第12話 王都の裏社会事情
俺は困惑していた。
再会したシスターレリアと何故か機嫌が悪くなったルージュ。
どちらに声を掛ければこの喋りにくい空気が変わるのだろう。
そもそも何故ルージュは機嫌を損ねたのだろうか。
決勝で戦った事以外に、どう紹介すれば良かったのだろうか。
そんな問答を頭の中で繰り広げていると、着替えが終わったジェレネがカウンター横の扉から姿を見せた。
「お待たせー! あれ? ノワールのお兄ちゃん、何かあったの?」
「い、いやぁ? 何も無えよ。今日は送らなくて大丈夫そうか?」
「うん。今日はまだ陽も高いし、こないだが特別だったの!」
「あー……確か裏社会の奴らがドンパチやらかしてたんだっけか」
「ジェレネ、そろそろ行きましょう? ノワールさん、ルージュさん、ではまたいずれ……」
シスターレリアがジェレネを連れてエヴァンズから出ると、ようやくルージュが顔を上げた。
何か言いたげに俺をジッと見つめて来るが、伝わってこない。
しかし俺には、ルージュの機嫌を直すよりも気になる事がある。
「ロゼット、裏社会のドンパチについては今ここで聞けるのか?」
「あぁ……まぁ、アタシもよく知らないけど。それでいいかい?」
ロゼットの話によると、王都グラストンには裏社会があり、ディグアートと言う組織が牛耳っているらしい。
裏社会の組織は複数あったが、ディグアートのボスがスペードという人物に代替りしてからは、王都グラストンの裏社会の組織は全てディグアート傘下に加わり、統率されていたという。
そんな王都グラストンに最近、隣国の裏社会の組織がちょっかいを掛けてきたらしく、裏社会の揉め事は裏社会の者でケリをつけるという事でディグアートが迎え打っているとの事だ。
しかしボスのスペードがここ最近、王都グラストンを離れて隣国へ行ってしまった為にディグアートの統率が乱れてしまった。
その結果、夕刻のエヴァンズ前にて往来でのドンパチに発展してしまった様だ。
「なるほどね……裏社会ってのも大変みたいね」
「おいルージュ、もしかしたら他人事じゃなくなるかも知れないぜ」
「どうして?」
「俺らは今夜またここに来る予定だろ? 道中そのドンパチに出くわしたら否応無しに巻き込まれちまう、そんな予感がするんだよ」
(ノワールの予感って当たるからねぇ)
ロゼットはシェイドの声は聞こえていない。
しかし、シェイドの言葉に同意する様にロゼットが相槌を打つ。
「ノワールの予感がどうこうじゃなくても、最近は隣国の連中も見境が無くなってるらしくてね。……ディグアートは人道に反する事は御法度としているが、エネミリオンにはそれが無い」
エネミリオン……隣国にある裏社会、そこから流れて来た組織がそういう名前らしい。
どうやらエネミリオンが王都グラストンに流れてきた理由として判明しているのは2つ。
一つは違法薬物の売買。
もう一つが奴隷となる子供の調達。
王都グラストンでは国の抱えるイーグル率いる聖騎士団だけでなく、裏社会のディグアートもその2つを禁止としている。
エネミリオンからすれば、まだ手の付けられていない鉱脈が転がっているのだ。
恐らく市場拡大の為に流れて来た、これが正解に最も近いと思われている様だ。
「ロゼット、シスターレリアとジェレネは護衛無しで帰らせて大丈夫なのか?」
「今日はまだ外も明るいし、護衛ならディグアートが遠巻きにしてるから大丈夫だろうね。心配ならついて行ったらどうだい?」
日没まで時間があり、王都の裏組織による監視の目もある。
王都グラストンに来るまでに出会った魔獣の危険度はさほど高くもなく、一介の冒険者で事は足りるだろう。
また、昼に活動する魔獣に群れで行動するタイプは周辺には居なかった。
だが、それが安全や安心を確信出来る要因にはならない。
外部勢力のエネミリオンとか言う裏組織と遭遇する可能性も捨てきれない以上、レリアとジェレネが人身売買用に誘拐される恐れもあるだろう。
「そうだな……ルージュ、一緒に来てくれねーかな?」
「私も? どうして?」
「しばらく王都に滞在するんだ、周辺地理も知っておいて損は無いだろ?」
「うーん……それもそっか。腹ごなしに散歩も良いかもね」
