第10話 終末戦争


「500年前、終末戦争時代とでも呼ぼうか」


シェイドが語る俺が終わらせた世界の話。

そして俺が初めて転生してからの語られざる邪神の正体が今、明かされる。


「終末戦争の原因となった邪神は元々は人間だったんだ。彼はノワールと同じ様に死んだ後に転生してきた異邦人と、こちらの世界の人間との間に生まれたいわゆるハーフだった」


そう、俺達が邪神と呼ぶのは実際に邪神ではなく、自らを邪神と名乗る人間だった。


「彼はハーフとは言え世界的に見ても最高峰の魔法の使い手で、各国でも好待遇を受けていたんだ」


「ならば、何故その『彼』が邪神に……?」


イーグルの問いは当然のものだろう。

能力と実力を評価され、望めば望むものが手に入るならば。

だが彼の場合、そうはならなかった。

シェイドは続けた。


「好待遇……それは聞こえが良過ぎたね。いつだって人間は力ある者が居れば頼りたくなるものさ。そう思う事をボクは否定しない。彼はそれを良しとしたし、困っている人を助けるのが自分の役割だと考えていたんだ」


俺も終末戦争時代に転生したばかりの頃はそうだった。

しかし、その後俺は邪神と呼ばれた彼と同じ境遇に立たされる事になる。


「でも彼はある日、疲れちゃったんだ。少しだけ……ほんの少しだけ休みたいと、そう思っただけなんだ。とある国からのお願いという形で持ちかけられた魔獣討伐を断った。さて、そこの大臣。守れなかった命に後悔を重ねて心身共にボロボロだった彼に対して、その国の王はどうしたと思う?」


「……報酬の上乗せと、光魔法による治療でしょうか?」


「残念でした。……お願いという形で、と言ったよね? そもそも依頼じゃなかったんだよ。報酬すら無かったんだ。それに数々の戦いで傷付いた体には呪いも掛かっていた。だから光魔法が効きにくくて、治療は魔法に依らない方法に頼らざるを得なかったんだ」


大臣が口を紡ぎ目を逸らすと、イーグルから別の質問が投げ掛けられる。


「シェイド様、何故その彼は呪いを解かなかったのですか? 光魔法を使えるのであれば、呪いの解除魔法も存在するはずですが」


「……君達の知る呪いっていうのは闇魔法の一種なんだ。でも彼に掛けられた呪いは少し違ってて、禁呪魔法と呼ばれる人の道の上にあってはならない魔法なんだよ。でもその禁呪を使ったのは……他ならぬ彼自身だった」


「自分で……?」


「その呪いはね、1人で一国を制圧出来るほどの圧倒的な力を得る代わりに、自分の身体をマナが犯し続ける魔法なんだ。彼はハーフで純粋な転生者じゃない。だから普通の転生者よりも力をつけようとしたんだろうね……その力とは別に、彼は異能を持っていた。それは【心を通わせる】という能力で、相手の意識レベルの思考を読み取れた。それが例えば人間じゃなくても」


心を通わせる能力……クロスマインドと呼ばれた能力は人間だけでなく動物、果ては理性の飛んでいない魔獣ならば心さえも読み取れてしまう。

彼が望もうが望むまいが関係無しに見えてしまったらしい。

それがたとえ、聞きたくない言葉だとしても。


「お願いを断られた王は彼にこう言ったのさ。


『しかし、それでは誰が魔獣を討伐すると言うのですか?』


ってね。そして彼のクロスマインドはその言葉の裏にある王の本音も聞いてしまった。


(それでしか役に立てないハーフの半端者が)


(我が国の脅威を払わずして、役に立とうともしないなど……何が転生者だ)


