第6話 再会の女剣士

太陽の光が山間から覗き出した頃、俺はと言うと川で水浴びをしていた。


山での盗賊戦、昨夜の魔獣戦とその両方ともに初対面の女性を前にしていた事を思い出すと次なるチャンスをいつ迎えるとも限らない。

一体何のチャンスなのかはさて置き、清潔感があるのと無いのとでは第一印象に影響が出るだろう。

別に誰かを意識している訳じゃない。

繰り返すが誓って意識していない。


(ノワール……何に誓ってるのさ)


(……闇の大精霊シェイド様って事にしておいてくれ。そして可能ならこれ以上この件には触れないでくれ)


川から上がると俺は王都グラストンに向かった。

城門では入国の為の身分証明が必要で、それを持たない旅人に関しては短期入国のみの許可証を与えられた。


街中で有事の際にいちいち異空間から出し入れしていては目立つとシェイドに言われ、旅人に見える様に袋に最低限の荷物と腰に刀を差して動く事にした。


(まずは服を探すの?)


(そうしたいのは山々なんだけどな……金が無い)


当初の予定では魔石や盗賊から奪った武具を売り払って当面の足しにしようとしたのだが、魔石の売買は国から許諾を得た商人を通さなければいけないらしく、武具は傷だらけで買い取りを拒否されてしまったのだ。


「まぁこんだけデカい城下町なら何かしら稼ぎのアテはあるだろ」


(あ! 見てよ。闘技場の出場者募集だってさ)


貼り紙を見ると城下町西部にある闘技場にて、武闘会が行われる旨が記載されてある。


「なになに……出場資格は特に必要無し、武器持ち込み可で魔法も使用可……優勝賞金は金貨15枚で更にその後にある【命知らずの宴】とやらに挑戦して勝ったら……金貨30枚!?」


武具屋で見た鎧や剣が銀貨単位だった事を考えると、この賞金はかなり奮発している様に見える。


(ノワール、これちょっと怪しくない? 要はなんでも有りの殺し合いみたいじゃないか)


「いや、一応禁則事項も書いてあるぜ。相手を殺す、審判を人質に取る、故意に観客席に向けて魔法をぶっ放す……こんな感じにルールを破ったら失格で、最悪は投獄されるんだとさ」


(死なない程度に相手を痛めつけて心を折るか、気絶させるかしたら勝ちって事?)


「そうだ。俺達そういうの得意だろ?」


(ボクも含めて言わないでよ。外道で畜生はノワールだけさ)


「最近のシェイドは当たりが強いな。泣いちゃいそうだ」


闘技場に入ると観客や出場登録者で溢れかえっていた。

俺も出場の受付を済ませ選手控え室に向かう。

人数が多いからか控え室は2つに分かれており、俺はAの控え室へ案内された。


扉を開けると殺気の視線を向けられるが、かつては邪神や古代龍と戦った俺にとっては気にする程の事では無い。

すると一角から俺を指したであろう言葉が投げかけられた。


「おいおい、こんなガキでも出場出来るなんて王都の戦士の質も落ちたもんだなぁ?」


「妙な服で神聖な武闘会に来るんじゃねーよ」


「さっさと田舎に帰って畑でも耕せ」


小さな体の魔獣でも潜在魔力が高ければ数倍の巨体魔獣すら喰い殺す。

見た目で相手の力を決め付けるなんて愚の骨頂である。


勇者だった頃の俺なら黙って見過ごしていただろう。

世間体だ何だと仲間に言われてからは極力こういった下らない事に突っかかりはしなかった。

だが今の俺は勇者じゃない。

舐められっ放しは頭に来るし、それを見てニヤついている奴らにも教えてやらなければならない。

格の違いってやつを。


(シェイド、俺の魔力量は上がってるんだったよな?)


