第11話 王都散策


目を覚まし魔力が回復したのを感じた俺は、早速リクエストした卵かけご飯を頂いた。

ルージュは食べた事が無いらしかったが、食べ方を教えると大層気に入った様で3杯を平らげた。


食事の後、イーグルに呼ばれ再びグラストン王と褒美について話すが、元々賞金で服を買う予定だった俺の頭には他に欲しい物は浮かばなかった。


「ノワールもルージュも我が国には来たばかりだろう? 旅を急ぐ理由が無ければ、しばらくこの国を拠点としたらどうだ?」


グラストン王の提案により、俺とルージュに長期滞在の許可証を発行して貰った。

その上、城下町の宿を宿泊費用は王宮負担で構わないと言ってくれた。

目的も無いので甘んじて受け入れた俺と、クロウの情報を集める為と言う理由でルージュも同じ宿を用意して貰い、今はその宿に到着した所だ。


(なかなか羽振りが良いじゃないか、グラストン王)


「あぁ。プランテラを倒した報酬はまた別の話だって事だし、俺達からすりゃ大助かりだ。なぁルージュ?」


「そうだけど……何かあったら断りにくくなっちゃったね」


「内容によるけどな。マナの異常発生の調査で同行を頼まれたら行くさ。気になるのも事実だからな。隣国と戦争だとか魔獣討伐だったらキッパリ断ってやったらいい」


「……ま、それもそっか。とりあえずノワールはこれからどうするの?」


そうだった。

これからどうするかはまだ何も決めていなかった。

強いて言うならば服を買いたい程度だ。


「ルージュは? 情報集めるんだろ? 俺は服を買いたいだけだから、散策するならついでに付き合うぜ?」


「うーん……そうね。まずはこの城下町を見て回りたいかな。シェイド様は?」


(ボクは楽しくなればなんでも良いよ。君達の行きたい場所へ行ったらいいさ。あとルージュ、君はボクが具現化してなくても声が聞こえている様だし、特別にボクをシェイドと呼んでいいよ)


「ふふっ……ありがとう。そうさせて貰うわ、シェイド」


この城下町に来て俺が最初に行ったのは中央広場で、そこから最短で西門方面の闘技場に向かった為、他の店には寄らなかったのだ。

情報を集めつつ街の様子を伺うのであれば、やはり中央広場に向かうのが一番だろう。

俺とルージュは中央広場に到着すると、看板にある数々の紙を眺めた。


「こっちは大陸地図で……こっちは城下町の地図だな。東門方面には貴族の住宅街か……」


「あ! ノワール、貴族街に行ってみたいんだけど、いいかな?」


「別に構わねーけど……何でまた貴族街なんだ? 知り合いでも居るのか?」


「ちょっとね。ノワールに会った日、直前まで護衛してた親子がグラストン王国の貴族だって言ってた気がしたの」


俺とルージュは貴族街に向かう。

道中ルージュから聞いた話によると、その貴族はネクロル家と言い、主人には会った事は無いらしいが、夫人のカーリャと息子のノーブルを護衛していたらしい。

ネクロル家と思わしき屋敷の前で呼び鈴を鳴らすと使用人が顔を出し、ルージュが事情を話すと屋敷へと通された。

客間で待っている様に使用人に言われて間もなく、扉を勢いよく開けた女性がルージュを見て涙を浮かべた。


「あぁ……騎士様……よくぞご無事で……こうしてまたお会い出来るまで、私は不安で仕方がありませんでした……」


「久しぶり、カーリャさん。あの後大丈夫だった? 銀翼とか言う盗賊は私とそこに居るノワールが倒したんだけど……魔獣とかさ」


「まぁ! 銀翼を捕らえたのは騎士様達だったのですか? 銀翼は隣国からも指名手配を受けていた盗賊団で……発見時は木に吊るされて衣類や持ち物を全て剥ぎ取られていたので、未知の魔物の仕業じゃないかと噂になっていましすわ。私達は見ての通り、怪我一つ無く無事に到着しましたわ。」


「そっか、無事で良かった。あぁそれと、銀翼を吊るしたのは私だけど追い剥ぎはノワールだから。それと……これからは私の事はルージュって、そう呼んで欲しいな」


「はい……ルージュ様。武闘会の様子は魔石の映像を見て拝見しておりました。ところで、この国にはしばらくいらっしゃるのですか? ノーブルもルージュ様を心配していたのですが、今日は主人と外出しておりまして……」


