第3話「疑念と決意」

《みんな!ルナティックが現れたセント!場所は彩花駅前!急いで向かってくれセント!》


 ポケットに入れているクレセントワンドからテレパシーが伝わってくる。この軽快な声の主は「セレネ」……クレセントのサポートをしている妖精だ。丸っこいウサギのような見た目をしているけど、魔法少女にしか姿が見えないらしい。3ヶ月ほど前、突然私の前に現れたセレネからワンドを託され、それ以来魔法少女としてルナティックと戦うようになった。けど、今回は不死身堂との掛け持ちを始めて以来初の出動……おおよそ1週間おきに現れるルナティックと違って、ほぼ毎日現れるアクダマとの戦いに慣れてしまったせいで、なんだか久しぶりな気がしてしまう。


 駅前に着くと、セレネから言われた通り15mほどの大きさの白い怪物——ルナティックが暴れていた。まだそれほど被害は出ていないけど、放っておけば駅前が大変なことになるだろう。

 まずは隠れる場所を探す。幸いと言うべきか、ルナティックの攻撃によって人々が逃げたおかげで、今はほとんど人がいない。適当な物陰に隠れて、ワンドを取り出す。


「クレセント、フェイズチェンジ!」


 そう唱えながら、ワンドの先端にある丸い石に触れる。まばゆい光に包まれて、全身に力がみなぎる。ペンほどの大きさしかなかったワンドは私の身長と変わらないくらいの長さに伸び、丸い石は三日月の形に変化する。そうしてピンク色の魔法少女コスチュームを纏った私は、ルナティックの方角に向かって飛び出す。変身前の何十倍もの身体能力を持つこの姿なら、一瞬でその距離を詰められる。そしてワンドを大きく振りかぶって──。


「やあっ!」


 三日月形の石で、ルナティックの体を殴りつける。……が、ここで自分の間違いに気づく。今の私は、不死身堂ではなくクレセントの魔法少女。その手に握っているのはアクダマを浄化する槍ではなく、魔法弾を撃つ杖なのだ。ここ数日は不死身堂の魔法少女として戦っていたこと、そしてクレセントワンドが長さも重さも不死身堂の槍に似ていたせいで、つい殴ってしまった。


「桃花ちゃん!何やってんの!?」


 すぐ近くのビルの上にいたイエローのコスチュームの少女が、私に声をかける。彼女の名前は日向ひなた あおい……私と同じく、クレセントの魔法少女だ。どうやら今の私の行動を見られていたらしい。


「ごめん!間違えた!」


 とっさに慌てて取り繕う。今ので変に思われただろうか。これが原因で魔法少女を掛け持ちしていることがバレたりしないだろうか。とにかく、今後は気をつけないと……。


 空中を蹴って、あおいちゃんがいる屋上に飛び降りた。不死身堂の魔法少女にはできない動きだ。

 クレセントと不死身堂は、同じ「魔法少女」でもできることが違う。そもそも星野さん曰く、不死身堂は正確には「魔法少女」ではないそうで、単に私たちが食いつきやすいようにそう呼んでいるだけらしい。それは詐欺ではないだろうか。

 不死身堂の魔法少女は紋章から出る武器が要で、「武器を扱うための姿」に変身しているに過ぎない。筋力や動体視力などの身体能力も上昇するけど、あんまり魔法っぽい能力はない。

 対してクレセントの方は「ザ・魔法少女」といった感じだ。全員がそれぞれのイメージカラーのコスチュームに身を包み、杖から魔法弾を飛ばして戦う。さらに、私たちの正体がバレないように保護する能力もあって、一般人からは私たちの顔はモザイクがかかったように見えているらしい。声も加工された音声のように聞こえるし、互いの名前を呼んだ場合はその部分がかき消されるという。初めて魔法少女がテレビに映った時、てっきりプライバシーに配慮して映像を加工しているんだと思っていたけど、人々からはその映像の通りに見えているのだと言われた。だから不死身堂の人たちも、私の顔を見て「クレセントの魔法少女」と思わなかったのだろう。