(そだね、あとその体も結構馴染んだんじゃない?ボクのマナも前よりちゃんと取り込めてるから身体能力も上がってるはずだよ)


それを聞いた俺は罵声を浴びせてきた1人に向かい手を向ける。


「【シャドウクロー】」


突き出した手から闇の魔力を発し、手を形成する。

俺の手の動きに合わせてシャドウクローが離れた位置に腰掛けるそいつの首を掴むと、宙へ持ち上げた。


「よく聞こえなかったわ。悪いけどもう一回言ってくれねーか?」


掴んだ相手は魔力の腕を掴んでもがき苦しんでいる。

周囲の選手達はこの光景に驚いている様だ。

掴んだ奴はどうやら気絶したらしい。

そいつを放り投げ、俺に向かって舐めた事を言った残り2人……涙目になってガタガタ震えている方を睨みつけて近寄る。


「誰が妙な服だって? 教えてくれよ。なぁ!」


相手の襟を掴もうとした時、横から手が割り込んで来て俺の動きは静止された。


「いい加減にしないか。まだ始まってもいない。やりたければこの後、好きなだけ王の御前でやるがいい」


俺を止めた声の方に視線を移すが、そこにあったのはそいつの肩だった。

見上げると垂らした前髪の間から鋭い視線がこちらを凝視している。


「王の御前とやらまで勝ち残ればお前が相手になってくれるのか?」


「残念ながら違う。だが、私がここに居る挑戦者をふるいに掛ける役割なのは否定しない」


「へぇ……そいつは楽しみだ」


着ている服と勲章らしき物をぶら下げている所を見ると、この国の中でも腕の立つ騎士らしい。

それに……


(シェイド、こいつの魔力量とんでもなく多くねーか?)


(人間にしては多い方だね。今のノワールの倍くらいだから大したことないよ)


(俺はもっと大したことないって言われてるのと変わらねーぞ)


シェイドとの問答のおかげで俺の気も抜け、緊張した空気が解かれると周囲の選手達は安堵した様にまた話し始めた。

だが次の瞬間、俺と俺を止めた騎士は再び緊張感に包まれる。


別の控え室からだろうか、異常なまでの魔力が発せられたのを感じた。

俺は立ち上がり、発生源へ向かおうと扉を出ると騎士も同様に扉を出た。

廊下を走る俺は横に並ぶ騎士に話しかけた。


「おい騎士様よ、武闘会ってのは毎回こんなのが出て来るのか?」


「年に1度に大陸中の腕自慢が集まるのは事実だが……ここまでの魔力を出す人物は私の記憶には居ない」


「それは騎士様を除いて……だろ?」


「……今はとにかく事態を収拾する。この魔力量では警備隊では役に立たん。場合によっては君にも手伝って貰いたい。名は?」


「ノワール。旅の剣士だ。この見た目よりは役に立ってやるよ」


「私はイーグル。聖騎士団の団長を務めている」


「はいよ、よろしくな。イーグルさんよ」


「ではノワール、戦闘が始まっていた場合はこれを速やかに鎮圧、任意で殺さない程度に反撃を許可する。抵抗がある場合は捕縛まで頼む」


「戦闘になってるかは疑問だけどな……一方的な展開が目に浮かぶぜ」


扉の前に立つと発せられた魔力はより厚みを増し、否応無く俺とイーグルを警戒させた。


「私が先行する、後に続け」


「……扉を開けた瞬間に一撃お見舞いされるパターンも有り得るぞ?」


「フン……そうなったとしたら私が【水の守護者】と呼ばれている理由を拝ませてやろう」


扉を開けイーグルが突入し、俺も後に続くと部屋から熱風が溢れ出した。

とても自然に上がった温度とは言えない。

サウナにでも入っている気分だ。


部屋の中に居た選手達は皆、熱によってなのか攻撃を受けたのかは不明だが倒れている。

イーグルが目標をその目に捉えると警戒態勢を取った様だ。

イーグルの横に出て俺も対象を確認する。


(ノワール! あれってさ……)


(あぁ……意外と再会は早かったみたいだな)