「そういえば姿が見えないと思ったら……また領地視察へ?」


「いえ、聖騎士団の訓練所です。……ルージュ様を見て何か思う所があったのでしょう。夫にせがんで、あれから毎日聖騎士団の方々と稽古をしています」


「そっか……じゃあノーブル君にもよろしく伝えて貰えるかな? 今日はまだ城下町を回りたくて……カーリャさん、情報屋とか知らないかな?」


「それでしたら、西門裏通りに冒険者が集まる飲食店があると聞いた事があります。確か名前は……【エヴァンズ】だったかと」


カーリャ夫人に礼と別れを告げ、俺達は西門方面へと向かい始めた。

エヴァンズという飲食店と夫人は言ったが、飲食店で情報が集まるのだろうか。

詳しく言わなかったルージュにも非があるが、欲しい情報の幅は広い。

この世界の事、この国の情勢、現在使用されている技術、そしてマナと精霊の認識等だ。



俺達が西門の裏通りへと入ると、それまでの喧騒とは違う種類の賑わいを感じた。

だが、それは決して心地の良い内容の賑わいではない。

それは至る所からこちらへ向けられた視線のせいだろう。


「私達、目立っちゃってるのかな」


「……多分だけど、武闘会の映像を見た奴らだろうな……ルージュは前回チャンピオンのリードバッハを、俺はこの街のギルドのシルバリオ、そのリーダーであるアスラを倒しちまった。その上突如現れたユニークモンスターをぶちのめしたんだ。興味を持つなって方が無理な話だろうぜ」


「はぁ……悪目立ちじゃなきゃいいけど……」


「気にしても仕方ねーよ。ここだろ? エヴァンズって。さっさと入ろうぜ」


エヴァンズと書かれた看板の下で溜息を吐くルージュの肩を叩き、扉を開けると鈴の音が鳴る。

室内に居た客達がこちらを向くと、それまで聞こえていた談笑の声が止んだ。

すると、見覚えのある小さな女の子がこちらに向かって来た。


「いらっしゃいませ! ようこそエヴァンズへ……あれ? ノワールのお兄ちゃん?」


「ん? お前……確かシスターレリアと一緒に居たジェレネか?」


「そう! 来てくれたんだ! とりあえず2人でいい?」


「おう。まずは……カウンターでいいや。案内して貰えるか?」


ジェレネの案内でカウンター席へと通され、席に着く。

厨房が見える席で、他の客達からと視線が合う事もない。


この国の住人からしたら俺とルージュはどちらも武闘会を決勝まで駆け上がった素性不明の旅人だ。

不要な接触は面倒だし、何か因縁をつけられて問題を起こしたくない。

とりあえずまずは食事だ。

隣のルージュがメニューを見ながら目を輝かせてしまっているから。


するとカウンター越しに女性が声を掛けてきた。


「ようこそエヴァンズへ。アタシは店主のロゼットだ。あんたらもしかして……灼紅騎士ルージュとイリュージョニスタ・ノワールかい?」


「しゃっ……こう?」


「イリュージョニスタぁ?」


「あぁ、武闘会を見た奴らが付けた二つ名さ。ルージュの灼紅ってのは、灼熱の炎を纏う紅の騎士、ノワールのイリュージョニスタってのは奇術師って意味だね」


ルージュはともかくとして、俺の奇術師と言うのはどうやらアスラとの戦闘でやった遊びの事だろう。

そっちで名前が広がる想定はしていなかったが、否定する理由もない。

それに奇術師という響きは嫌いじゃない。


「っと……そうだった。何か注文はあるかい? せっかく来たんだ、せっかく来たんだし何か食べていきなよ」


「じ、じゃあ私! このデラックスハンバーグプレートを! ライスは大盛りで!」


「……俺はタマゴサンドとコーヒーでいいや」


(ルージュって見た目よりがっつり食べるよね)


