第13話 孤児院にて


シスターレリア、ジェレネと共に孤児院に到着した俺とルージュは中に通され、テーブルに座って待つ様に言われた。


孤児院と言っても、外観に十字架がある事から想像はしていたが、どうやら孤児院と教会が合併した様な建物らしい。

ステンドグラスこそ無かったものの、教会はしっかりと教会の内装で、続く廊下の先には今居る居住空間があった。


「ねぇノワール、ちょっとお願いがあるんだけど」


ルージュが周りを見渡し、人の気配が無い事を確認すると、こそこそと話しかけてきた。


「ん? どうした?」


「シェイドの具現化、もう一回見たいなー……なんて……言ってみたり……?」


(はいはーい! ほら、ノワール! リクエストだよ! 手を出して! グイグイっと!)


「何でこんなにテンション高けーんだよ」


右手を前に出し中指にある指輪に魔力を注ぐと、小さなシェイドが具現化された。

具現化されたシェイドは動物の骨の様な物を仮面代わりに付けている。

だが、横から見たら見えなくはなさそうな骨の内側は、鉄壁の如く見せてはくれない。


「で、何だい? ルージュ」


「はぁ……かわいいなぁ……」


指輪の上でふわふわと浮いているシェイドを、恍惚とした表情で眺めるルージュ。

どうやら特に理由は無かった様だが、強いて言うならルージュは癒しを求めていたのだろう。


「だよねー。ボクがこんなに愛らしい姿なのに、ノワールったらちっとも褒めてくれないんだよ。ルージュを見習って欲しいよね」


「俺がルージュのノリでシェイドを褒めたら気持ち悪いだろうが。それに生意気で可愛げがねーよ」


「ノワール! シェイドには普段からお世話になってるんだから、ちょっとは言葉とか形にして感謝を示せないの?」


「そーだそーだ! 朴念仁!」


ルージュとシェイドの絡みにやや鬱陶しさを感じ始めた時、通路の奥からパタパタと足音が聞こえて来る。

2人とのやり取りに気を回し過ぎて、反応が遅れてしまったと気付いた時には既に遅かった。


「あー! なにそれー!」


孤児院の子供達にシェイドを見られてしまった。

子供相手なら特に見られてマズいとは思わないが、この後の展開を予想すると頭が痛くなる。

果たして俺はグラストン王国の門が閉まる前にエヴァンズに戻れるのだろうか。


「はーい! みんな、ごきげんよう。ボクは闇の大精霊のシェイド様さ!」


「シェイド、ノリノリね」


「ルージュもそろそろ解ってきただろ? シェイドは調子に乗ると止められなくなっちまうんだ」


大精霊を自称する一見小さな妖精の様な生き物に、ジェレネを始めとする子供達4人がキャッキャと騒ぎ立てる。

トレイに水の入ったコップを載せたシスターレリアが部屋に来ると、何事かとゆっくりと子供達の視線の先にある俺の指輪から出たそれを見る。


「あら? ノワールさん、これは何でしょうか?」


「あぁ、こいつは闇の大精霊。ちょっと今調子に乗ってるから出来るだけ触れないでくれ」


「ノワール! ボクはまだレリアに挨拶していないんだよ? 少しくらい良いじゃんか!」


本当に困った。

シェイドという精霊は闇を司るクセに目立ちたがりで、面白い事好きで、そして悪戯が好きで。

その上人一倍寂しがりだから、一旦こういった状況に入ってしまうと中々引っ込める事が出来ない。


俺が指輪に魔力を通すのを止めようものなら、拗ねて喋らなくなってしまう。

何より人間の方から喜んで交流をしているので、止めた俺が悪者になってしまうのだ。


「シェイド様、精霊様はお飲み物はいかがですか?」


「あぁ、ボクは気にしないでいいや。気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとね、レリア」


