第4話外伝 紅に染まる騎士
記憶の片隅に閉じ込めておけば、いずれは消えるものだと、そう思っていた。
崩れた建物を包む炎。
声を出す事もないそれらを見ないようにして私はその地に別れを告げた。
「さようなら……行ってきます……」
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目を開けると青い空とそこに流れる雲。
太陽の光を遮る様に手を前に出すと欠伸をして起き上がる。
ガタガタと馬車に揺られながら草原を横目に見ると、流れた風が草木を揺らす。
白銀の長い髪を左右に振ると光を浴びる様に腕を伸ばし、私は呟いた。
「お腹減ったな……」
旅立ってから幾日が過ぎたのだろう。
考えるのが苦手な私は気の向くままに宛ての無い流浪の旅を続けている。
今はたまたま盗賊に襲われていた貴族を乗せた馬車を救い、王都グラストンへ向かうらしいので荷台に乗せて貰っている。
「お目覚めですか。騎士様。」
馬車後方の扉を開け、そこから夫人が声を掛けて来た。
「ええ、今日は良い天気だからつい寝ちゃったわ」
「騎士様さえ良ければ、旅のお話を聞かせて下さらないかしら? 私も息子も王都から外に出る機会が少ないもので……」
「そうね……期待している様な話が出来るかわからないけど、そこから覗いてる坊ちゃんに聞かせてあげようかな」
偶然にも命を救ったカーリャ夫人と息子のノーベル君は王都グラストンの貴族で、主人はどうやら王宮に仕える宮廷魔術師らしい。
そんな貴族の夫人達が何故、護衛も無いまま馬車で街道を通っていたか。
それは王都グラストン郊外にある主人の領地へ赴き、領民への挨拶と声を聞く為の様だ。
護衛は数人居たが領地周辺の魔獣が増加した事から周囲の調査を命じ、夫人達は先に出発したらしい。
夫はどうやら貴族の中でも人格者で、領民からの信頼も厚い様だ。
さっきまで私が寝ていた荷台には領地で収穫された新鮮な野菜や花束が置かれていた。
貴族と言う存在に対してあまり良い話を聞いて来なかった私でも、初対面のこの夫人と息子のリクエストに応える事はやぶさかで無いと思えた。
「さて……じゃあノーベル君、旅ってどういうものだと思う?」
「うーん……大冒険! 魔獣を倒したり宝箱を見つけたり!」
「ふふ……残念だけど私はまだ宝箱を見つけた事は無いわね」
私が旅に出てから経験したのは一言で言えば自衛の為の行為でしかない。
野盗に会えば返り討ちに。
襲って来たのが魔獣なら倒して肉を食べる。
魔獣から獲れた牙や毛皮等は素材として買い取って貰い、その金で日々を過ごして来た。
各所に点在するギルドと呼ばれる場所では依頼を受け、それをこなす事で報酬を得られる。
しかし私はギルドの依頼を受ける事は出来ない。
依頼を受けるには登録する必要があり、名前を明かさなければならないからだ。
私は旅立つ時に名前を捨て、過去を記憶の片隅に封印した。
その名は必要がない限りは口にしたくない。
「ノーベル君は大人になったらやりたい事とかある?」
「僕はお父様のお手伝いがしたい!」
「ふふっ……良い子だね。お父さんもきっと喜ぶわ」
ノーベル君の頭を撫でると、彼は屈託の無い笑みを浮かべ、隣に居るカーリャ夫人も嬉しそうに微笑んだ。
「家族か……」
「騎士様……ご家族は……?」
「……私の家族はもう生きていない。そう考える様にしているの」
「……女性の1人旅、きっと複雑な事情をお持ちなのでしょう……騎士様、命を救って頂いたご恩は必ずお返し致します」
「私はたまたま通り掛かっただけだし、それに……この旅は私を育ててくれた人を捜す旅でもあるの。血の繋がりは無いけど。だから王都で情報を集めたくてね」
私を育ててくれたクロウと言う人物。
私に魔法と剣と戦い方を教えてくれた。
私が1人で炎魔法を扱える様になった頃、クロウは姿を消した。
しばらくして私のそれまでの人生を揺るがす大事件が起こった。
それにより兄妹を失った私に居場所は無い。
クロウから貰った一振りの剣を持ち、私は旅に出た。
クロウを見つけたらこの旅は終わるのだろうか。
消息が判明したら、次は私はどこに向かうのだろうか。
目の前にある家族と言う温もりが眩しい。
興味を示したノーベル君に旅の話をしていると、突然馬車が止まった。
外に出ると盗賊と思わしき男達が立ちはだかっている。
どうやら山間部に入ったあたりの様で、今居る場所は街道からも見えにくい。
盗賊の狩場で捕まってしまったと言う所だろう。
「カーリャさん……こいつらの相手は私が引き受けるから、引き返して護衛と合流して」
「騎士様! お一人では……」
「正直言って、あなた達が居ると足枷にしかならないの……ノーベル君! お母さんを守ってあげられる?」
「で……出来るよ! 僕はお父様の子供だから!」
「良い子ね……さぁ、行きなさい!」
「騎士様……必ず生きてまたお会いしましょう!」
来た道を引き返す馬車を背に、私は盗賊の前に立つ。
人数は10人、カーリャ夫人達が居たら苦労する人数だっただろう。
「おい騎士様とやら! 俺達が【銀翼】だって知ってて一人で残ったんだろうな?」
