第7話 武闘会、開幕
「まぁこんな感じだな」
(君のセンスはノワールよりあるからすぐに上達するさ)
イフリートの炎のマナとシンクロした彼女に魔力制御の訓練を教えたのは良いが、潜在的な魔力が高いのかセンスの違いなのか、彼女は巧みに炎の形状を操ってみせた。
「あぁそれと……シェイド、クリアノートにあった【継承】ってさ、魔石があれば出来るんだよな?」
(そうだね。ノワールが魔石に継承したいものを魔力として注げば出来るはずだよ)
「そしたらねーちゃんにせっかくだから1つプレゼントしとくか」
俺は魔石を取り出して握る。
そしてかつて俺がフランベルジュで使っていた技の記憶を込めた。
ガラス模様の魔石は赤く炎の属性色に変化し、魔力を帯びた。
「ねーちゃん、この魔石を砕いてみな。俺がフランベルジュを持ってた頃に使った技術の記憶を込めた。ねーちゃんが砕けばねーちゃんのマナキューブにコピーされるはずだ」
「ノワール……君は本当に一体何者なの? フランベルジュを持っていたなんてまるで……」
「まぁ見た目がこれだからな……想像に任せるわ」
彼女は納得した様に頷くと受け取った魔石を割った。
すると砕いた魔石から溢れた炎のマナが彼女に宿る。
そしてフランベルジュからも炎のマナの胎動を感じた。
「これは……【爆剣炎舞】……【猛き焔】……【天照(アマテラス)】……【共鳴(バースト)】……?」
「そうだ。全部フランベルジュとイフリートのマナを使えるねーちゃんにしか出来ない技だ。大精霊のマナを使う場合はよっぽど慣れてない限りは技名を言えよ?」
(技名って言うのは大精霊との合言葉みたいなものだからね。フランベルジュに関してはノワールが前に使ってたから技名だけでちゃんとイフリートのマナも反応してくれると思うよ)
大精霊のマナは自然に揺蕩うマナと違い、大精霊の意思がある。
その意思と自分の意思がバラバラな場合上手く魔力が作用せずに魔力効率が悪くなり、技としてのパフォーマンスが落ちてしまうのだ。
「まぁシンクロしたばかりなんだ、慣れたらフランベルジュでねーちゃんオリジナルの術や技も使える様になるさ」
「ノワール……ごめんね……私、君の事を馬鹿にしてた。口も悪いし態度も大きいし……」
(事実だし謝る必要無いんじゃない?)
「でも私はこれまでこの剣を武器としか……思い出の物としか見ていなかった。シェイド様とノワールのおかげでパートナーになれた気がする。だから……ごめんね。ありがとう」
思い出の物と言う内容に関して触れる必要は無いだろう。
剣を大事そうに抱える彼女がこちらに向けた笑みだけで満足してしまった。
そうこうしていると、館内にアナウンスが入る。
「出場選手の皆様、闘技場へお入りください。聖騎士団団長のイーグルによる予選が始まります」
「だってよ。ねーちゃんの実力とシンクロした今のフランベルジュなら予選は余裕だろうぜ。本戦で戦えると良いな」
「その時は手加減しないわ。だけど……終わったら食事くらい奢らせて貰うから、負けても待っててくれる?」
「ハッ! 言うねぇ……上等だ。まずは予選で生き残ろうぜ」
俺は彼女と拳を合わせて闘技場に出た。
闘技場中央には既に選手が集まり、正面にはイーグルが立っていた。
俺と彼女が最後尾に並ぶとイーグルが話し始める。
「よく集まってくれた。今から予選として、俺の攻撃を3分間耐え凌いで貰う。耐えきれない場合は後ろにある出口から出る事。立ち上がれない者は伏せて動かない様に。以上だ。質問はあるか?」
周囲の選手達から質問は上がらない。
しかし耳を立ててみると過去の傾向からどうやら前回、前々回は別の人物が予選を担当し、同じ内容で予選が行われた様だ。
エントリー時点で100人居た選手がこの予選でほぼ1桁まで減らされ、残った者が本戦でトーナメント形式で戦うらしい。
もっとも、既に半数は彼女によって脱落してしまったが。
初出場の俺にはいくつかの懸念がある為、質問をする事にした。
「イーグルさんよー。質問いいか?」
「構わん。何だ?」
「まず1つ、観客席に流れ弾が行くって事は無いのか?」
「それは無い。私が水魔法で防御壁を張る」
「じゃあ次だ。予選でイーグルが攻撃をするって言ってたが、俺からイーグルに仕掛けても良いのか?」
「やれるものなら、とだけ言っておこう。他には?」
「これが最後だ。浮かんでる魔石、ありゃ何だ?」
「あの魔石は映像を撮っている。この武闘会は年に1度しか行われないビッグイベントだ。観客や他の国にも中継されていると思ってくれ。本日はグラストン王もこちらで観戦される。くれぐれも余計な事はしない様に」
最後の一言は俺に向けてのみ放たれた言葉だろう。
だが俺は天邪鬼だ。
やるなと言われたらやりたくなってしまう。