 屋上には、あおいちゃんのほかにもう一人いた。オレンジ色のコスチュームの少女……この子は菱川ひしかわ ふう。やはりクレセントの魔法少女だ。楓ちゃんは私の顔をじっと見つめたまま何も言わない……いつもこんな感じだけど、何を考えているかわからなくてちょっと不気味だ。


「あとの2人は?」


「まだ来てない。けど、これくらいなら私たちだけで余裕っしょ!」


 そう言って、あおいちゃんはワンドを構えた。


「楓ちゃん、援護よろしく!」


「うん……バインド・チェーン」


 楓ちゃんがぼそりと呪文を呟き、先端の石が光る。同時に周囲のビルの壁が白く光って、そこから飛び出した無数の鎖がルナティックの体に絡みついた。


「よっしゃあ!」


 あおいちゃんが鎖の上を走って、ルナティックの真上に跳び上がる。そうして上空から……。


「サンライト・インフェルノ!!」


 杖の先端から炎の柱が噴き出して、ルナティックの体を包み込む。ルナティックは身をよじらせるけど、鎖に阻まれて動けない。かなり弱ったことを確認すると、あおいちゃんはこっちに戻ってきた。


「トドメ!3人で行くよ!」


「はい!」


 3人でワンドを掲げて、息を合わせる。


「「「フルムーン・バースト!!」」」


 それぞれのワンドから出た光線が混ざり合って、一本の太い光の束になる。それがルナティックを貫いて、断末魔の声を上げながらその巨体が崩壊していく。散らばったエネルギーは私たちが持つクレセントワンドに吸い込まれて、跡形もなく消滅した。何度味わっても清々しい気持ちになる。


「ふぃー……」


 地上に降りた後、あおいちゃんが変身を解除する。私と楓ちゃんも変身を解除して、小さくなったワンドをポケットにしまう。と、そこにセレネが飛んできた。


「みんなの活躍で、無事にルナティックを倒せたセント!また現れたらよろしく頼むセント!」


 いつ聞いても無理のある語尾で話すウサギの妖精は、そう言ってどこかへ飛び去って行った。


「お疲れ、二人とも!」


「あおいちゃんもお疲れ」


「じゃ、私この後テレビの仕事あるから!またね!」


 そう告げると、あおいちゃんはさっさと走り去ってしまった。彼女は私と同い年でありながら、子役としての仕事もこなしている。小学生の頃から『まるまるワンダーランド』という子供向け番組のレギュラーを務めていて、私も顔と名前くらいは知っていた。「中学生」「子役」そして「魔法少女」……彼女も私と同じく「掛け持ち」している身なのだな、と思った。


「じゃあ、私もこの辺で」


 そう言って立ち去ろうとした時、不意に楓ちゃんが私の手首を掴んだ。


「……やっぱり」


「え?」


「桃花、不死身堂に入ったんだ」


 背筋が凍る。どうして彼女がそのことを……。


「私も、元々不死身堂にいたの」


 楓ちゃんはそう言いながら、普段は袖の中に隠している自分の右手を見せた。かなり掠れてはいるけど、確かに四角い紋章が刻まれている。


「楓ちゃんも……不死身堂の魔法少女……?」


「元、ね」


 そう言えば、私が不死身堂に入ったあの日、星野さんは「少し前までもう一人いた」と言っていた。もしかして彼女がそうなのだろうか。確か、不死身堂の紋章は定期的に使っているうちは残るけど、使わないと徐々に薄れて、最終的には消えてなくなると聞いた。彼女の紋章はまさに消えつつある状態らしい。