「知らないわ。とても翼で羽ばたける様には見えないし、銀よりも錆の方が似合ってるわよ」
「良い度胸じゃねえか。身ぐるみ剥がして夜のお楽しみにしてやるよ!」
「むさいおじさんに興味は無いし、錆びたイチモツなんかでまともに出来るの?」
「くっ……お前ら、手加減は要らねえ! やっちまえ!」
盗賊が殺気を放つと私も剣を抜く。
これまで幾度と無く敵を斬り伏せて来た愛剣・フランベルジュに炎の魔力を注ぐ。
すると盗賊の背後から1人の少年が顔を出した。
随分と変わった服装をしている。
私と同じ歳位だろうか、しかし彼には他の同世代とは決定的に違うものがある。
彼の周辺にあるマナ……あれは纏っていると言うのが正しいだろう。
彼が何者なのかは不明だが、盗賊達の行動を見る限り私の敵では無いらしい。
私の炎の剣は周囲に広がる。
この位置から盗賊10人をまとめて焼き尽くす炎を発すると、彼も巻き込んでしまう。
「そこの君、巻き込まれたくなければ逃げなさい!」
「もう巻き込まれてんだよ! それに……」
彼が私の警告に返事をした後、私は信じられない光景を目にした。
何も無い空間に闇が集まり、彼が手を沈めたかと思うと彼はそこから一振りの剣を取り出した。
彼の持つ【刀】と呼ばれる剣。
クロウが私と稽古をした際に握っていたものと同じ形状をしている。
盗賊も私と同様にその光景に唖然としていると、彼は不敵な笑みを浮かべて言った。
「売られた喧嘩は買う主義なんだわ」
次の瞬間にはリーダーらしき人物が彼に沈められた。
続く様にして私もフランベルジュを構えて一番近い人間を斬ると、止まっていた盗賊の時間が動き出した。
残った盗賊は彼に3人、私に5人に分かれて戦闘が始まった。
フランベルジュの剣先を盗賊に向けて距離を測る。
彼の戦いを横目に見ると剣士と呼ぶには相応しくない戦い方をしている。
刀を右手に持ち、斧の一撃を防ぐと蹴りで横の男を倒したと思ったら、防いだ斧を払い体勢を崩した男の腹に強烈な拳をねじ込む。
炎が彼を巻き込まない距離まであと少し……
ジリジリと彼との距離を広げていると、彼に切りかかろうとしていた男が剣を振り上げた姿勢で硬直した。
彼が硬直した体を薙ぐと、男は前のめりに倒れた。
それと同時に私の準備も整った。
「炎を宿す……フランベルジュ!」
呼応する様にフランベルジュから炎が巻き起こると通り抜ける風が熱を帯びて私の髪を撫でる。
白銀の髪は炎を映して紅に染まり、あの日全てを焼き尽くした私の姿になった。
「渦炎!」
フランベルジュを横一閃に振ると、炎は渦になり盗賊を飲み込む。
そして炎の渦が消えた時には巻き込んだ人間は地に伏していた。
「やるじゃねーか、お嬢ちゃん」
そう言って彼は刀を闇に戻し私に近寄って来る。
……お嬢ちゃん?
私と彼はさほど変わらない様に見える。
なんだったら私の方が歳上に見えなくもない。
彼は死にかけだった盗賊達に回復薬を与え、賞金首の可能性を指摘した。
しかし彼も旅人らしく地理に疎いのか、連行を諦めて私に言った。
「じゃあいいや、お嬢ちゃんちょっと手伝ってくれねーか?」
「何をするつもり?」
次の瞬間、私は耳を疑った。
(シェイド、縄とかあったっけ?)
(縛る物? 闇蜘蛛の糸ならあるよ)
私の耳……というか頭に彼ともう一つの声が響く。
姿は見えないが、彼の話し相手はシェイドと言うらしい。
彼は再び闇を生み出すと、中からさっきの話にあった闇蜘蛛の糸と思われる細い糸を取り出し、私に盗賊を吊し上げる手伝いをする様に要求して来た。
盗賊の持ち物だけでなく、衣服も全て剥ぎ取った彼と私は全裸になって見る影も無くなった【銀翼】と名乗る盗賊達を木に吊し上げた。
「ところで……王都グラストンの行き方を知らない? 私は旅人でこの辺の地理に疎くて」
(王都グラストンならボク知ってるよ、と言うかここから見えない?)
「アレじゃねーかな。俺もここに着いたばっかで知らないけど城があるならそうなんだろ」
シェイドと呼ばれた声の返事は私に向けられたものなのか、彼に向けられたものなのかは解らない。
彼が見た方向を見ると城が見える。
「そうみたいね。じゃあ私はそろそろ行くわ」
「おう、またどこかでな」
「あ……」
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「……いえ、次に会う事があったらその時にでも。じゃあね」
聞きたい事があった筈だった。
妙な服装について。
戦闘慣れしている理由。
シェイドと呼ぶ何かについて。
闇から出した刀について。
そして…….彼の名前。
しかし何故だろう。
私は彼とまた会う日が来る、そんな予感がしていた。
とりあえず今は日没前に、門が閉ざされる前に王都グラストンに入ろう。
そしてまた縁があればカーリャ夫人とノーベル君に挨拶しなきゃ。
夕陽が私の髪をオレンジに染める。
一陣の風を感じながら私は王都グラストンへ向かった。
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