第14話 バルハラ


孤児院の裏口から入ってきたロゼットと男に、子供達が駆け寄る。


「ロゼットー! おかえりー!」


「なんでバルハラも一緒なの?」


「はいはい、カーマにタルトも落ち着きな。ただいま、みんな」


遅れてロゼットの元に辿り着いたシャットに、ロゼットは屈んで抱き締めて頭を撫でた。

ロゼットもここに住んでいるのだろうか。


しかし夜にエヴァンズに来いと言われたという事は、普段は王都内に住んでいる場所があるのかもしれない。


「ロゼット悪い、色々あってエヴァンズには戻れそうに無かったんだわ」


「いいさ。丁度戻る用事が出来たし、ジェレネが懐いてたからもしかしたら……とは思ってたんだ」


「で、そっちの男か? 俺に会わせたいって言ってたのは」


隣に立つ、バルハラと呼ばれる男に視線を移すと、その男は前に出て俺の顔を覗き込んだ。

口元をストールで隠し、着ている服は全体的に暗めの色合いだ。

額にはバンダナの様なものを巻いているが、服装と相まって忍者が付ける鉢金を連想させる。


「お前さんに挨拶する前に、一つやらなきゃならん事がある。ちょいと待ってな」


具現化されたままのシェイドに触れもせず、バルハラは膝を折りロゼットに集まる子供達に向けて声を掛けた。


「おっす! 久しぶりだな、チビ共。残念だがもう遅いからおやすみの時間だぞ? ロゼットも俺も、こっちの兄ちゃん達も今日は泊まるから続きはまた明日だ」


「そうよ? ほら、ノワールさんとルージュ、シェイド様におやすみなさいをしなさい?」


子供達が口々に文句を言いながらも、最後にはシェイドが明日遊ぶ約束をすると、子供達はレリアに連れられ寝室へと向かった。

ジェレネがカーマとタルトと手を繋ぎ、レリアがシャットを抱えて行く姿を見送ると、ロゼットとバルハラがテーブルを挟んで座った。


「待たせたな、イリュージョニスタのノワールに灼紅騎士ルージュ。話はだいたいロゼットに聞いてるぜ」


「その前に、だ。俺としては自己紹介なりロゼットから紹介なりして欲しいんだが」


「あぁ、気が利かなくてすまん。俺はバルハラ=トーラー。王都で情報屋をしている者だ。歳はお前さん達より少し上になるかな?」


見た目のに反して口調はどこか軽めに感じるが、子供達に好かれている事から印象は悪くない。

ルージュもこの意見には同感らしく、警戒していた緊張を解した。


「それで? 情報屋さんが私達に何か用があったのかしら?」


「おいおい……情報屋を探してるのは君じゃなかったのか? ルージュ=フランベルジュさんよ」


「……バルハラって言ったか。何故、シェイドに触れない? ロゼットもだ。具現化した大精霊なんて、そうそうお目にかかれるモンじゃねーだろ」


バルハラはロゼットと顔を合わせ、やれやれといった素振りで頭を小さく横に振った。

未だ状況を飲み込めない俺とルージュの元へ、子供達を寝かしつけたレリアが戻ってきた。

そして温かい茶を4人の前に並べ、レリアも卓につく。


「そうだな……まずはその辺りから順を追って説明するか。少し長くなるぞ?」


「構わねーよ。こっちも色々と訳有りでな。正直、今の俺は世界について知らない事が多過ぎるから、とにかく何でもいいから情報が欲しかったんだ」


「そうか……まずはさっきの質問の答えだ。俺とロゼットが大精霊を見て触れなかった理由は、つい先日、似た様な存在と接触したからだ」


「ボクに似た存在? 大精霊が人間に見つかる様な場所に居たの?」


バルハラの話によると、プランテラがまだギガントプラントだった時に生息していた森に調査に向かったバルハラとロゼット。


その場所は不定期ながらマナの過剰反応があり、時折イーグルから聖騎士団とバルハラの様な信頼の置ける人物に調査依頼をしていたらしい。

調査の為にその場所を訪れた時もタイミングが合わずにマナの過剰反応は無く、周囲の環境の変化が無いか調べていた時だった。


小規模の地揺れを感じた後、マナの過剰反応を検測したらしい。

そしてその時、木々が揺らめく中にそれは現れた。

淡い光を纏った半透明なその物体に警戒しながら近づくバルハラに、それが声を発した。

正確には頭の中に直接、その声が聞こえたらしい。


「で、何を言ったんだ?」


「それが……俺にもさっぱり理解出来なかったんだ。イーグルにも報告したが向こうも解らないらしい」


「私にはそんな声すら聞こえてないからね……姿は見たけど、声は幻聴じゃないかって思えなくもないんだよ」


「……一応、聞こえた内容を教えてくれ。シェイドと俺なら解るかも知れない」


「俺が断片的に聞こえたワードは3つだ。龍脈、光、楔。他に言ってた言葉は少なくとも俺の知る言語じゃなかった」


「バルハラ、その知らない言語はきっと精霊言語だよ。ボクに聞かせて欲しいな。発音とかはなんとなくでいいからさ」


「確か……クァセド、エラルー、ドゥーレオ……こんな感じだったと思ったな」


腕を組み、考えを整理する様にシェイドがぶつぶつと呟いている。

精霊言語は終末戦争時代を経験した俺にも理解が出来ない部分が多く、バルハラから出された文字列はシェイドのみに事態を告げたらしい。


少し間を置いて、シェイドは理解したおおよその概要を話し始める。


「バルハラの聞いた言葉を全部まとめると、この世界を繋ぎ留めている楔、つまりマナの力が弱まってしまっているんだ。原因はこのグラストンにある龍脈……平たく言うとマナの通り道って感じかな? そこで光のマナが漏れ出ちゃってるからみたいだよ」


「って事は……マナの異常反応は漏れ出た光のマナで、それをどうにかすりゃいいんだな?」


「ノワールの言う通り。バルハラ、地揺れはすぐ収まったんだよね? 他に最近で大きな地震は無かったかい?」


「いや、小さいのがたまーに来る程度だ。もし現地に行くなら立ち入りに許可証明が必要だから、俺が明日にでもイーグルに貰って来るぜ」


シェイドに対してロゼットとバルハラが大きな反応を見せなかった理由は理解出来た。


もしかしたらその森に現れたのは大精霊で、現在の世界の状況が掴めるかもしれない。

となると、バルハラに許可証明を取りに行って貰い、なるべく早い段階で現地に向かいたい。

しかしシェイドの反応から察すると、事態は早急に解決する必要も無さそうだ。


俺が他の質問を向けようとした矢先、ルージュが質問を投げた。


「バルハラは情報屋なんだよね? クロウ=レヴァイドって男性の捜索をお願いしたいんだけど……」


「クロウ? 剣聖クロウの事か?」


「……グラストン王にも言われたけど、私の知るクロウは50代くらいのおじさんで、剣聖なんて称号で呼ばれてるなんて話は知らないわ」


「剣聖クロウ……まぁ見た目は若い。20代でモテる顔をしてるが、冷たい目をした寡黙な人物って事までは噂に聞いたな」


「そっか……やっぱり別人の方が有名なんだね……」


「一応調べてみるさ、後で大体の身長と体重、特徴と、可能なら似顔絵も添えたメモを用意しといてくれ」


正体不明の精霊とマナの過剰反応。

レヴァイドの名を持つ剣聖。

2人のクロウ。


バルハラがもたらした情報は、俺達を更に世界の中心へと誘い始めた。


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未完成な勇者~弱くてニューゲーム~ @slinky

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