第5話 新たな力とシスターと


女剣士と別れた俺はまっすぐに下山……

ではなく、元いた洞窟へ戻った。

理由としては洞窟にあった魔石の回収の為だ。

シェイドが言うには魔石はマナを含むものが殆どで用途として様々。

つまり売ってよし使っても良しと言う事で万が一の金策の為に回収しておく事にした。


回収し下山する頃にはすっかり陽が落ち、辺りは暗闇に包まれていた。

王都グラストンの入り口は閉ざされており、シェイドの闇魔法ならば潜入は簡単だがトラブルを起こすと面倒なので野営をする事にした。


「しかし……思った以上に弱くなってんなぁ……」


(それは当然だよ、ノワールは身体の再構築が途中だったんだからさ)


先程の盗賊戦を思い返す。

まず身体能力、たった一度ではあるが敵の背後からの攻撃にカウンターをくれてやれなかった事。

もう一つは、その時に使った影縛りの後だ。


「影縛りってあんなに魔力を持っていかれたか?」


(んー……魔力の絶対量が低いから、かなぁ)


マナを体内に取り込み、魔力変換をする作業は記憶が残る分さほど苦では無かった。

しかし魔法を行使した際にどっと疲労感と言うか脱力感が襲ったのだ。


「また地道に魔力量を増やす事から始めなきゃな……」


(あ! でもノワールにはあの人から贈り物があったみたいだよ。見てよコレ)


シェイドが指したのは【マナキューブ】と呼ばれる人間の中に存在するマナの結晶体だった。

どうやら俺は創造主から褒美を受け取っていたらしい。

マナキューブを解析するとスキルの欄に【クリアノート】と言う文字列があった。


「で、コレは何だ?」


(多分だけど、経験が力になりやすいって感じだろうね。一度やった事はコツを掴んだらすぐに出来る様になる……この表現が近そうだよ)


「随分と曖昧な説明だな。まぁいいや」


マナキューブは人類であれば誰もが持つもので、具現化出来るようになるのは生後7年から10年となる。

500年前では一般的な素養として、教育課程にも取り上げられていた。


マナキューブは心臓と同じく、その人の持つマナの結晶であり、経験によって成長したり、適性魔力属性の色に染まる。

そして経験と適性の2つが噛み合った時、稀に【スキル】と呼ばれる技術がマナキューブに刻まれる事がある。

クリアノートはスキルに該当するが、今回得た経験からではなく、俺がこの世界に目を覚ました時からあったらしい。

もっと早く教えてくれ、シェイド。


ちなみに勇者だった頃の俺は【万物創造】と言うチートスキルを駆使し邪神を倒したのだが、世界再生の時に一緒に解き放ってしまった様だ。

クリアノートを使いこなせる日が来るまで、一体どれほどの経験を積めば良いのか。

そう考えると気が重い。




焚火の爆ぜる音がパチパチと鳴るのを聞きながら、ようやく睡魔の誘いを感じた時だった。

遠くから悲鳴が聞こえた気がした。

何という事だろう。

かつては気配を感じたらすぐさまに戦闘態勢を取れたのに、今となっては声を聞いて初めて自分の領域に起こった異変に気付くとは。

また一つ、自分の衰えを感じながらも声のあった方へと向かう。


「シェイド、狼タイプの魔獣4匹と人間1人。合ってるか?」


(残念。魔獣の数は合ってるけど人間は2人だね。1人は大人で1人が子供だよ。魔獣の1匹はマナが大き目だからリーダー格かな)


シェイドと契約した事で俺の夜の視力には補正が掛かっている。

そのおかげで異変のある現場まで真っ直ぐに到着出来た。


1人の人間……あれは服装からして修道女みたいだな。


「シスター! 子供とそこで伏せてろ!」


「わ……わかりました! お気をつけて!」


刀を構え狼タイプの魔獣と対峙する。

盗賊とは違う……加減を知らない魔獣相手に峰打ちなんて舐めた事をしていると俺もシスターも子供も食われちまう。


(シェイド、【同調(リンク)】は必要ないよな?)


(当たり前さ、ノワールとボクはとっくの昔から繋がってるからね!)


(よっしゃ、今の俺にどこまでやれるか分からねーけど【共鳴(バースト)を使うぞ】)


(がってんだい!)


記憶にあるこれまでの戦闘を思い出す。

意識の中にある自分の魔力にシェイドのマナを融合させるイメージ。

呼吸は深く小さく吐き出しながら全身に巡らせると、自分を纏うマナが、身体を巡る魔力が闇に染まるのを感じた。


「いくぜ……シェイド!」


(やろう! ノワール!)