それを聞いた彼は酷く悲しい気持ちになった。けれど、彼はそのお願いを受けた。彼の終わりへと向かう、人としての最後の戦いだとも知らずにね」



グラストン王、イーグル、大臣は神妙な顔付きで話を聞く。

隣でルージュの拳が強く握られるのを見た俺はルージュの拳に手を重ねた。


「ノワール……私、悔しいよ。人の為に……誰かの助けになりたくて得た力なのに……そんな扱い方されるなんて……これじゃあその人があまりにも報われないよ……」


瞳に浮かぶ涙を堪えるルージュの手を握ったまま、シェイドの話は続く。


「……魔獣を倒した彼は動かなくなってしまった。正確には動けなくなってしまったんだ。王から聞こえた声が、彼の心を折ってしまった。そして、彼は倒した魔獣から溢れたマナを浴びてしまったんだ。折れた心に濁ったマナキューブ。そこへ魔力に変換する力も残っていない状態で大量のマナを浴びたらどうなるか……」


先のプランテラ戦、元はただの危険度Aランク魔獣のギガントプラントがユニークモンスター化してしまった理由。

それは彼にこれから起こる現象と同じものだった。


「ユニークモンスター化……あれは魔獣に限った話じゃない。人間も変えてしまうんだ。彼の中で魔力変換出来なかったマナは彼のマナキューブを変質させ、彼を魔人に変えてしまった。更に魔人化して理性を無くした彼は世界中のマナを喰らって進化をした。その結果が邪神なんだ」


俺が邪神と戦う前にこの話をシェイドや他の大精霊から聞かされた時、俺は戸惑ってしまった。

俺にはクロスマインドの様な他人の心を読む能力は無かった。

しかし彼と同じ様に、自分が負わされているものに対して疑問を感じる場面も少なく無かった。

俺が同じ末路を辿らなかったのは、当時の仲間が居てくれたからだ。


「少し長くなっちゃったね。つまりボクが何を言いたいか、グラストン王は解るかい?」


「力ある者は力無き者を救うのが当然と考え、自分の弱さに甘んじて力ある者をないがしろにしてはならない……か?」


「そうだね。みんな勘違いしているんだ。転生者や力ある者だって傷つくと痛いし、心臓が止まると死ぬんだよ。だからグラストン王。いや、グラーフ=エスト=グラストン。ノワールとルージュを抱えようとするのは勝手だけど、その結果この2人が彼の様な悲しい結末になる様なら、ボクは闇の大精霊として、ノワールを契約者とする者として、人間を滅ぼすから」


「……なるほど。今シェイド殿が話した内容は確かにこの国の歴史には遺されていないものだった。……私とて若輩者ながら一国を預かる王だ。ノワール、ルージュ両名に限らず、力を持つ者を駒として扱わない事をここに誓おう。大臣もイーグレットもよいな?」


