第8話 ユニークモンスター
「ノワール、やっぱり強いんだね」
アスラとの戦闘が終わり、控室に戻った俺をルージュが迎えた。
「まぁな。アスラには後で詫びを入れに行かなきゃな……」
「そうだね。次は私の番だから、ちゃんと見ててね?」
(ルージュ、爆剣炎舞なんだけどさ……)
「あ! ごめんなさいシェイド様。もう始まっちゃうみたいだから行くね」
場内からイーグルのアナウンスにより、ルージュと対戦相手のリードバッハに召集が掛かる。
それを聞くや否や、ルージュは機嫌が良さそうにこちらに手を振りながら会場に行ってしまった。
(行っちゃった……)
「どうした? シェイド」
(ノワール、爆剣炎舞を初めて君が使った時のアドバイスしてないでしょ?)
「あ……しまった……」
俺とシェイドのうっかり伝達ミスを知らずにルージュは闘技場に立つ。
相手のリードバッハという男は拳にバンテージを巻いている事から、恐らく接近戦主体のインファイターだろう。
その巨体に備わった分厚い胸板や盛り上がった各部筋肉がリードバッハの頑強さを主張している。
対してルージュはリードバッハの胸あたりまでの身長と細身に加えてあの童顔である。
観客からは応援や不安そうな声が上がるが、ルージュの今の力ならその心配は無いだろう。
「シェイドならどう見る?」
(んー……フランベルジュとシンクロする前なら8割だったけど、今なら9分9厘ルージュが勝つだろうね)
「……ルージュはフランベルジュをどこで手に入れたんだろうな。イフリートに会った訳じゃなさそうだし」
(そこなんだよね。フランベルジュを持ってるって事は少なからずイフリートと会ったか、会った知り合いが居ないと。でも剣に炎を宿せるからルージュがイフリートのマナを持っている事は間違いない)
「聞くに聞きにくいな……過去に何かあった様な素振りだし」
(いいんじゃない? そういう事もあるって事でさ。ボク達が知っている世界じゃないんだから)
試合開始の合図が鳴ると、ルージュはフランベルジュに炎を纏わせた。
紅に染まる彼女の髪と剣に観客は驚き歓声を上げる。
リードバッハが走り出すとルージュもリードバッハに向けて走り出した。
炎を更に強めた剣を振るとリードバッハは後方に飛び回避するが、フランベルジュから出た炎が彼に襲い掛かる。
「なぁシェイド」
(多分考えてる事は同じだね)
「……マズいな。フランベルジュとシンクロ率が高い。あれで爆剣炎舞なんか使ったらリードバッハが消し炭になるぞ」
(見て! ノワール!)
シェイドに言われて目を向けると、見間違いかも知れないがルージュと目が合った気がした。
そして次の瞬間、彼女が仕掛けた。
「爆剣炎舞!」
リードバッハの拳を交わし様にフランベルジュの炎を纏った斬撃を叩き込むのをきっかけに、ルージュは剣と一体になったかの様な動きでリードバッハをリズミカルに斬りつける。
筋肉からは血と汗が飛び散るが、リードバッハは倒れずにカウンターの拳を向けるが、ルージュの炎がそれを阻んでいる。
素早い斬撃の連続は更に回数を重ね、15連撃を目前にリードバッハは膝を折って前のめりに倒れ、それを確認したイーグルが試合終了を宣言した。
(あーらら。おわっちゃったね)
「斬撃よりも炎の熱によるダウンだろうな。死んでなくて良かったわ」
観客にペコリと一礼をするとルージュは満面の笑みで控え室に戻って来た。
歓声から聞こえるルージュの名を呼ぶ声が男の野太いものばかりなのは気付いてなさそうだ。
「ノワール、見てくれた?」
「お……おう。強かったなぁ……なぁシェイド?」
(ボクに振るの? 確かに強かったけどね)
「ありがとう! それで……爆剣炎舞はどうだった?」
「あー……それなんだが……」
バツが悪く、目をそらしてしまった俺の様子にルージュは眉をひそめ、首を傾げている。
「悪い、忘れてたわ。爆剣炎舞ってのはただ炎を纏わせた剣で連撃を叩き込むだけじゃねーんだ。大事なのは【爆剣】の部分のイメージでな」
「なによそれ! 私ってば何にも知らないまま……バカみたいにはしゃいじゃったじゃない! じゃあさっき私やったのは何なの?」
「さっきのはそうだな……炎舞か、ソードダンスって感じだな。爆剣の部分は決勝戦で教えてやるよ」
「今じゃダメなの?」
「始まるまで魔力を回復させといた方がいいぞ? 爆剣炎舞はさっきルージュが使った炎舞よりも魔力消費が激しいからな」
「もう……わかったわ。私は違う控え室からみたいだし、そっちに行くわ。じゃあね」
ルージュが扉から出て行くのを見送ると俺は刀を抜いて魔力を流し込む。
