第4話 盗賊と白銀の女剣士

シェイドと契約した俺はまず、自分の能力について確かめた。


500年前に眠る前では全属性の精霊の行使が可能で、当時は極大魔法と言われる各属性の最大魔法を10発は打てる程の魔力量を保持していた。


それと言うのも聖剣や装飾品のサポートがあったからこその能力も大きいだろう。

しかし今は武器や装飾品も無く、身体的な能力も随分と落ちている様だ。


「シェイド、今の俺の魔力でシェイドの目は借りられそうか?」


(そのくらいなら出来ると思うよ)


「じゃあ俺を見てくれ。俺の外見が知りたいんだ」


(あー……あんまり期待しないで見た方がいいよ)


シェイドがそう言うと俺の目に魔力が通り、シェイド視点から見た俺の姿を確認する。

上下ともに黒い服、決して仕上がっているとは言い難い骨格。

髪は下ろし上着のボタンは全てキチンと留められている。

一言で言うならこれは……


「だっっっっせえ! なんだコレ! 学ランじゃねーか!」


(ノワールの記憶から拾えた服で作ったんじゃないかな? あの小部屋にもボクの異空間にも、服とか防具と呼べる物はそれ以外には他に無かったよ)


俺は他人に見られる前にとボタンを全て外し、整った髪型をグシャグシャと乱した。


前世では勇者として名を馳せた俺が当時の見る影も無くなり、まるで入学式後の優等生だと言わんばかりの見た目をしているのだ。

恥ずかしくて身悶えしてしまう。

創造主には後で説教をしてやらなければならない。


さっさと洞窟を出てまずは服だ、服を買わなければ。

この世界の住人には物珍しい目で見られるだけだろうが、俺が恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


しばらく歩くと光が差し込むのが見えた。

ようやく薄暗い洞窟から太陽の光を浴びられると思いながら出口へ向かう。

洞窟を出るとそこに見えた最初の景色は……


大の男が10人、何かを囲んで今にも襲い掛かろうかと言う雰囲気を醸し出している。

うち1人が俺に気付き、声を荒げた。


「仲間が居やがったのか! お前も身ぐるみ剥がされたくなけりゃ荷物を全部置いていけ!」


意味がわからない。

俺はどうやらいちゃもんをつけられているらしい。

言われた内容から察すると、先に誰かが絡まれてた所に運悪く出くわしてしまった様だ。


(シェイド、契約したって事は異空間収納は使えるよな?)


(もちろんさ。ただ武器で言うと聖剣は無いから予備の【妖刀 宵燕(ヨイツバメ)】しか取り出せないかも)


(充分だ。こいつらで今の俺の出せる力を確かめる)


「おい盗賊、仲間ってのが何の事かはわからねーけどやるなら相手になってやるよ」


俺は相手に挑発の言葉を浴びせながら、先に絡まれて居た人物を探す。

するとそいつはすぐに見つかった。

大柄な男達を前にして佇む女性は白銀の髪を山風に靡かせ、腰に携えた剣に手を掛けて居た。


「そこの君、巻き込まれたくなければ逃げなさい!」


どうやら彼女も俺に気づいたらしい。


「もう巻き込まれてんだよ、それに……」


シェイドの力を借り、何も無い空間に闇を生み出す。

そこに手を沈めると見えはしないが確かにそこにある自分の愛刀を掴むと闇から引き出す。


「売られた喧嘩は買う主義なんだわ」


(ノワール、悪い顔になってるよ)


目の前で起こった現象に盗賊も彼女も面食らっている様だ。

500年間のブランクが俺にどの程度の影響を及ぼすか、今の世界がどう変わっているか解らない。

自分の身体能力がどこまで弱っているかもまだ把握していない。

普通に考えたらここは逃げるべきだろう。

だが、俺からすれば出会って2秒で喧嘩を売られた訳だ。

当然ぶちのめす選択しかない。

鞘から刀を抜き相手に剣先を向けて戦闘の開始を宣言する。


「いいぜ、やってやるよ。途中でヘタレんなよ!」


まずは一番俺に近い男の懐に斬りかかる。

刃を返し峰打ちで1人を沈めると、止まっていたその場の空気が動き出した。

彼女も剣を抜き同じ様に1人を薙ぐ。血飛沫が上がる所を見るに彼女は殺しに掛かるらしい。

当然だ、そうで無ければ自分の胴体が2つに割られる可能性もある。


盗賊が同時に3人俺に襲い掛かって来た。

右の男の斧を刀で受け、同時に中央の男に1発蹴りを入れて倒し左の男の進路を塞いだ。

右の斧を払い男の腹をぶん殴って膝から崩れたのを確認した直後、背後に左から迫っていた男が迫る。


しかし体が反応しない。

ここで俺の体が付いてこないと言うのは想定外だった。

頭にある次の動きに対して反応が鈍い。

かと言ってこの程度はピンチでも何でもないが。


「シェイド、【影縛り】!」


(お任せあれ!)