グラストン王が大臣とイーグルに目配せをすると、2人は黙ったまま頷く。

俺とルージュは安堵した様に息をつくと、部屋に張り詰めた空気が解けていった。


「じゃあボクはこの辺で。厳しい事を言ったけど、ノワールがやると言ったならボクも協力するから、何かあったらノワールに言ってね」


「シェイド殿、差し支え無ければその『彼』の名を教えてくれないか? 外には漏らさないが、私の心に刻んでおきたいのだ」


「……そうだね。ボクの知る限り、最も優しい力を持ちながら最も悲しい終わりを迎えてしまった彼の名前は……ダイナ。ダイナ=レヴァイドだよ」


「レヴァイドだと?」


「レヴァイド!?」


その名を明かすとグラストン王とルージュが同時に反応する。

しかしルージュが何故、その名に反応したのが理解出来なかった俺は彼女に問いかける。


「ルージュ、どうした?」


「……私が旅をしている理由、まだ話してなかったね。1つは居場所を求めて。もう1つは人探しなの」


「それがレヴァイドの名を持つ人なのか?」


「ええ……私が探しているのは、クロウ=レヴァイド。この剣、フランベルジュと炎の使い方を教えてくれた先生みたいな……お父さんみたいな人なの」


それを聞くとグラストン王が何かを考えた後、ルージュに視線を向けると口を開く。


「ルージュよ、クロウ=レヴァイドだが……つい一月程前にこの国にも訪れた」


「えっ!?」


「だが……お父さんと呼ぶにはクロウ=レヴァイドは若過ぎる気がする。見た目の年齢はルージュとさほど離れていない様に思えたが」


「そんな……クロウは確かもう齢60に近いはずだけど……」


「我が国に訪れたクロウは私に謁見を求めた。そしてクロウ=レヴァイドが私に話したのはマナの異常発生に関する警告だった」


グラストン王の話では、そのクロウはグラストン王国の北西部にある森林地帯にて異常な量のマナを感じたと言う。

それに対しグラストン王が下した判断は、イーグルが率いる聖騎士団による調査だった。


調査結果としては、確かに通常よりも濃いマナが満ちてはいるものの、生態系を崩す程の影響は無いと判断したイーグルは、そこに生息するギガントプラントを2体捕獲した。

捕獲した1体は息の根を止め、王国のマナ研究所にて解剖した結果、さほど大きな変化は見られなかった。

その為、もう1体を武闘会用として生かしておいたらしい。


それを聞いたシェイドが大陸周辺のマナを調べてみたが、どうやら結果は変わらないらしい。


「……ボクから見てもそんな異常なマナは感じないや。少なくとも今はね」


そう言うとシェイドが指輪に姿を隠す。

目が覚めた時にシェイドから聞いたこの世界の話。

魔獣が未だに存在している理由として俺の頭をよぎったのは、世界にマナが安定した形で供給されていないという事だった。

その考えは当たっていたらしい。


しかもクロウ=レヴァイドという人物はそれに気付き、警告をしに来たのだ。

その人物に興味が湧いたが、どうやら限界みたいだ。


「グラストン王、悪いが今日はここまでにしてくれねーかな? シェイドの具現化で魔力を使い過ぎて今にも倒れちまいそうなんだわ……」


「おお……すまんな、ノワール。プランテラを倒したのは武闘会のものとは別として、褒美を与えようと考えている。ルージュにもだ。今日は客室で休み、明日その話をしようではないか」


「そうか……じゃ、ちょっと寝かせて貰うぜ……」


王に背を向け、歩き始めると体に力が入らない。

膝が折れ体勢を崩した時、ルージュが支えてくれた。


「まったく……頼れるけど、世話がやけるんだから……」


「悪いな……そうだ、もう一つ聞き忘れてた……」


俺はルージュに肩を貸して貰いながら振り返ると、グラストン王が何事かとこちらを見る。


「グラストン王、最後に確認したい事がある」


「何だ? 終末戦争やクロウの話は漏らさないぞ?」


「違げーよ。グラストン王、あんたの好きな食べ物は何だ?」


大臣とイーグルは顔を合わせ、首を傾げる。

ルージュもグラストン王も同様だ。


「……ノワール、お前もこの事は外部に漏らすなよ? ……鶏の卵をライスにかけて混ぜるとな、堪らなく美味くなる。城下町で卵かけご飯と呼ばれるものだ」


「ハッ! そりゃ言えねーわな。一国の王がそんな庶民の代表的なお手軽飯を好きだなんてよ! ははははっ!」


「う……うるさい! それが何だと言うのだ!」


「悪い悪い……とりあえずはあんたを信用するよ、グラストン王。明日の朝飯には卵かけご飯を用意しといてくれ。俺とルージュの2人分な」


気が合うかどうか。

それだけで他意は全く無かった。

しかし俺の予想を良い意味で裏切られてしまった。

だが、庶民の食事を好きだと恥ずかしげに言った若き王は、これまで見てきたどの国の王よりも好感を持てる。


グラストン王がニヤリと笑うと俺もまた、王に向かい笑い掛ける。

ルージュに支えられながら俺は再び客室に戻り、ベッドに横になると直ぐに意識が遠のいた。

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