【妖刀 宵燕】が纏った闇の魔力が風もない部屋の中で揺らめく。
「なぁシェイド、何か感じねーか?」
(うん……この世界の法則なのか他の理由なのかはまだ何とも言えないけど、魔力が流れ出ちゃってるね)
「……なんか嫌な予感がするな」
(ノワールの予感は当たるからね。君も準備はしといた方がいいかもね)
目を閉じて深く呼吸をするとマナの流れを感じながら感覚を研ぎ澄ませる。
流れ出た魔力の行き先はどうやら闘技場正面の檻の先。
暗闇に閉ざされた部屋から鳴る低い唸り声と蠢くそれの胎動は俺にはまだ届かなかった。
「これより、今年の武闘会の決勝戦を行う! 数多くの強者達の頂点に挑む2人の入場だ!」
イーグルが高らかに宣言すると観客は沸き立ち、控え室が震える程の歓声が上がる。
「東! 灼熱の炎を纏いし女魔剣士……ルージュ=フランベルジュ!」
ルージュが入場したのだろう。
野太い男達の声援が彼女の名を叫ぶのが聞こえる。
目の前にある扉が重い音を響かせながら開いていくと、暗い通路に闘技場を照らす太陽の光が差し込む。
「西! 流浪の黒き魔剣士……ノワール!」
名を呼ばれた俺はポケットに両手を突っ込んだまま闘技場に出た。
目の前には自信のある表情を浮かべたルージュが腕を組み俺を待つ。
ルージュの前で立ち止まるとイーグルが続けて話し始めた。
「両者、己が全てを賭して正々堂々と戦え。そして勝者には更なる試練への挑戦権が与えられる。だが、これは辞退しても構わん。この戦いに勝った者が余力を残している事はそうそう無いだろうからな」
「よぉイーグル。更なる挑戦権って何の事だ?」
「命知らずの宴……国が指定した危険度のAランク魔獣と戦って貰うのだが、これに勝てば賞金が倍になる。しかし相手は人間ではない。加減を知らない魔獣が相手だから命の保障が出来ない」
「なるほどな……エキシビジョンマッチって訳だな。とりあえずルージュを倒してから考えるわ」
「……これでも私だって結構な数の戦闘を経験してきたつもりよ。簡単に倒せるだなんて思わないでね?」
イーグルが離れ、俺とルージュは開始位置に着くと武器を構える。
宵燕に魔力を通すと闇のマナを帯びた刀身を返し、剣先をルージュに向ける。
ルージュもまたフランベルジュに炎を纏わせると白銀の髪を紅に染め、構えた前足に重視を置く。
あくまで相手と切り結ぶつもりだと言わんばかりの姿勢と揺らめく炎が初めてルージュと会った山道を思い出させる。
あの時と違うとすれば、彼女はこんなにも楽しそうな表情を浮かべている。
「始めッ!」
イーグルの合図と共にルージュが一直線に俺に向かって走り出す。
ルージュが先制するのを読んでいた俺は彼女の一太刀を受けると鍔迫り合いとなった。
「ハッ! やる気満々じゃねーか!」
「当たり前でしょ! ノワール相手に手加減なんてしてる余裕は無さそうだし、 それに……フランベルジュとシンクロしてから力が漲って仕方ないの!」
フランベルジュを弾くと俺とルージュは後方へ飛び、再び距離を開ける。
この攻防だけで観客は更なる興奮に包まれた様だ。
立ち上がり声を上げて叫ぶ観客のボルテージは周囲にも伝播し、俺達を囲む様にして階上に配置された客席からは足踏みがまるで地響きの様に闘技場を揺らす。
「さてルージュ、爆剣のレクチャーの時間だ。イフリートのマナは火を起こし、燃やすだけじゃねえ。他にも普通の炎とは違う特性がある。何だと思う?」
「えーと……フランベルジュに纏う事によって火力を増す?」
「それもそうだが半分正解って所だな。イフリートの炎のマナはフランベルジュで纏うと爆ぜるんだ」
「爆ぜる……? 爆発するって事?」
「そうだ。イフリートの魔力を纏ったフランベルジュの炎は弾ける。意識しなきゃ発動しねーけどな」
「ふーん…….じゃあ、試させて貰うわ!」
再び飛び掛かって来たルージュの横薙ぎを避けると、剣撃の後に付いてきた炎の一部がフランベルジュを離れて俺の手前で揺らめく。
「爆剣!」
ルージュの声に呼応し、前にあった小さな火の粉が弾けて俺に襲い掛かる。
宵燕に纏った闇の魔力を前方に展開して防御すると、俺は更に魔力で飛矢を形成してルージュに放った。
「シャドウアロー!」
ルージュは右手を突き出し炎の壁を作ると、俺の闇の矢が阻まれた。
先ほどよりも大きな歓声が上がると、俺とルージュは不敵に笑いあい、次なる攻防に向けて構えた。
一瞬、俺の視界右手上階に、冠を被りマントを靡かせた若い男がこちらを見下ろすのが見えた。
その瞬間、その下の檻の奥から雄叫びの様な低い唸り声が響いた。
グオオオオオオオオオ!!
