短編集

半井 まお

01:少年少女の何気ない会話

少女は小さな溜息を一つこぼし、つまらなそうに読み終わった本を閉じた。

「つまんない、こんな終わり方じゃ誰も幸せになってないじゃない」

バサリと乱雑に投げられた本の表紙には、どこかの名も知らぬイラストレーターが描いた人魚姫が王子を見上げていた。大多数の児童なら一度は目にするその絵本作品を小説としてリメイクされた物だと教えられ、少女は少なからず展開が変わっているのではと淡い期待を抱いたのだ。しかし当然そんな事は無く、物語は多少の加筆はあるものの大筋となる流れは変わっていなかった。

「僕はそんなことないと思うけど……この話のどこがそんなにつまらないの?」

少女と同じ年頃と思われる、向かい側に座っていた少年が投げ捨てられた本のページをめくる。

「どこがって?何もかもじゃない!この人魚姫は結局特に何もしないで自滅するし、王子はぽっと出のお姫様に簡単に唆される木偶の坊だし。読者に何を伝えたいのか分からないわ」

只のフィクション作品にまでご丁寧に憤慨する彼女に、少年は困ったように微笑を浮かべる。

「この人魚姫は愛に溺れたんだよ、王子様は海で溺れたけどね。そして人魚姫は王子様が何よりも大切で愛していたから、種族も生きる世界も違う自分より同じ人間であるお姫様との幸せを願って身を引いたんだと思うよ」

自身の解釈をゆっくりと紡ぎ出した少年に少女はポカンとした顔で見つめ返した。

「驚いた、貴方ってそんなロマンチックな考え方するのね」

「男の僕がそんなこと考えるのはちょっと気持ち悪いか」

どこか寂しげな表情で呟いた少年に、少女はいいえ、と首を振る。

「それも一つの価値観よ」

フォローとも取れる台詞に少女はハッと我に返り、慌てて椅子から立ち上がった。

「ほらもう、こんなバッドエンドな話の感想なんか無理よ!別の作品にするわ」

背を向けて本棚の本を吟味し出した彼女を見ながら、少年は穏やかで優しげな笑みを零す。

(「まあ人魚姫が身を引いたのはきっとそれだけじゃないだろうけどね」)

愛に溺れた人魚姫に感情移入しつつ、彼女が次の作品として手に取った銀河鉄道の夜に、少年は再び来る流れを見越して手元の本を開くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 半井 まお @felicita0_0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