「おう、お嬢ちゃん! また会ったな」


炎を纏う剣から出された熱風に紅く染まった髪を揺らした彼女に向かって俺が声を掛けると、彼女はこちらを向き炎を引っ込めた。


「君は…追い剥ぎの時の人!」


「酷い言われ様だな、お嬢ちゃんも共犯だろうが」


「私は吊るしただけで、追い剥ぎしたのは君だけだったと思うんだけど?」


「そりゃそうだが……ここで何があった?」


彼女が言うには愛剣の手入れをしていたら出場者の1人が突然その剣を奪い、彼女を愚弄したらしい。

それにキレた彼女が剣を取り返すと剣から炎が上がり、周囲は倒れたそうだ。


「なるほどな……だがやりすぎじゃねーか?」


「私自身まだこの炎を上手く扱えてないと感じている部分はあるんだけど……今回はやりすぎだとは思ってないわ」


「まぁこいつらが自業自得ってのは俺にも理解出来るけどよ……こっちの聖騎士団の団長殿次第じゃ大会に出られねー可能性もある」


そう言ってイーグルの方に目を向けるとイーグルは咳払いをし、彼女の前に立つ。


「まぁ……事情は大体把握した。大会の出場権に関してだが、私は彼女を失格にするつもりは無い」


「随分と甘いな、団長様は。理由を聞かせて貰えるか?女の子だからってのは無しでよ」


「……まず出場者をふるいに掛けると言ったが、この後私の攻撃を3分耐えるという内容の予選が行われる予定だった」


「へぇ……楽しみだな。で、お嬢ちゃんがこの部屋の奴らを出場前に棄権にしちまった。この場合どうなる?」


「予定に変更は無い。全部でエントリーは全部で100名……向こうの部屋でノワールが3人潰して47名にこちらの部屋は彼女のみ出場で48名。これを8名以下まで削る」


「だってよ、お嬢ちゃん。良かったな?」


イーグルの回答を聞くと彼女の不安そうだった表情は明るく変わるが、俺を向くと今度は怪訝そうな表情に変わった。


「ねぇ君……ノワールだったかしら? ノワールにお嬢ちゃんって言われるほど年齢は離れていないと思うんだけど。なんだったら私の方が年上じゃない?」


「あー……そうだったか。イーグルさんよ、俺とこのねーちゃん、いくつに見える?」


イーグルは口元に手を当て、少し考えた後に溜息を吐いた。


「私から見たらどちらも子供だな。まぁせいぜい17歳か18歳といった所か」


「あら……騎士さんの目には正しく見えてるみたいね?私は18歳。ノワールは?」


そういや年齢がはっきり判明した訳じゃない。

年齢なんて大した問題じゃないと思っていたから、と深く考えていなかったのがここに来て響いてしまった。


「俺も18歳だ。別にいいだろ? 大会には出られるんだったら問題ねーよな? イーグルさんよ」


「そうだな……ただ、危険だと判断したら辞退しろ。出る以上は自分の身は自分で守れ。私はそろそろ行くが、始まるまでは大人しくしておいてくれ」


そう言うとイーグルは出て行き、俺と彼女は倒れた出場者の居なくなった部屋に2人で待機する事となった。


(ノワール……さっきこの子、魔力が上手く扱えてないって言ってたよね? もしかして【同調】をやってないんじゃないかな?)


(あぁ……このフランベルジュが本物だったら、イフリートの魔力が上手く扱えてない原因はそこだろうな……)


「ねぇノワール? 前から気になってたんだけど……シェイドって誰? 今喋ってる子? シンクロって?」


俺は驚き彼女を見た。

シェイドとのやりとりは声に出していない。

そもそも聴こえるはずが無いのだ。


「……俺、声に出してたか?」


「いいえ? ただ山道の時にそのシェイドって子との会話が私の頭に聴こえて来たのよ」


「マジか……じゃあちょっと試してみるか。シェイド、挨拶してみてくれ」


(こんにちわお嬢さん。ボクはシェイド。闇の大精霊にしてノワールの親友さ! どうかな?)


彼女は固まったまま反応しない。

やはり聞こえていないのか……と思っていると、彼女が口を開き始めた。


「や……闇の大精霊? なんで? 大精霊様がなんでノワールと一緒に居るの?」


(無事、聞こえちゃってるみたいだね)


「そうみたいだな。多分その剣のせいだろうな」


(フランベルジュから炎が出るって事はイフリートの力を多少なり扱えるんだし、まぁ不思議じゃないかな)


「ノワールもシェイド様もこの剣の事を知っているなんて……ノワールこそ何者なの?」


「それは……ねーちゃんが名前を名乗らない様に、俺にも言えない秘密があるんだよ。知りたきゃ名前を教えてくれねーか?」


この問いに彼女は俯き、黙り込んでしまった。

お嬢ちゃんと呼ばれる事に抵抗があるなら、名乗れば良い話だったが彼女はそうしなかった。

つまり、彼女にも名前を言えない理由がある。


「まぁ名前はいいとしてだ。フランベルジュを上手く扱えない理由、知りたくねーか?」


「それは私が未熟だから……」


(違うよ。君はお世辞抜きにして炎のマナをちゃんと魔力に変換出来てる。それはボクが保証してあげる)