シェイドの返事と同時に背後に迫る男が金縛りにあった様に剣を振り上げたまま立ち止まる。

闇魔法、【影縛り】は文字通り対象の影を縛り付けて身動きを制限する。

立ち止まる男に容赦なく袈裟斬りを浴びせて影縛りを解除、男は前に倒れた。

残りの6人は彼女の方に向かっていったらしい。

とは言え最初の一太刀で1人を斬ったからあと5人か。


援護に向かおうと視線を向けた先にあったのは予想の斜め上の光景だった。

白銀の髪は紅に染まり、先程の女性が纏っていた空気とはまるで別物の圧を感じる。

鬼気迫る表情を向けられた盗賊が後退りすると、彼女から発せられた圧の正体が判明した。

構えた剣に炎が迸り、その色を彼女の白銀の髪が映している。


(ノワール、あの子から感じない?)


(あぁ、ハッキリと断言は出来ねーけどアレは……イフリートのマナだ)


炎の大精霊イフリート、邪神を倒す為にかつて俺と契約した精霊のうちの1人。

通常の魔法は世界に存在するマナを集めて魔力に変換、行使する。

しかし大精霊のマナと言うのは性質がまるで違っていて言わば炎の本体、イフリート自体が炎そのものだと言っても過言では無い。

しかし彼女の剣に宿った炎はイフリートのマナによる炎ではあるが燃えかすの様な微々たる気配しか感じ取れない。


(契約した訳じゃなさそうだな)


(あの頑固親父が年端も行かない人間の女の子と契約なんてしてたらボク笑っちゃうなぁ)


「【渦炎(かえん)】!」


彼女が叫び、剣が横一文字に振られると、炎が渦となり囲んで居た盗賊を包み込む。

炎が消えた時には彼女は地に伏した男達を見下ろして居た。


「やるじゃねーか、お嬢ちゃん」


刀を異空間に戻すと俺は彼女に歩み寄った。


「……巻き込まなくて良かったわ」


「巻き込むってお嬢ちゃんの炎に、って意味だったのか」


彼女の炎を浴びた男達の傍らに座り生死を確認すると、まだ息はある様だ。


「こいつら何なんだ?」


「知らないわ、いきなり出てきて荷物全部置いていけって。【銀翼】とか何とか言ってたと思うけど、君は知ってる?」


「知らねー。まぁいいや」


俺は再び異空間に手を入れると回復薬を取り出して焼かれた者、斬られた者に振り掛けた。


「お人好しなのね、こんな奴らに回復薬なんて」


「本当にそう思うか?【銀翼】って名乗ったならそれなりに知名度に自信があったんじゃねーか? だとしたら賞金首かもしれねーだろ?」


「仮に賞金が掛かっていたとしてもこの人数をどうやって、どこに運ぶのよ」


確かに。

10人も居ると彼女の力を借りても街の場所も知らない俺には荷物としては重過ぎる。


「じゃあいいや、お嬢ちゃんちょっと手伝ってくれねーか?」


「何をするつもり?」


(シェイド、縄とかあったっけ?)


(縛る物? 闇蜘蛛の糸ならあるよ)


闇の異空間から物を出したり戻したりの光景に彼女は特に何も感想は無いらしい。

ただ目線は冷ややかだった。


「お嬢ちゃんはこれでこいつらをぐるぐる巻いてくれ、吊るすから」


「えーと……吊るす理由は?」


「喧嘩売られて、勝ちましたー。だけじゃこいつらの罰にならないだろ? 身ぐるみ剥がすとまで言われたんだから、勝った俺達にはこいつらに同じ事をする権利がある。違うか?」


「プッ……アハハハハ! そうね、私達には当然の権利よね。良いよ、その話乗った!」


正直、引かれると思ってたから意外な反応だ。

俺と彼女は盗賊達の衣服や武器、持ち物を含めて全てを剥ぎ取り、近くにあった木に全員を吊し上げた。


「こんなもんだろ! ひと仕事した後の達成感があるな!」


「お人好し発言は撤回するわ。君も悪党だった。でもおかげで久しぶりにあんなに笑ったよ」


「おう、人生面白おかしく生きなきゃな」


「ところで……王都グラストンの行き方を知らない? 私は旅人でこの辺の地理に疎くて」


(王都グラストンならボク知ってるよ、と言うかここから見えない?)


シェイドに言われ、遠くを見渡すと海沿いに大きな塔とそれに並ぶ城が見える。


「アレじゃねーかな。俺もここに着いたばっかで知らないけど城があるならそうなんだろ」


盗賊から奪った武器や道具は嵩張るので異空間収納が出来る俺が。金を彼女に戦利品として渡して別れた。


「そういや名前を聞いてなかったな」


(イフリートの件もね、良かったの?)


「あんだけ強いならまたどこかで会う事もあるだろうよ。目的地も一緒みたいだしな。それより俺達も行こうぜ、王都グラストンとやらに」


(一緒に行けば良かったじゃんか)


「新婚旅行じゃあるまいし、女と2人で入国なんてしたくねーわ」


(ノワールって妙な所で変な気を遣うよね。それとも好みのタイプだった?)


「うるせー、バーカ」


吊るされた盗賊を尻目に立ち上がった俺は王都グラストンに向けて歩き始めた。

この山道は後にマッパー山道と名付けられる。

そしてこの事件からしばらくの間、王都グラストンにて【追い剥ぎノワール】と呼ばれ恐れられる様になる事を当事者である俺はまだ知らない。


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