第9話 グラストン王


目を開けると、最初に視界に入ったのは見覚えの無い天井だった。

まだ頭が働いていないのか、混濁する意識の中でまず考えたのはルージュの事だった。


ルージュから感じたイフリートのマナは確かに微々たるものだったが、あれだけの魔力を持ち、更には精霊のマナとシンクロして間もなく、バーストを初使用にも関わらず使いこなせていた。

彼女のこれまでの18年の人生に一体何が起きて、どういう経緯で女性の一人旅をする事になったのだろうか。


そんな事をぼんやりと考えていると、段々と思考に掛かっていた霧が晴れて行き、目を開ける前の最後の光景を思い出した。

しかし各部位の感覚はあるものの、腹部と腕からの激痛により起き上がろうとした俺の体は再びベッドに沈んでしまった。


(気分はどうだい? ノワール)


「身体中をハンマーでぶん殴られているみたいだ……シェイド、あれからどうなった?」


(まずノワールはあの日から3日間寝たままだった。今日は4日目の昼過ぎだね)


「腹が減ってる訳だ……ユニークモンスターは?」


(ルージュがきっちりトドメを刺したよ。その後イーグルが倒れた君とルージュを病院まで運んでくれたんだ)


「ルージュが倒れた? 原因は?」


(外傷は大した事無いんだけどバーストを使ったからね。マナの使い過ぎで気絶しただけだし心配は要らないよ)


「そうか……ルージュはどこにいる?」


(天井を向いてちゃ見えないよね。頑張って起きたら見えるよ)


シェイドに言われるがまま、悲鳴を上げる体の痛みに耐えながら体を起こすと俺の横に座っていたルージュがベッドに伏して安らかな寝息を立てていた。


開いた窓からそよ風が吹くと、カーテンを揺らした後にルージュの髪の端も小さく揺らす。

その無防備な彼女の寝顔を見る限り、どうやら残る様な傷も見当たらない。

白銀の髪に無意識に手を伸ばした時、ハッと我に返りその手を戻した。


(撫でてあげても良いんじゃない? ルージュは君が心配で、昨日の晩に起きてからずっとこうして隣に居たんだからさ)


「……ルージュには起きても言うなよ」


(それは約束出来ないなぁ)