「じゃあ……どうして?」


「簡単な話だ。そのフランベルジュは炎の大精霊イフリートから生み出された魔剣なんだよ」


(理由はわからないけど君は周囲の炎のマナとは別に、身体にイフリートのマナを宿している。フランベルジュが炎を纏えるのは、イフリートのマナがあるからなんだ。普通の炎のマナじゃフランベルジュから炎は出ない)


「見た方が早そうだな」


俺は腰の刀を抜いて闇の魔力を通す。

すると刀身に闇のマナが集まり、周囲を黒く染めた。


「この剣も魔剣の一種でな。【妖刀 宵燕(ヨイツバメ)】っていうシェイドから生み出された剣なんだわ」


(まぁボクとノワールがずっと昔に遊びで作った剣なんだけどね。今のノワールに扱える武器がこれしかなかったんだ)


「……武器自慢?」


「……悪い。話を戻そう。闇の魔力を纏っているのが見えるだろ?ねーちゃんのフランベルジュとどう違うか解るか?」


「….….随分とマナが安定してるみたいね。私が戦う時のフランベルジュの炎はなんて言うか……ずっと燃え盛っているの」


(そうだね。安定してるのはつまり、魔力の制御が出来ているからなんだ。君は周囲の炎のマナは変換出来てるけどイフリートのマナの魔力変換が出来ていないんだよ)


「で、その原因ってのがさっき俺とシェイドが話していたシンクロをしていない事だ」


(君とイフリートのマナをシンクロをしないと上手く変換しきれなかったイフリートのマナが暴れちゃうんだ。だから制御しきれないんだよ。あのおじさんのマナは年頃の女の子には暑苦し過ぎるからね)


シェイドのイフリートに対する印象はどうやら頭の固く説教臭い親父のまま変わっていないらしい。

当然だが俺もそう思っている。


「シェイド様、シンクロとはどの様にしたら出来るのでしょうか」


(普通は大精霊の武器とのシンクロはその大精霊と直接するものなんだけどね、君は運が良い。ボクがやってあげるよ。いいよね? ノワール)


「そうだな、武闘会で制御出来なくて観客を燃やしたらシャレにならねーからな」


(ノワールってば素直じゃないんだから。じゃあ君、炎のマナを魔力変換してフランベルジュに炎の魔力を通して。ボクが魔力変換のサポートをするから)


「は……はい! ありがとうございます!」


彼女は元気良く返事をすると立ち上がり、フランベルジュを構えて目を閉じる。

剣の周囲に炎のマナが集まってくると、彼女の中から炎の魔力を感じた。


(ここだね。ちょっとだけボクのマナが入るけど気にしないで普段通りに集中して、ゆっくりと小さな火からイメージして魔力に変換して)


「はい……」


シェイドのマナが彼女の周りを優しく包むと、次第にフランベルジュに炎が宿り始めた。

最初に見た時とは違い、剣先から鍔元まで炎の強さが均等になっている。


(はい、おしまい! 大変良く出来ましたってやつだね)


「はい……以前よりも胸の奥から力が湧いてくる感覚があります……」


彼女はそう言いながら目を開けるとフランベルジュの炎が揺らめき、彼女の髪を紅に染める。

剣を両手から左手に持ち替え、空いた右手の指先からも小さい炎を出す。


(ノワールより器用なんじゃない? シンクロしたばかりのノワールにはあんな事出来なかったよね)


「うるせーぞシェイド。ねーちゃん、俺からは制御の訓練のやり方を教えてやるよ」


「え? ノワールに制御の訓練を教えられるの? 大雑把そうだし……」


「どいつもこいつもうるせー! じゃあいいよ! 自分で探しな」


「ごめんごめん……それで先生、何をしたらいいの?」


フランベルジュを鞘に納めると彼女は座ってにこやかにこちらを見ている。

その表情に可愛いと思ってしまったなんてシェイドには絶対に言わないでおこう。

シェイドの声が彼女に聞こえるならすぐに伝わってしまうから。

それにしても水浴びしておいて正解だった。


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