『バースト!』


シェイドと意識を同調させ、その言葉を合わせると一気に地面を蹴ってリーダー格の魔獣の首を切り落とす。

次いでシスターに迫る脅威を払わなければ。

しかしシスターに一番近い魔獣を倒すには刀の間合いでは届かない。


「こういう時は……シャドースパイク!」


標的に左手を向け、遠くに居る魔獣を掌に掴む様にして魔力を放つ。

すると魔獣の足元にある影が広がり、そこから細く鋭い針が飛び出し魔獣を串刺しにする。

あと2匹……目の前に1匹とその後ろに1匹。


既に息が上がっている。

バースト使用時に消費する体力と魔力は通常時よりも多く、俺自身まだこの身体に馴染んでいない。

正直もう限界に近いだろう。

この2匹は一呼吸一太刀で終わらせないと非常にマズい。


刀を鞘に納め、腰を低く落として目の前の敵を捉える。


「抜刀……飛燕!」


鞘から引き抜いた刀から発せられた横一文字が魔力の刃となり、残る2匹を両断した。

倒した4匹の魔獣の反応が無い事を確認すると、俺は地面に膝をついて荒くなった呼吸を整える。

そこへ伏せていたシスターと子供が駆け寄って来た。


「あの……お怪我はありませんか?」


「お兄ちゃん、大丈夫?」


ちょっと待ってくれ。

今はまだ喋れない。

もうちょっと呼吸を整えなければ立ち上がるのもしんどい。


「お、おう。大丈夫だったかい? シスターにお嬢ちゃん」


「私達は貴方のおかげで怪我一つありません……お水は飲めそうですか?」


差し出された小瓶から水を一口飲むと、魔力が空っぽになりそうだった体内に染み渡る。

俺は何とか立ち上がりシスターに礼を言った。


「悪いな、シスター。無事で何よりだ」


「貴方こそご無事で安心致しました。何とお礼を申し上げたら良いか……ありがとうございました」


「いいって事よ。ところで、どうしてこんな夜更けに出歩いているんだ? シスター……」


「ご挨拶が遅くなりました。私はレリアと申します。こっちの子はジェレネ。ジェレネは私の友人の飲食店で働いていまして、今日はちょっとトラブルがあった為こんな時間に……」


「そうなの! ロゼットのお店から出ようとしたら街で喧嘩してて怖かったの!」


シスターから聞いた話によると王都グラストンに存在する裏組織の抗争があり、勤め先の出口付近でドンパチが始まった為に落ち着くまで店内に居たらしい。

はた迷惑な話だ。


「だからと言って女2人で夜道を歩いてたらこうなる事くらい予想出来なかったのか?」


「ロゼット……私の友人が送ってくれると言ってくれたのですが孤児院までは近いですし、彼女も随分とお疲れの様子でしたので……」


「そっか……せっかくだから送ってやるよ。シスターレリアとジェレネお嬢ちゃん」


「ノワールさん……大変ありがたい申し出ですが、その……私にはお支払い出来るものがありません……」


「報酬は要らねーよ。また何かあったら俺が後悔するから送るってだけだ」


それに……この2人に最初の……転生前の家族の姿を重ねてしまった。

上のしっかり者の妹と下のやんちゃ盛りな妹。

俺が居なくなってからどうしているのだろうか。

せめて俺の為に泣き続ける様な日々じゃない事を願うばかりだ。


孤児院に向かっている時、ジェレネは俺と手を繋いできた。

シスターレリアの事や勤め先のロゼットという怒ると怖い店主、兄妹の話を楽しそうにしてくれた。

それを聞きながらシスターレリアもクスクスと笑い、月明かりの道をまるで家族の様に歩いている。


(ノワール、ボクの事忘れてない?)


(忘れてねーよ。今の俺の家族はシェイドだけだ)


(ふふーん! それならいいんだ)


(やきもちかよ、可愛い奴め)


(うるさいなぁ……そんな事よりノワール、クリアノートに変化があったみたいだよ)


シェイドに言われマナキューブを手の平の上に具現化すると、クリアノートに新たに刻まれた情報があった。

1つは体術や魔法の成長記録。

1つは使用した術技の情報記録。

そして最後に記されていたのは、これらの記録を【継承】させるという新しいスキルだった。


(継承ね……魔石に俺のマナキューブにある内容をコピーして任意の相手に渡す。渡した相手がその魔石を砕けばそいつのマナキューブにコピーした内容を渡せるって事か?)


(って事はノワールの好きだった人とか恥ずかしい思い出とか共有されちゃうのかな? ボクも見たいなぁ)


(……やるとしたらせいぜい術技の記録だけにしとくわ)


「あの……ノワールさん?」


「ん?」


「ノワールさんのマナキューブは変わった色をしていらっしゃるのですね」


「そうか? 無色透明……まぁ器用貧乏をそのまま表してる様なもんだ」


「私は光属性の適性がありますが、力不足でほとんどの光魔法が使えなくて……先程のノワールさんの戦いを見ると、影魔法を巧みに扱われていたので影属性の適性かと思っていました」


マナキューブの色は魔法適性の色を示す。

赤なら炎、青なら水、土なら地といった風に色で個人の適性を判断出来る。

無色透明の場合は魔法適性が定まっていないとされている。

成人で無色透明は大変珍しく、魔法適性が無いと馬鹿にされる事もある様だ。


ただ、根本的に勘違いされているが、適性色が無いからと言って他属性魔法が使えない訳じゃない。

言い変えればどの属性も偏らずに使えるのだ。


そこで俺は一つの疑問を感じた。

シスターレリアは【影属性】の扱いが上手いと言ったのだ。

闇属性ではなく、影属性と。


(この世界には聖と闇じゃなくて、光と影って概念の認識に変わってるみたいだね。影魔法って言うのは簡単に言ってしまえば闇魔法の下位互換って所かな)


シェイドの言う通りだと仮定すると、この世界には影の精霊がいるのだろうか。

いずれにせよ、上位互換だと言い張るシェイドが共に居てくれるのはありがたい事だ。


「そんな風に見えてたのか……さっきのはギリギリで、これでも俺は相当頑張ってたんだよ」


「ふふ……格好良かったですよ。ノワールさん」


「……」


(ノワール、照れてないで何か言ってあげなよ)


(うるせー)


シスターレリアとジェレネを孤児院に送り届けると、俺は再び王都グラストン付近まで戻って来た。

もうすぐ夜が明ける。


この世界に来て初日、前途多難な1日だった。

とりあえずひと眠りしよう。


起きたらまずは金を稼いでこのダサい学ランとおさらばだ。

そうじゃなきゃ行きずりのシスターの前で格好も付けられないから。

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