再びルージュの髪に手を伸ばし、触れようかとした瞬間に扉がノックされた。

俺が慌てて手を戻すと扉の先からイーグルが顔を覗かせる。


「起きていたのか。具合はどうだ?」


「……最低最悪な気分だよ」


「ノワール、動ける様であればルージュと共に来て欲しい。まだ難しいのであれば具合を見て動ける様になってからで構わない」


「跳んだり走ったりしねーなら大丈夫だ。ただ、歩くのが遅いのだけは勘弁してくれ。で、どこに連れて行くつもりだ?」


「……グラストン王がお前達と話したいと仰せだ」


「は?」


余りの急展開に思わず声が大きくなってしまった。

そのせいかルージュが小さく唸りながら動き出すと、ベッドに付いた涎が薄く糸を引いている。


「イーグル、悪いけど顔だけ洗わせてくれ。俺もルージュも」


「そうだな……では1時間後、また迎えに来る」



目を覚ましたルージュからの怒涛の勢いで心配の言葉を浴びせられたが、ただ動くのがダルいと伝えると安心した様で平静を取り戻した。


顔を洗い頭と目が冴えていくと、改めてこれからこの国の王と対面すると言う事実に困惑した。

武闘会の客席、VIP席と思わしき所からこちらを覗いていたのが間違いなくグラストン王だろう。

呼び出しを受ける理由として心当たりがあるとすれば、ユニークモンスター討伐の褒美だと嬉しいのだが、それは恐らく理由の半分だろう。

もう半分が俺の想像通りだとしたら厄介だ。


俺だけならまだしも、成り行きでルージュを巻き込んでしまった形になってしまったのが悔やまれる。

相手の出方によっては俺は国から追われる事態も想定しておかなければ。



イーグルが迎えに来たので、俺とルージュは謁見の間に案内された。

イーグルの後に続き室内に入ると赤い絨毯横に並ぶ兵士達がこちらに視線を送る。

そして正面に腰掛ける王と、その少し前に立つ大臣。

イーグルが片膝をつき、右手を胸に添えて頭を垂れる。


「陛下、武闘会にて変質した魔獣を討伐したノワールとルージュをお連れしました。彼らはまだ傷が癒えておりませんので、跪けない無礼をご容赦頂きたく存じます」


「うむ、仕方の無い事だ。イーグレットは下がれ」


イーグルが立ち上がりこちらに寄ってきた王の後方に控えるとグラストン王は俺とルージュの目を見つめる。


目の前に立っている男は王の称号に似つかわしくないと思えるほど若く、イーグルの方が年上と言われても疑わないだろう。

しかし中央で分けられた金髪は獅子のたてがみを彷彿とさせ、同じ金色の瞳の奥には自信や野心、誇りなどを宿した強い意志を感じた。

たった数歩だったが、彼が若くして王と呼ばれるに相応しい威風堂々とした歩みだった。


その間、一言も発せずに静寂と緊張感が高まっているのを感じたのは恐らく周りに居る兵士とイーグルの視線のせいだろう。

まるで余計な事をするなよ、と言わんばかりのイーグルの視線に従っていた俺だが、状況が変わった。


「おい、痛い目を見たくなけりゃやめとけ」


俺の言葉にその場に居た全員が硬直する。

最初に口を開いたのは大臣だった。


「貴様! 王に向かって何と無礼な!」


「違う。俺が言ったのはグラストン王にじゃねえ。そこの柱に隠れてるお前だよ」


並ぶ兵士の隙間から見える先にある柱。

その奥から感じた魔力は俺を調べる為のものだろうが、そう安易に自分の中を覗かせる程俺はお人好しでもない。


「警告はしたぜ。続けるなら腹を括ってから続けな」


するとその直ぐ後、柱の奥から断末魔にも似た男の叫び声が静まっている部屋に響く。


(シェイド、何をした?)


(せっかくノワールが親切で警告をしたのに、それを無視してボク達を覗こうとしたんだよ? そりゃあキツめの悪夢を見せる位はするさ)


「……死んではいねーはずだが、男に覗き見られて喜ぶ趣味は無え。説明して貰えるんだろうな?」


俺はそう言うとグラストン王を睨みつけ、敵対心を敢えて剥き出しにする。

当然だが、武器は抜かずにシェイドとのやりとりを聞いていたルージュにも静止を掛けた。

武器をこちらに向け、臨戦態勢を取る兵士達を止めたのはグラストン王だった。


「ふむ……ノワールと言ったか。今お前は何をした?」


「言ったまんまだ。勝手に俺の情報を覗こうとしやがった上に、忠告を聞かなかった馬鹿におしおきしただけだよ。もっとも、やったのは俺じゃねーけどな」


「お前じゃなければ誰がやったと言うのだ?」


「……それを答える前に、呼び出した理由を聞かせてくれ。場合によってはここに居る全員に同じ目にあってもらう」


それを聞いた若き王は周りの人間には見えない程度の小さな笑みを浮かべ、玉座に戻ると深く腰掛ける。

兵士達の武器を収めさせると、再びグラストン王が話し始めた。


「まず自己紹介をしようか。私はグラーフ=エスト=グラストン。見ての通りこの国の王だ。先日の武闘会も会場で見ていてな。ノワールとルージュ、お前達を呼んだのは変質した魔獣についてと、お前達の力について聞きたい」


