まし、王城へ急いだ。
何で言ってくれなかったの。そんな大事なこと。毒婦のメアリーは貴女を守るためにいるのに。
エレナ様がいつぞやのように王城の庭でボールを蹴っていた。やせた体にガウンだけを羽織って。
「お体に触りますよ」
「いいの。髪結んで」
私が背後に立つと、エレナ様は大仰に鼻を鳴らした。
「先生はいつも変な臭いがするね」
「墓穴から戻ってきましたから」
「ふふ、変なの。でもこの臭い好き。落ち着く」
エレナ様が私に抱きついてきた。支えるこちらも力がなくて、二人で倒れてしまう。
「戻ってきてくれてありがとう。メアリー先生、大好き」
辛くも生き延びた我々は強い絆で結ばれた。ワクチン開発の傍ら婚約破棄をし、ハミル王子から代わりに白毛の猫が贈られた。それだけで二人の間にわだかまりはなくなったようだ。
ここから本格的に玉座を目指すルートが始まった。
本当、前世なんてろくなもんじゃない。この後も私は毒婦の名に恥じない働きを続けた。自己保身でも、エレナ様の許しがあれば救われた。
後世の人が私を良く言うことはないだろう。
それでも、エレナ様の孫に女帝なんてあだ名で呼ばれるくらいには長生きできたので、悪くない人生だったと思う。
了
グリードエンプレス〜転生したら悪役令嬢だったので王女を毒殺したいと思います〜 濱野乱 @h2o
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