エストンテープ

@manico

第1話

エストンテープ


「おはよう、カエデ」


…ガタンッ!

ぼそっと自分の名前が呟かれたので私は飛び上がるように起きた。あぁそうだ学校に来て早々寝てしまったんだった。名前を呼んだのはサキだった。飛び上がった私を見てサキや他の人たちはすごく驚いた顔をしていたが、しだいに気まずそうに目を逸らし始めた。


私はいじめを受けている。村八分、いや組八分にされている。サキは幼なじみで仲はいいのだけど次のターゲットにされるのが怖くてこうしてこっそりとする朝の挨拶だけの関係となっている。私も気を使ってサキには話しかけないし、返事もうんとか首を振るとかの簡単なもので済ましている。


どうして無視されなくちゃならないのかはわからない、けれど今の私にとってこれは好都合なことである。自然にしていれば一人で何をしていても誰にも怪しまれないから…そもそも昔の私もそんな喋るタイプではなかったと思うし…


というのも私は"記憶喪失"になってしまっているのだ。


あの日、学校の裏の道でスピードのある軽トラックに跳ねられた時からだ。幸い怪我は軽く、今もこうして生きているし、あの時間は人通りが少なく事故のことを知る人は本当に少ない。だから私は何とかしてサキや他の人に迷惑をかけたり誤解を生まないように記憶を取り戻し、このいじめが終わったら何事もなかったかのように過ごそうと思っている。我ながら思いやりに満ちた名案だ。


午前の授業が終わり、昼休みが始まる。私は授業が終わってすぐに教室を出てギター部の部室へと向かった。2時間目の後にサキが「クラブにカエデがいないのみんな寂しいって。ギター置きっぱなしだよ?」と言ったのからすると私はギター部に入っていて、最近私がクラブに行ってないのでみんな寂しがっているということがわかった。前は入り浸りだったそうなのでもしかしたら何か思い出すかもしれないし、写真とかがあるかもしれないと思った。


ガラララ、滑りの良くない扉を開くとそこには音楽雑誌やチューナー、チェキなどが無造作に散らばっていた。私が写っているチェキは見当たらない。古いプレハブの一室でそこまで広くはないがなかなか悪くない空間だと私は思った。だが何か記憶が蘇りそうな気配は無い。

落胆しながらもしばらく文化部らしい部室を物色していると、机の中からあるカンカン箱を見つけた。比較的綺麗でレトロなカンカン箱には沢山のギター部のチェキが入っていた。チェキには人の名前やその時の流行りの言葉などが書かれていてそのほとんどに私は写っていた。ある写真には女子3人がひっついて私の誕生日ケーキを囲っていた。そして私の上には「happy birthday!カエデ!!」の文字が緑のペンで添えられていた。この時の私は意外にもハツラツとしていて、私の右に写るハナノはクラスの中心的存在だ。私は本当になんでいじめられ始めたんだろう。


「久しぶりにここでご飯食べるね〜」突然廊下の方から声が聞こえた、写真より髪が伸びているが、それはハナノだった。私は慌てて部室を出てトイレに隠れた。ギリギリバレていないようだ。「これカエデが写ってる写真、ほんと良い写真だよねこれ!あれ、確かカンカン箱にまとめてたのに誰が出したんだろう…?」ハナノは不思議そうに言った。声が大きくてトイレまで良く聞こえてしまっている。不思議なのはこっちの方だ。あんな仲良しそうだったのに、、同調圧力とは怖いものだ。部室にもどってハナノに事情を説明してしまおうかと思ったが辞めた。私自身ハナノが次のターゲットにされることが怖かったから。なんだかとても悲しい気持ちになってしまったので私は教室にもどって授業の準備をした。


スッキリしないでそのまま下校の時間になった。

私はいつもどおり学校の裏の道を通ろうとした。そう、事故のあった場所だ。いつも通っていた道なのにあの事故があったせいか今日は足がすくんで立ち止まってしまった。更には体全体がブルブルと震え始め息も荒くなった。この道は通れない…と私は絶望した。仕方がないので学校の正門までもどり、反対側から回り込もうとしたが、正門まで来た時、私はふとギター部に顔を出そうと思った。ギター部のみんなは寂しがっている。つまり、少なからずいじめはあの狭い部室ではないだろうと思った。それにやっぱり"記憶喪失"についてハナノに話してしまおうと決意したからだ。私の中でハナノはとても良い友達だったと体が覚えているようだった。


ガラララ、再びその滑りの良くない扉を開いた。ギター部のみんなは揃って私の方を見た。

ハナノの顔をしっかりと見た時、ズキズキと頭が痛んだ…

しばらくしてもみんなはずっと驚いた表情でこっちを見ている。


そりゃそうだ、一人でに扉が開いたんだから…


全て思い出した。私はあの事故で記憶と共に命をなくしていたんだ。組八分なんて無かった、サキだってハナノだってすごく良い友達だったんだ…


本当は心のどこかで気づいていたのかもしれない。自分がそこにいないような扱いを受けているだけだとして、本当はいないのにいるようにして、私は自分が死んでしまったということが本当に怖くて目を逸らしていただけなのかもしれない。やりたいことがまだあったから、みんなとの楽しい時間を終わらせたく無かったから。


「ありがとう。」


そう言って扉を開けっ放しにしたまま部室を出て正門まで走った。そしてまたいつもと同じ道を辿り、学校の裏も走り抜けた。そうして私は帰るべき場所へと帰っていった。

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