「……休ませてくれた恩はあるが、全部答えられるかは質問内容による。それと悪いが形式張った話し方は得意じゃねーんだ」


「構わん。イーグレットよ、お前から彼らに質問を」


「はっ」


イーグルが前に出ると恨めしそうにこちらを凝視しているのがわかる。

言わんとしている事は理解している。

だが平伏してはならない理由がこちらにもある。


「ではノワール。お前がユニークモンスターと言った魔獣だが、我が国ではプランテラと名付けた。ノワールはプランテラや他の変質型魔獣との交戦経験があるのか?」


「あると言えばある。だがこの世界じゃない。俺は転生してこの世界に来た。今日でだいたい7日って所か」


転生者の存在はどうやらこの世界でも確認されているらしい。

この世界になって500年間で複数の存在が確認されており、世界の発展に貢献している様だ。

街中で見掛けた設備や文字、日付け、服装等が500年前と違っていたのは俺が長い眠りについている間に転生した人間が持ち込んだ知識によるものだろう。


イーグルは顎に手を当て納得した様子で頷くと、次いでルージュに視線を移し、問い掛けた。


「やはりな……ルージュも転生者か?」


「いえ、私は違う……と思う。幼少の頃の記憶が余り思い出せないんだけど、私は転生者の様な異能は持ち合わせていないから」


「……プランテラとの戦闘で見せた炎の魔剣とその剣技、とてもじゃないが一般的とは言えないが、それに関しては?」


ルージュは俯き黙り込む。

正直な所、気になっていた部分だが助け舟をだすべきか静観して情報を引き出すべきか悩んでしまう。

すると、それまで鑑賞していなかったシェイドが語り掛けてきた。


(ノワール、完治してない所で悪いんだけど、ちょっと契約の指輪を前に出してくれるかい?)


(何をする気だ?)


(具現化を試してみたいんだ)


(……お手柔らかに頼む。具現化はなかなか魔力消費が激しいから、俺がぶっ倒れない程度のサイズでな)



「あー……イーグル、グラストン王。ルージュの話の途中で悪いがちょっと話したいヤツが居るそうだ」


「何?」


俺は右手を前に出すと契約の指輪に魔力を通す。

イーグルが警戒をするが、俺が目を合わせて大丈夫だと伝えると王の前に立つ。

指輪から黒いマナが発せられ形を成していくと、それは俺の知るものと少し異なるシェイドになった。


「やぁ、人間達。ボクはシェイド。ノワールと契約を交わした闇の大精霊さ」


シェイドが姿を現すとグラストン王やイーグルをはじめとした部屋に居る全ての人間が戸惑いを見せる。

人と呼ぶには小さ過ぎる体は妖精族を連想させる。

特徴的なのは、妖精族の輝くガラスの様な羽とは違う、蝙蝠の翼を背中に生やしていた。

グラストン王は立ち上がり、シェイドに向けて話し掛けた。


「なんと! 大精霊が何故、人間と共に!?」


「それはまた今度ね。まずは人間達にボクから言っておかなきゃいけない事がある。さっきボクらを覗いた彼みたいになりたくなければ、よく聞いてね」


「うむ……混み入った話になりそうだな。これより先は私とイーグレット、大臣のみで話を聞こう。皆は下がれ」


グラストン王の命令により、俺達を囲む様に配置されていた兵士達が退出すると再びシェイドが話を続け出す。


「人間の王にしては気が利くじゃないか。助かるよ」


「大精霊がその姿を現すのは500年の歴史でもそうある事ではない。何かあった際には我が国の兵士には責任を負わせられないだけだ」


「ふーん……ただの成り上がりの王様じゃなさそうだね。まぁいいや。本題に入るんだけど、これは前世……500年前に関わる話だから他言無用、いいね?」


「約束しよう」


「……500年前、ノワールは邪神と戦う勇者のパーティの1人だったんだ。その時は全ての大精霊がノワールと契約をしていた。もっとも、今はボクしか契約はしていない。ボクはその頃からの付き合いでね」


勇者とは言わずに濁したのは俺を気遣っての事だろう。

元とは言え勇者だったとしたら世界中に名が知れ渡り、俺はまた使命を負わされるハメになるのは火を見るよりも明らかだ。


俺とシェイドが降り立った今の世界と、そこに生きる者が知り得ない500年前の世界。

終末が紐解かれていく。

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