中継魔石に向かってピースサインとありったけの笑顔を振りまいた所で遂に予選の開始を告げる鐘が鳴った。
「では諸君……存分に味わい給え」
イーグルが指を鳴らすと客席を水のカーテンが覆われ、同時に闘技場上空から滝が降り注いだ。
足元に貯まる水に選手達は身動きを制限され、次の攻撃に対しての意識を逸らされた。
「愚か者共を打ち抜け!」
イーグルが手に持った槍を水面に叩きつけると水飛沫が上がり、その水滴が選手達に向けて放たれた。
俺と彼女は剣で打ち払うが他の選手達はまともに攻撃を受け、倒れる者、出口へと走る者、その場に伏せる者と脱落していく。
「イーグルの野郎、何がふるいに掛けるだ。これじゃただの力自慢じゃねーか」
(実際強いよ、あの人。ウンディーネと契約してる訳じゃないのに水の防御壁を展開した上に攻撃もやってのけるなんて……)
「チッ……おい、ねーちゃん! 大丈夫か?」
「私が手こずってる様に見える? ノワールこそ汗をかいてるみたいだけど」
「水滴だよ! こんなの一撃も受けちゃいねーわ!」
先程の俺のイーグルに仕掛けてもいいかどうかの返答、やれるものならとはよく言ったものだ。
こう足場が悪くちゃ確かに攻めるには難儀する。
だが俺にも意地がある。
言った以上は一撃くれてやらなきゃ収まりがつかない。
「吠え面かかせてやるぜ、イーグルさんよ! 抜刀、飛燕!」
鞘から刀を居合い抜くと伏せた選手の頭上を横一文字の剣閃が通り過ぎ、イーグルを両断する。
やっちまったかと思ったが、両断されたイーグルの姿は水へと変わる。
「なかなかやるじゃないか、ノワール。だがその程度では俺に刃は届かんぞ」
「はぁ!? おいシェイド! あいつぶちのめすぞ!」
(残念だけど無理だね。時間切れだよ)
予選終了の鐘が鳴りイーグルは水を止めた。
その時点で立っているのは俺と彼女、そして筋肉モリモリの男と双剣使いの覆面の4人だった。
「クソ! まんまとイーグルの力自慢に使われちまった!」
「最初から倒す目的じゃないからいいじゃない。それに、本戦では1対1の対戦なんだから無駄に魔力を使わなかっただけ良し。それじゃダメなの?」
「ダメだ! 俺はな、頼られるのは良いが使われるのは大ッ嫌いなんだよ!」
「シェイド様も苦労するわね……」
(わかってくれるかい? 君、後で愚痴を聞いてよ)
シェイドと彼女の世間話を横目に俺は鬱憤をどう晴らしてやろうかと考えていた。
失格者の退場が終わるとイーグルは再び残った4人に向けて話し始める。
「残ったお前ら4人には更なる戦いが待っている。予選を耐え切った彼らにまずは名を聞こう。左から順に名乗ってくれ」
そう言うと俺達は客席から湧き上がる拍手を浴びながらイーグルから言われた通り、自己紹介をする事となった。
筋肉モリモリ、双剣使い、俺、彼女の順だが彼女は名乗るのだろうか。
「前大会チャンピオン、リードバッハ=ユグノム。誰が相手でも優勝は俺が貰う!」
「ギルド【シルバリオ】の代表、アスラ。雑魚に興味は無い。俺はイーグレット……お前を倒す為に来た」
アスラと名乗った人物は顔に覆われた布の隙間からイーグルを睨みつけながら挑発した。
イーグレットがイーグルの本名らしいが、俺の前にイーグルに挑戦状を叩きつけるなんてふざけた真似をされて、俺は余計にヒートアップしてしまった。
「おい、お前! ふざけんなよ......あいつを倒すのは俺だ! 俺はノワール。本戦一回戦はこのボケナスと戦わせて貰うぜ、いいだろ? イーグル!」
「やれやれ……今年は粒揃いだと思っていたが威勢ばかり前に立つな......いいだろう。初戦はアスラ VS ノワールだ」
「ノワールとやら、後悔するぞ」
「ハッ! シルバリオの名前に傷がつく心配だけしとけ」
「アスラもノワールもそろそろ静かにしろ。最後の女剣士、君で最後だ」
イーグルから指名された彼女は俯き黙り込んでしまった。
きっと彼女にとっての名前は使いたくない理由があって、それは根深い事なのかも知れない。
観客も彼女の様子を見てざわめき始めてしまった。
「あー……イーグルさんよ、ちょっといいか?」
「なんだ、ノワール。お前の自己紹介はもう要らんぞ」
「違げーよ。こいつは恥ずかしがりで緊張しいなんだ。俺が変わりに紹介してやるよ。構わねーな?」
「……続けろ」
「こいつはルージュ。ルージュ=フランベルジュだ。旅の女剣士で食費目的で来た。以上!」
それを聞き彼女は俺を見つめる。
何かを言おうとしているのか口を動かすが声になっていない。
「どうした? ルージュ」
「ノワール……私……え? ルージュ?」
「悪くない名前だろ? こっから先、お前はルージュだ」
(アハハ! ノワールにしては上出来じゃないか。ボクもいい加減「君」って呼ぶのがモヤモヤしていたんだ。良いよね、ルージュ?)