その声の主が檻を激しく叩きつける音で観客は静まり返ると、俺とルージュ、イーグルさえも何が起きたのかとその方向を見る。
そして轟音と共にその魔獣は闘技場へと姿を現した。
俺の倍以上の高さとその数倍の巨体、そして体から伸びる4本触手が獲物を探してうねり始めた。
すると端で試合を見ていたイーグルが走り、俺とルージュの横に立ち槍を構える。
「おいイーグル! 何なんだあいつは!」
「わからん! 命知らずの宴用に捕獲した魔獣だが……予め用意したAランクのギガントプラントでは無い! 別の生物だ!」
(ノワール、ルージュ! こいつは多分ユニークモンスター化してる! 体内でマナが混じり合って変質したんだよ!)
シェイドの言った通り、目を凝らしてマナの流れを見ると周囲のマナが吸収され、内側から混じり合った禍禍しいマナを感じる。
横に目を向けるとルージュのフランベルジュから炎のマナが魔獣に向けて流れ込んでしまっている。
「チィッ! しかもこいつ【ドレイン】持ちじゃねーか! イーグル、お前は水の防御壁の外側から防御魔法に全力を注げ! このままの防御じゃ突破されちまう!」
「しかし!」
「黙って聞け! こいつはユニークモンスター。複数のマナを大量に浴びて突然変異した魔獣だ。しかもこいつにはドレインって言う周囲の魔力を吸収しちまう特性があるんだよ!」
「そんなの……どうやって戦えって言うのよ!」
「ルージュ、イーグル、よく聞け。ユニークモンスターには他の魔獣と違って【核】となるマナの塊がある。こいつの場合はドレインで吸収したマナの集まる場所がそうだ。だがちまちま削ってもドレインで回復されちまう。つまり……」
「高火力で一気に核を叩けば良いと言う訳か……ならば尚更俺も加勢するべきではないのか?」
「最後まで聞けっつーの! 俺とルージュは大精霊のマナが使える。だが俺らはまだ加減が上手く出来ねー可能性が高い。イーグルの防御は俺らの攻撃を外に漏らさない為でもある」
「なるほど……私は魔力を全部フランベルジュに注いでその核を破壊すれば良いのね」
「そういう事だ。失敗した場合はこの国にあるありったけの戦力で倒して貰うしか無い。だから中継魔石はそのまま動かしたまま、外部に戦況を見せつつ万が一に備えて戦力を整えさせてくれ」
「しかしノワール、ドレインで吸収されてしまうのであれば君達の力も半減してしまうのではないか?」
「安心しろ。ドレインの対象は一番強い魔力だけだ……俺が本気になれば、こいつのターゲットはルージュじゃなくて俺に向かうはずだ。だからルージュ、ケリはお前がつけてくれ」
「ノワール……うん、任せて! 必ず仕留めてみせる!」
魔獣の触手が俺達に向けられ、イーグルは水の防御壁の外へ出て更に防御壁に強く魔力を込めた。
触手を回避した俺とルージュは左右へと別れ、雄叫びを上げ再び触手を振り回す魔獣の攻撃を躱しながら魔力を高める。
「ルージュ! 今から教える技は燃費が悪い! 発動したら一気に近づいて爆剣炎舞で触手を斬り払って飛び込め!」
「了解! それで技って何?」
「フランベルジュの炎のマナとルージュの魔力を融合して、全身に纏わせるイメージで【バースト】と叫べ!」
「その後は!?」
「【猛き焔】だ! 魔石を砕いてルージュのマナキューブに継承した……俺がフランベルジュで使ってた奥義!」
「オッケー! ノワールはどうするの?」
「安心しろ、ルージュの動きに合わせてやるからお前はそのまま攻撃に集中して大丈夫だ! シェイド!」
(こっちはいつでも!)