「ふふ……大精霊様に対して失礼ですが……可愛らしい精霊様ですね」


「私もそう思う。ノワールだけズルいよ。ね? シスターさん」


「ルージュさん、私の事はレリアとお呼び下さい。これからお世話になります」


「オッケー、レリア。あと私の事もルージュって呼んで欲しいな」


レリアが頭を下げると、ルージュは握手を求め、レリアもそれに応じた。

どうやらルージュもレリアと打ち解けたらしい。

エヴァンズで一言も言葉を交わさなかった2人が、シェイドを通じてちゃんと話せた事に安堵した。


残る問題は、そのシェイドだ。


「じゃあ君達、自己紹介をして貰おうかな。ジェレネがお手本で順番にね」


シェイドはどうやら子供達を手懐けたらしい。

4人の子供達はシェイドに言われるがまま、自己紹介を始めた。


「ジェレネだよ! 11歳で一番お姉ちゃんです! シスター見習いで、エヴァンズでお仕事してるの!」


「カーマです。10歳です。あとは……ジェレネが居ない時は僕がみんなを見てます」


「タルト、8歳で、えと……私は特に何も……」


「タルトは手先が器用で、料理を手伝ってくれるんですよ。助かってます」


レリアが補足を入れ、タルトの頭を撫でるとその少女は恥ずかしくて嬉しい様な表情を浮かべ、俯いてしまった。

そして、レリアは自分の膝の上に座る最後の子紹介する。


「この子はシャット、4歳でまだ上手くお話し出来ませんが、カーマとタルト、ジェレネがちゃんと見てくれています。ね?」


レリアが子供達に顔を向けると自慢気に笑い合い、最後にレリアが自己紹介をした。


「改めまして、私はレリア。21歳です。この孤児院で育ち、先代が亡くなり私が孤児院と教会を継ぎました。それとエヴァンズのロゼットも、ここで育った私の幼馴染なんです」


エヴァンズでロゼットとレリアが親しげに話していた理由がはっきりした。

どうやら孤児院と教会の運営費用を稼ぐ為に、ロゼットは飲食店を王都で開業した様だ。


しかし、飲食店の経営にも費用がかかり、更に孤児院と教会の運営となると採算が合わない様に思えた。


「なぁレリア、ロゼットの稼ぎだけで孤児院と教会が存続出来ているのか? こう言っちゃなんだが、エヴァンズの飯は確かに美味いけど、それだけじゃ無いんじゃないか?」


「ノワールさんは鋭いですね……他にも助けて下さる方がいらっしゃいまして、まずはこの孤児院の領主であるネクロル様。貴族であり、宮廷魔術師のネクロル様は寛大な方で……」


ネクロルの名を聞くとレリアの話を遮り、それまでシェイドに夢中だったルージュが反応する。


「ネクロルって……カーリャさんの旦那さん?」


「あら、ルージュはカーリャ様とお知り合い? カーリャ様はたまにノーブル君を連れて様子を見に来て下さって……他の領地で頂いた野菜を分けて頂いたり、大変お世話になっています」


「ふふっ、そっか……やっぱりカーリャさんは良い人なんだなぁ……」


ルージュが嬉しそうに小さく呟くのを聞くと、シェイドが腕を組み、うんうんと解った様に頷く。


シェイド、お前がはしゃいだからもう日が落ちて、すっかり夜になってしまったぞ。

エヴァンズには間に合いそうに無い。

恐らく城門は閉じてしまっただろう。


レリアは続けて話す。


「それと、足長おじさんと言う方からお金の融資がありまして……」


「足長おじさん? なんだそりゃ」


「まぁ……何と言いますか……」


レリアがその答えを濁していると、孤児院の裏口が開く。

扉の先から入ってきたのはロゼットだった。

そしてその後ろに、1人の男が立っている。


「お前さんがノワールか?」


俺の名を呼ぶ男を見ると、彼はストールで覆われた口元を僅かに緩ませた。

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