「シェイド様……ノワール……」
彼女は涙を浮かべ掠れた声で言った。
これが良かったのか悪かったのかなんてのは知った事じゃない。
ただ……今俺を隣に居るこいつはルージュと言う名を噛み締めている。
それだけで良い。
「4名の戦士達よ! これより今回の最強を決める戦いが始まる。初戦はアスラ VS ノワールだ。リードバッハとルージュは控え室に戻れ」
「頑張ってね。ノワール、シェイド様」
「おうよ。格の違いを見せてやんよ」
(まぁボクは直接何もしないけどね。ルージュこそあんなゴリラに負けないでね)
「もちろん。爆剣炎舞って技……使っても大丈夫かな?」
「あのゴリラには悪いが実験台になって貰おうぜ。あの筋肉なら死なねーだろ」
「ふふ……じゃあ見てて欲しいな。だから負けてベッドでおねんねなんて、そんな格好悪い終わり方は許さないから」
「任せとけっての」
リードバッハとルージュが退場すると再びイーグルが水の防御壁を展開し、闘技場には俺とアスラのみとなった。
イーグルに上手いこと使われたと感じた俺は鬱憤をアスラで晴らしてやる事を決意していた。
「おいアスラ! 1つ提案がある」
「何だ? 戦う前から降参するのか?」
「んな訳ねーだろ。この勝負、お前のその暑苦しい覆面を剥ぎ取ったら俺の勝ち。どうだ?」
「フン……半殺しで地べたに這いつくばって許しを請わせるまでにしといてやる」
「だそうだ、イーグルさんよ。そういう事でよろしく! 」
イーグルは溜息をついて了承した。
アスラをひん剥く算段は出来ている。
そして開始の合図が鳴った。
その瞬間、アスラは一気に前進し俺へと向かって飛び掛かって来た。
それをすんでの所で回避し、アスラを挑発する。
「おいおい……やる気満々じゃねーか。クールなフリして実はキレちまったか?」
「フン……今その小うるさい口を黙らせてやる……ハイドウォーク!」
アスラが技を口にすると風魔法を使い空中にも足場を作り、壁や地面、空中を縦横無尽に俺を中心として移動し始めた。
俺の横を通り抜ける度に双剣が俺の肌を掠めて行く。
確かに目を見張る動きだ。
起き抜けにこれを見せられたら対応しきれなかっただろう。
しかし俺は2度の戦闘を経験した上、シェイドとの契約、そして役に立っているのかいまいち実感は無いが、クリアノートの能力もあり強くなっている。
ルージュもイーグルも見ているからそろそろ始めよう。
俺は学ランを脱ぎ、中継魔石に向かって話を始めた。
「さぁて皆さんお立ち会い! これよりお見せするのはびっくりどっきりマジックショーだ!」
(ノワール、何をする気?)
