第3話 再契約と命名


「なぁ、シェイド」


「なんだい? マスター」


「普通、最初は街とか草原とか景色を見渡せる小高い丘とかから始めるもんじゃねーか?」


白い小部屋では爺に呼び掛けたが反応は無く、仕方なくシェイドの力で地上に転移して来た。

しかしさっきまで居た目がチカチカする様な部屋とは一転、転移先は暗闇に包まれていた。


正しくは薄ぼんやりと魔力の結晶が光を放つ程度の明かりはあるが、それでも歩くには不便と言わざるを得ない。


「しょうがないだろ? だってボクは闇の精霊だし、転移先の指定なんかしてないじゃないか」


闇の精霊とは光を苦手としている。

光に当たると消滅する、なんて事は無いが普段闇の精霊が居るのは洞窟や地下。

文字通りの闇の中を好んでいる。


「じゃあシェイドは俺の中に入れ。それで今は許してやるから」


「はいはーい、早速ボクに感謝してよね」


シェイドの姿は見えないがその言葉の後、自分の中に魔力が湧いて来るのを感じた。

同時にその暗闇が晴れていく。


「やっぱ洞窟じゃねーか、しかもこの感じだと天然の洞窟だ。人里まで何日掛かるんだよ」


(そんなに掛からないと思うよ?人の気配が複数ある所を選んで転移したから、ちょっと歩けば人は居る筈だけど)


シェイドと言う精霊は以前から適当と言うか雑と言うか。

物事に対してその場の気分で行動する傾向があった。

これで精霊の根源と呼ばれる大精霊の1人なのだから世の中解らないものだ。

だからこそ俺とは気が合い、こうして一緒に居てくれるのだろうが。


(そうそう、マスターは今びっくりするくらい魔力が少ないからね)


「は?」


(1000年の予定が500年で起きたからじゃないかな? おまけに体も……成人だっけ? 20歳いってない程にしか再構築出来てないみたいだね)


そう言えば自分の見た目の確認を忘れていた。

若かりし時の俺がどうだったかなんておぞましくて考えたくもない


「ま……まぁいきなり戦う事にはならないだろ。もう邪神も魔獣も居ないんだからな」


(甘い、甘いよマスター。魔獣は存在するし人間だって悪意が無い訳じゃないんだから戦う事もあるかもよ?)


「魔獣がまだ居るって……嘘だろ?」


魔獣は邪神が生み出していた怪物の総称だ。

邪神を倒した事によって生み出される事は無いと思っていたが……


(どうやらマナを過剰に受けた獣が魔獣化しちゃってるみたいだね。マナの摂り過ぎも毒って事)


カロリー摂り過ぎは太るみたいな言われ方をされたが、それよりも疑問は別にあった


「マナが安定した状態で供給されてないのか……?」


(へなちょこ雑魚マスターにしては鋭いね。世界もマスターと同じでまだ未完成なんだよ。特に獣は人類みたいに知恵を持たないとマナを魔力に変換出来ない)


「その結果、魔力変換されないマナを大量に浴びて体内で暴走して魔獣化か……」


どうやら思い描いていた世界までにはまだまだ道のりが遠いらしい。

確かに今の俺にはシェイド以外の精霊は居ないし体力的に戦闘は長続きはしないだろう。


「ところでシェイド、俺を雑魚って言ったよな?」


(言ったよ?事実じゃーん)


「ここでお別れだ、俺から出て行け」


(えっ)


なんだか久しぶりに気の許せる相手と話しているからだろうか、俺の悪い所が出てしまった。

シェイドがちょっと調子に乗ってるのでからかってやる事にした。



「お前とはやっていけない気がしてきたんだ、短い間だったけど助かったわ、じゃあな」


(待って待って待って待って)


釣れた。

シェイドは気分屋だけど寂しがり屋でもある。

500年間待ってた位には俺に依存しているらしい。


(なんで? なんでそうなるの? ごめんってば)


「闇の精霊様のおっしゃる通り、俺はクソ雑魚なのでご迷惑をお掛けしてしまいます。なのでここでお別れにしましょう」


(やだよ、やめてよ……シェイドって呼んでよマスター……)


相変わらずだ。

出会った時からシェイドの寂しがり屋は変わっていないらしい。

なんだかいじめてるみたいで気が引けてきたからここまでにしとこう。


「冗談だシェイド。悪かった」


(……一緒に居ても良いの?)


「あぁ、俺から頼みたい。どうやら俺が弱いのは事実らしいしな。だから力を貸してくれねーかな」


(……マスター、やっぱり契約しよう)


「……シェイドはそれでいいのか?」


精霊は契約を交わす事により対象に力を与える。

シェイドの場合は闇の精霊魔法の使用を可能にし、身体能力のや魔力の向上、潜在能力を引き出すなどのメリットがある。


しかしその反面、精霊にとってはメリットが見当たらない。

契約により契約者と共に居る事となり、苦手とする場所に同行する必要もある上、契約者の死、あるいは双方の意思が無い限りは契約は破棄されない。


かつて俺が全ての精霊と契約出来たのは邪神を倒すと言う目的の一致があったからこそだった。


(元々ボクには守護領域って呼べる場所も無いし……マスターと一緒に世界を見て回る方が楽しそうだからね)


「じゃあ俺から契約する条件を一つ……これが難しいなら契約はしない」


(なんだい?)


「どっちが上とか下とかじゃない、主従関係じゃなくて相棒としての契約だ。この条件でどうだ?」


(いいさ……いいともさ! ボクは……闇の大精霊シェイドはマスターと契約しよう!)



シェイドが契約の成立を宣言すると俺は右の手を握り前に突き出す。

周囲を闇のマナが覆い、やがてそれは俺の右手の中指に指輪として形を成した。


「契約完了、だな」


(今後とも宜しくって事で! ところでマスター、主従関係じゃないなら呼び名をそろそろ決めないかい?)


「あぁ、そうだったな……闇の大精霊の相棒だからそれになぞった名前にするか」


(じゃあマスター、せっかくだしボクが名前をつけてもいいかい? 黒を格好良くしてノワールなんてどうかな?)


「本名の黒乃から黒を取ってノワールか……シェイドが付けてくれたんなら文句は無い。今日から俺はノワールだ」


(やったね! じゃ、さっさと洞窟を出ようよノワール)



こうして俺は新しい世界で闇の大精霊シェイドと契約し、ノワールとして自由気ままな2人旅を始める事になった。

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