エヴァンズを出た俺達はレリアとジェレネに追い付き、孤児院へと向かい歩き出した。
道中では以前ジェレネが俺にした様に、ルージュと手を繋ぎ孤児院の話をしていた。
俺とレリアはその光景を後ろから見て歩いている。
「ジェレネって人懐っこいんだな」
「そうですね……でも普段からああじゃないんですよ? きっとノワールさんのお知り合いだから、という部分もあると思います」
「それならいいんだけどな。ロゼットから王都の裏社会の抗争の話を聞いちまったから、ちょっと心配になったんだわ」
「……裏社会の組織と呼ばれるから、その肩書に怯える方々もいらっしゃる様ですが、ディグアートの皆さんは親切な人ばかりなんです」
「解ってるさ。ちゃんと俺らを怯えさせない様に、隠れながらもこっちを見守る視線は感じてる」
「見守る?」
「あぁ。敵意を感じねーんだ。だから俺にはディグアートって組織は、王都の裏社会に生きる者達ってよりは王都の盾って印象だな」
歩く俺達4人に対して、少なくとも2つの監視の目があった。
一つは後方、王都の門の方角から。
もう一つは行先の右手にある森の中から。
敵意を含んだ視線であれば、シェイドと俺はすぐに気付けるのだが、その2つの視線のどちらにも敵意や悪意は感じなかった。
ロゼットからディグアートが護衛していると言う前情報を聞いていなかったとしても、きっと理解出来ただろう。
日陰者として恐れられる様に、王都の裏社会組織と呼ばれているが、ディグアートと言う組織は闇の守護者としての役割を担っていると俺は思う。
表ではイーグルの聖騎士団、裏ではディグアート。
この2つの組織が王都グラストンの治安を維持しているのだろう。
先を行くルージュが立ち止まり、ジェレネが手を離して後方の俺の元へ駆け寄って来た。
「ねぇ、ノワールのお兄ちゃん! ルージュさんとお兄ちゃんはしばらく王都に居るの?」
「おうよ、エヴァンズ近くの宿に居るぜ。ルージュも一緒にな」
「私とノワールは別の部屋だけどね」
「じゃあ、明日も一緒に帰れる?」
そうか、俺達は特にこれと言った急ぎの用事がある訳ではない。
情報収集をしている間は時間にも余裕があるだろう。
「……シスターレリア、そっちが良ければしばらくの間、俺が送迎をしようかと思うんだが、どうだ?」
「レリアと呼んで頂いて結構ですよ、ノワールさん。私は構いませんが……前にも言った様に報酬のお支払いが難しく……」
「いや、報酬は金じゃなくて、何かの情報でいいんだ。俺はこの国に来たばかりだからな。グラストンの美味い飯屋、御伽噺とか方言。そういうのを教えてくれたら助かるんだけど」
「それだったらジェレネが教えてあげるよ!」
ジェレネが楽しそうにしながら俺の手を取り、ブンブンと振り回す。
安心した様にレリアも微笑みを浮かべている。
取り残されたルージュが溜息を吐き、俺とジェレネの元へ来ると、腰に手を当てながら笑った。
「ちょっとノワール、私は除け者扱いなの? 私にもシスターレリアさんとジェレネちゃんを送り迎えする権利は貰えるよね?」
「もちろん。良いよな? レリア」
「はい! お2人が同行して頂けるのなら安心出来ますし、楽しくなりますね」
手を合わせてにっこりと笑うレリア。
屈んでジェレネと視線を合わせて微笑むルージュ。
無邪気に、楽しげにはしゃぐジェレネを見ると、俺は暮れ行く空に視線を向けた。
(ノワール、どうかしたのかい?)
(……何でもないさ。俺が戦う意味が出来たって……守りたいものが出来たって思っただけだよ)
(カッコつけちゃって。ま、ノワールがそう思うならボクにとっての彼女達もそうなるんだけどね)
「お兄ちゃん、行こ! みんなを紹介するよ!」
ジェレネに手を引かれながら、俺達は孤児院へと再び歩き出した。
ルージュがわざと俺に肩をぶつけて来たのは、きっとシェイドとのやり取りを聞いていたからだろう。
せめて何か言ってくれたら良かったのに。
仕方ない。
顔が赤くなったのは夕焼けのせいにしておこう。
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