(俺が普通に戦う訳ねーだろ。まぁ見てろって。)
「ここにあるのはただの服……変わったデザインですが種も仕掛けもございやせん! だが……こうすると!」
学ランを上に投げると頭上から俺を包む様にして落下して来る。
そしてそのまま学ランは俺の居た場所に静かに落ちた。
「あいつ……消えたぞ?」
「どこへ行ったんだ!」
「まさか……空間転移!?」
観客が騒ぎ出す声が聞こえる。
縦横無尽に動いていアスラも足を止め、俺を探しているのも見えている。
学ランが切り刻まれたら着る服が無くなるのはマズいのでそろそろ行くか。
アスラの影から再び地上に出た俺はアスラの背後から覆面の外に巻かれたストールを引き抜いた。
「正解はこっちだよ! まずは口元晒しやがれ!」
「クッ! 影の中から!」
「スピード自慢の奴と戦う時はこれが効果的なんだよ。人間でも魔獣でも標的を見失ったら足を止めちまうんだ。覚えときな」
「だが仕掛けが割れた以上、好きにはやらせん!」
「さぁて……そりゃどうかな? 第二問、行ってみようか」
俺が再び影の中に沈み込むとアスラは風魔法の詠唱を始めた。
「何も見えない砂塵の中なら貴様とて手出しは出来まい! サイクロン!」
闘技場に敷かれている砂が風に舞い、アスラの周囲に竜巻を引き起こす。
中継魔石がその真上に位置取ると直下のアスラを映し出した。
せっかく面白くする予定が観客は真上からしか見られないのが残念だ。
しかし勝負は勝負だし、何より砂塵が晴れた時の光景もまた一興。
俺は次なる手を出した。
文字通り、砂の中から手を出してアスラを砂の中に引きずり込んだのだ。
体を地面に埋められて身動き出来ないアスラを中継魔石が捉えた。
頭だけを振り回し暴れるアスラに、地上に再び出た俺が近寄る。
「残念だな、アスラ。お前が砂塵なんか起こしてくれちゃったせいで、蟻地獄の過程がお届け出来なかったじゃねーか」
「クッ……バカな……貴様は影魔法の使い手ではないのか!? これは明らかに土魔法だろう!」
「あ? 誰がそんな事言ったよ?俺は全属性をそれなりに使えるし、これも闇……じゃなくて影魔法の一種だぜ?」
「こんな……こんな事があってたまるか! 俺が……イーグレットを倒す為だけに積み上げた時間は! 無駄だったと言うのか!」
「見た目よりもバカなんだな、それしか見てねーから視野が狭くなっちまったんだろうが。お前のスピードは一流だとは思うが、使い方は教科書通り過ぎて平凡なんだよ」
「俺は……俺は……」
「まぁ後悔先に立たずってな。悪いが帽子も頂きだ」
砂から出された無防備な頭から帽子を剥ぎ取るとアスラの普段隠しているであろう顔面が公の場に晒された。
サラサラと金髪が揺れ、端麗な顔には薄く汗が滲む。
うらめしそうに俺を睨みつける青い眼光がアスラの容姿を余計に引き立たせる。
観客がそれを見て騒めき始めると、アスラは公共の場に発信されてはいけない様な言葉を並べて俺を罵倒する。
「お前……女だったのか」
「黙れ! だったら何が悪い! ギルドの頭を張るのに……武闘会に男も女も関係ないだろう!」
「女だから悪いなんて俺が言ったかよ? さて、負けを認めるなら出してやるが、どうだ?」
「まだだ……まだ俺はやれる! こんな所で終わってたまるか!」
「しょうがねーな……」
俺は闇魔法の罠を解除しアスラを引き上げ、鞘から刀を抜いて構えた。
「悪かったな。こっからは俺もガチで戦うぜ」
「ノワール……この技でお前を倒す!」
「来いよ、立っていた方が勝ちだ」
「行くぞ! 【斬風狼牙】!」
アスラは再び縦横無尽に俺の周囲を走り始めた。
その動きによって生じた風が俺を刻む。
この攻撃はどうやら武器による斬撃だけではなく、風魔法のウインドカッターを織り交ぜた斬撃だろう。
観客が歓声を上げ、アスラへの声援も聞こえる。
だが俺はそこまで甘くは無い。
俺は宵燕の刃を返し、深く体を沈めて迎撃体制で構える。
目を閉じると風の流れを肌で感じた。
風魔法で薄く刻まれてゆく体を脱力させ、アスラの殺気を探る。
そしてアスラが俺の正面上空から飛び出して来た気配を感じると、目を見開き敵を睨みつける。
「終わりだ! ノワール!」
飛び掛かって来た双剣の回転する斬撃に刀の動きを合わせ、そのまま体を捻り様にアスラの横腹に峰打ちをお見舞いすると、アスラはその場に倒れた。
「……アスラ、自分の型を見つめ直してから出直しな。お前はまだまだ強くなれるぜ」
宵燕を鞘に納めるとイーグルが決着を宣言する。
観客の歓声の中にアスラを呼ぶ声が混じっているのが聞こえると、アスラの口元が緩く笑みを浮かべた。
周囲の評価に悩み、葛藤し、か細い肩に背負った仲間の想いを傷付けまいと戦ったギルド、シルバリオの誇り高き団長に背を向け、俺は控え室に戻った。
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