「し、仕方ないじゃない! 育ち盛りって事にしといてよ」


「別に俺は何も言ってねーだろ。とりあえず情報は飯の後で、だな」



食事を済ませるとルージュは満足そうな笑みを浮かべている。

メニューのデザート欄に目を通しているところで気が引けたが、本題に入らなければ。


とは言え、まずは何の情報から得るべきか。

通貨価値は把握出来ており、金銭面に関しては武闘会の賞金はルージュと半分ずつで手持ちは金貨15枚ずつ。

寝場所に関しては王宮持ちで、宿の近くにこのエヴァンズがあるとなれば食事にも困らない。


周りに居る客を見ると、外から入国した者や、この国からギルドを通して依頼を受けている様な冒険者が居るが、俺の中に一つ違和感があった。


「なぁロゼット、亜人族や魔族の姿が見えないんだが何か理由があるのか?」


「……ノワール、学校は出ていないのかい? そんなの決まってるよ。ここが人間国の首都グラストンだからさ」


「それは理由にはならなくねーか? 首都とはいえ港があるんだ。他人種の出入りもあるもんだろ?」


「……簡単に説明すると、他人種は国家間の移動は極めて稀なのさ。それが例え商人でもね」


どうやらこの世界においては種族間でそういうルールが決められているようだ。

更に深い部分まで聞き出したい所ではあるが、周囲の冒険者の目もある。

そういう奴らの前であまりこちらが一般的な情報を持っていない事を知られたくない。

前世で同じようなシチュエーションになり、世間知らずと知られた後に儲け話をチラつかせて来られた経験があるからだ。

その時はホイホイと乗り、魔獣討伐をさせられた。

しかも、報酬はこちらが三割という舐めた条件だった事を思い出してしまった。

今考えるだけでも腹が立つ。

どうしたものかと頭を悩ませてせいると、ルージュが別の質問を投げ掛けた。


「ロゼットさん、人探しをしたいのですが、そういう情報を持っている人に心当たりはありませんか?」


「人探し? ギルドに貼っときゃ見つかり次第教えて貰えるけど、それじゃダメなのかい?」


「……やっぱり大丈夫です。自分の足で情報を集めてみます」


「……ルージュにノワール、しばらく王都に居るなら夜にまたおいで。力になれるかは分からないけど、あんた達が欲しい情報を持ってそうな奴に心当たりがある」



ロゼットの言う心当たり。

どうやら俺とルージュは夜にエヴァンズで誰かを紹介されるのだろう。

それまでは情報はお預けとなりそうだ。

ならば城下町で服を買うというライトな情報を得て時間を潰すとしよう。


「ロゼット、服屋は無いか? このだっせえ服から着替えたいんだが……」


「あぁ、それなら近くに服を扱う大きな店があるよ。確か異世界から伝わった服もあると思うから、ノワールみたいな変わった服装に近い物もあるはずさ」


「いや、俺はこの国で目立ちたくねーから服を探してるんだ。変わった服なんか買わねーよ」


ロゼットが俺の学ランを見て特に何も言わなかったのは、どうやら転生者がこの世界に持ち込んだ服があるらしい。

それを何らかの方法でこちらの世界でも生産する事に成功したのだろう。

確かにこの国の住人もフード付きのパーカーやTシャツ、貴族街にも内にYシャツを着た者が見られた。


しかし、そういう服を着ている人間は圧倒的に少数だったのだ。

俺からすれば独特のセンスを持つ者だけが、何かを勘違いして着ている様にしか見えなかった。

裏を返せば、今俺が着ている学ランも他人から見ればそういう目でしか見えないのだろう。



すると、エヴァンズの入り口から鈴が鳴る音が聞こえた。

そこに居たのは、修道服に身を包んだ見覚えのある人物だった。


「こんにちわロゼット、ジェレネを迎えに来ました」


「やぁレリア。ジェレネは着替えてるからちょっとそこで待ってな」


シスターレリアがルージュを挟んでカウンターに座ろうとすると、こちらを向いて驚いた声を上げた。


「まぁ! ノワールさん? またお会い出来るなんて思いませんでしたわ」


「よぉシスターレリア。あれから何事も無さそうで良かったよ。さっきジェレネにも会ったし、前に助けた時にジェレネの勤め先の店主の名前がロゼットって聞いてたから、もしかしたら……って思ってたよ」


「……」


間に挟まれたルージュがこちらを横目に見ている。

紹介しなければややこしくなりそうな雰囲気だ。


「あー……ルージュ。この人はシスターレリア。王都を出た先にある孤児院のシスターでな。ルージュと別れた夜に魔獣に襲われてたのを助けたんだわ」


紹介されたレリアはルージュに向かってぺこりと会釈をするが、ルージュは依然黙ったままだ。

何かが琴線に触れてしまったらしい。


「レリア、こっちはルージュ。武闘会決勝で俺と戦った剣士だ」


「……私の説明それだけ? 他には?」


「……めっちゃ食う人」


それを聞いたルージュは再び機嫌を損ねたらしく、むくれてカウンターに突っ伏してしまった。

そしてその様子を見てクスクスと笑うシスター。


果たして俺が次に声を掛けるべきはルージュとシスター、どちらなのだろうか。

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