「よくわかんないけど……行くよ! ノワール!」
「バースト!」
「バースト!」
2人が声を合わせてバーストを発動すると、武器に纏った魔力と体内の魔力が融合し、2人の周囲に膨大な魔力を放ち始めた。
ルージュが走り出すと魔獣を挟んだ対面の俺も走り出し、闇の魔力を全身に巡らせる。
「爆剣炎舞!」
「連撃の型 十六夜(イザヨイ)!」
俺はルージュの爆剣炎舞に合わせて反対側の触手を刻みながら突撃し、本体へと16連撃を繰り出す。
しかしドレインの影響を受け、バーストで更に魔力を消費した俺は5連撃目にして魔獣の鋼の様な身に刃を弾かれてしまった。
その隙を突いて復活した魔獣の触手が俺の腹部を打ちつけ、俺は壁まで吹き飛ばされてしまった。
「ノワール! ちっくしょおおおおお!」
ルージュが雄叫びを上げると、フランベルジュが更なる炎を灯し、その炎が魔獣に触れた瞬間に激しい爆発を巻き起こす。
魔獣が出てきた時に破壊された扉は爆発の衝撃で吹き飛び、イーグルの展開する水の防御壁へぶつかると、折れ曲がり地に落ちた。
剣による連撃に加え、爆発をまともに浴びた魔獣は動きが鈍り始めた。
そして再生を始めようかと言う時、体内の核となるマナの塊が顔を覗かせた。
「今だルージュ! そいつを叩き割れ!」
「はあああああああ! タケキ……ホムラァァ!」
マナキューブに継承されたフランベルジュの技の記憶がルージュに流れ込んだ様に、かつての俺の動きが再現されていく。
上段からの振り下ろしから繋ぐ切り上げ。
その剣先から舞った炎が魔獣に着火すると同時に広範囲の爆発を引き起こす。
爆発によって宙に浮かんだ魔獣に向けてルージュは右手を突き出すと、掌から出した3つの炎の塊がフランベルジュの剣の形へと変わる。
魔獣の本能なのか直感なのかは不明だが、その危険性を察知した魔獣は再生した4本の触手をルージュに向けて振り下ろす。
「やらせるかよバカが!」
俺は残った魔力を足に集中し、体を打ち付けた壁を蹴ると一直線に魔獣へ向かって飛ぶ。
体の中で骨が軋む音が聞こえる。
触手を受けた際にあばら骨を数本持っていかれていた様だ。
全身をハンマーで叩かれているような激痛が重く突き刺さる。
視界も白んで来てしまっている。
バーストと連撃での魔力消費が激しいからだろう。
この一撃で恐らく、俺は立てなくなってしまう。
だからこそ、ルージュの猛き焔を完全な形でブチ込ませなければ。
「アスラ! お前の技を借りるぜ……斬風狼牙 改! 【シャドウファング】!」
体を捻り回転を加えながら足から腕へと最後の闇の魔力を移動させる。
宵燕を構え爆風を突き抜けると、その先にある魔獣の触手の全てを斬り落としながら宵燕の斬撃と闇の魔力によって形を成した爪が魔獣の外皮を斬り裂く。
切り裂いた外皮から、魔獣の中で禍々しい渦を描く核が剥き出しになる。
斬撃を浴びせた俺は、魔獣の後方の地面にその勢いのまま叩きつけられると痛みと魔力切れによって指先さえも動かせなくなってしまった。
俺の攻撃によって唸りを上げ、魔獣の動きが止まった。
その瞬間、ルージュの猛き焔の最終攻撃が発動した。
「これで……終わりだぁぁぁぁ!」
3本の炎のマナによる剣が宙に浮かんだ魔獣を串刺しにし、更にその上空からルージュ渾身の一太刀が魔獣の核を真っ二つにすると、炎のマナによって形成された三本の剣が大爆発を起こした。
魔獣が断末魔を上げ、その巨体が塵へと変わって行く。
その光景を眺めながら俺の意識は途絶えた。
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