第2話 毒婦のメアリー(前編)


 私の名前はメアリー=フォン=デュパン。


 地方領主の娘として生を受けた。領主といっても、本物のお貴族様は遥か都の人を指すのであって、うちは全くそんなんじゃなかった。


 朝は早く起きて水を汲み、夜は遅くまで針仕事。お母さんもおばあちゃんもみんなそうしてきたんだって。


 息抜きは絵を描くことと、お父さんの書斎の本をこっそり読むこと。


 でも、どっちもすぐに取り上げられちゃった。紙は貴重だし、本はお前が読んでも仕方ないって言われた。


 確かに魔法の才能はなかったけど、歴史なんかは兄たちより覚えが早かった。お父さんも、「お前が男に生まれていたら」って悔しがってた。


 魔法なんて、目に見えないものを探しても仕方ない。私は自分の見える世界を冒険しようって決めたんだ。


 観察すべし! って、本に書いてあって、その言葉が私の人生の指針になった。


 蝶を捕まえるのも最初は苦労した。力を入れ過ぎて、潰してしまったり。


 10歳になる前に小さな虫じゃ満足いかなくなって、馬ならどうかって考えた。丁度死産した子馬がいたので、ちょっと借りて屋敷に運んだ。


 その時のお父さんの怒りようったらなかった。真っ暗な物置に一晩中閉じ込めるんだもの。今でも、脛にネズミに齧られた痕が残ってる。


 見えない方が良いものもある。収穫祭の日なんかそう。


 若い男女が夜通し踊り狂う。私の相手は見つからない。


 この世界では小柄で控え目な子が好まれる。背が高くて、物をずけずけ言う子は不器量なんだって。体が頑丈な方が野良仕事に向いてると思うけどな。


 例年より暑い日が続いた年に、麦を駄目にする虫が湧いた。みんな悪い精霊の仕業だって言うけど馬鹿みたい。


 フキガエルの死体にその虫がたかっていたのを見つけた。調べた結果、カエルの油に集まる習性を利用して罠を張り、虫を根絶できた。


 お父さんは余計なことをするなって怒ったけど、ひもじい暮らしなんかしたくない。精霊なんかに祈っても何も変わらないのに、何でわからないんだろう。


 兄たちは戦争に行って帰って来なかった。母も私が幼い頃に亡くなっていたから、家は火が消えたように静かになった。父は気落ちして、私が書斎に入っても怒らなくなった。


 その頃、私が夢中になっていたのは、魔法のレンズ。精霊には良いものと悪いものがいる。レンズはそれを判別することができるらしい。正負の精霊が拮抗しているから世界は成り立っているとも書かれていた。私は生まれてから精霊の恩恵にあずかったことはないけど、その仕組みを解明できたら世界の仕組みが理解できたことになるのかな。レンズの実物は王都の魔法学術院にあるらしくて、いつか行ってみたいと思ってた。


 でも、王都には山を二つ越えて湖を渡らないと辿り着けない。生きてるうちは無理だと半ば諦めていた。その矢先、 16歳になった私に転機が訪れる。


 王都で家庭教師をしてみないかという提案を受けた。


 婿を取るのが理想なんだけど、私に碌な縁談がないのを悲観したお父さんの妥協案だったらしい。


 その時、私は自分の運命を知ったのだ。





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