「えっと……なんで辞めちゃったの?」


「つまんないから」


 あまりにも簡潔な答えに、どう返せばいいのか困惑する。


「私はもっと、楽しいことがやりたかった。そんな時にセレネから魔法少女に選ばれて、クレセントに入った」


「……不死身堂の人たちには?」


「何も言ってないよ」


 十文字さんの怒った顔が脳裏をよぎる。楓ちゃんは無断で不死身堂を辞めて、クレセントの魔法少女になったのだ。だとしたらあんな風に怒るのも無理はないかもしれない。


「今からでも、何か伝えた方がいいんじゃない?きっとみんな心配してるよ」


「いいよ、そんなの……それより、桃花も気をつけた方がいいよ。不死身堂にいたら……死んじゃうから」


「死ぬ……?どういうこと?」


「さあね。明日太にでも聞けば?」


 それだけ言うと、楓ちゃんはその場を立ち去ってしまった。

 不死身堂について、まだ何か聞かされていないことがある──そう思った私は、それを確認するべく不死身堂へと向かった。


 部屋に入ると、そこには星野さんしかいなかった。机に向かったままスマホを触っていて、いかにも暇そうだ。


「星野さん、聞きたいことがあるんですけど」


「ん?どうした?」


「辞めていったもう一人の魔法少女について聞かせてもらえませんか」


 星野さんのスマホをいじる手が止まり、ゆっくりと振り向いた。


「……なんでそんなことが気になるんだ?」


「ちゃんと聞いておかなきゃいけない気がしたから」


 星野さんはしばらく俯いた後、顔を上げてこう言った。


「ダメだ。辞めた奴にもプライバシーってものがあるからな」


「菱川楓……って名前ですよね?」


 私がその名を口にすると同時に、星野さんが目を見開く。


「……誰に聞いた?環か?」


「それは言えません。でも、何か事情があるんですよね?」


 星野さんはまた黙り込み、ボリボリと頭を掻き始めた。


「あいつが辞めたのは、俺のせいなんだ」


「何があったんですか?」


「魔法少女として戦って命を落とした奴はいるのか……そう尋ねられた」


「……それで?」


「『そんな奴はいない』なんて嘘をつくわけにもいかないから、正直に話したんだよ。過去に命を落とした魔法少女について」


「……その話、詳しく聞かせてください」


 星野さんは腕を組んで首をゴキゴキと鳴らし、観念したように話し始めた。


「アクダマは、人間の負の感情から生まれる。基本的には個人の感情だから大した力は持たないんだが、世の中で災害が起こった時、大勢の人々の感情が集まって強大なアクダマが生まれることがある。そして、そういうアクダマとの戦いでは命を落とす者も少なくない」


 強大なアクダマ……今まで私が戦っていたものが「大した力は持たない」と言われるならば、相当に強いものなのだろう。


「中でもひどかったのは、100年ほど前に現れた奴だ。そいつは『荒神アラガミ』と呼ばれ、日本全国で深刻な被害を出していた。やがてそいつが彩花に来た時、不死身堂が迎え撃つことになったんだが……当時の構成員のほとんどが亡くなり、先代目付け役もその時に死んだ」


 先代目付け役……星野さんの前に不死身堂をサポートしていた狐のことか。


「最終的には討伐に成功したが、甚大な被害を受けた不死身堂は規模を縮小し、少数精鋭で戦うようになった。いざという時、俺がお前らを守ってやれるようにな」


 星野さんは遠い目をしながらそう語った。


「……そう言えば、星野さんはアクダマと戦わないんですか?」


「ああ、それは“掟”で禁じられているんだ」


「掟?」


「不死身堂をはじめ、アクダマと戦う戦士たちは妖狐から力を授けられている。だが、あくまで『力』だけだ。人間が生み出したアクダマを倒すのは人間でなければならない。妖狐がアクダマとの戦いに直接介入することは硬く禁じられているんだ」


 よくわからないけど、狐には狐の事情があるらしい。


「……それで、その話を聞いた彼女は?」


「この話をした時点では興味なさそうな感じだったんだが、その後急に行方をくらましてな……タイミング的に、俺がこの話をしたせいだろう」


 “不死身堂にいたら死んじゃうから”——楓ちゃんの言葉を思い出す。


「それで……もし怖くなったなら、辞めてもいいからな」


 星野さんは私に背を向けてそう言った。彼なりの優しさなのだろう。けど……。


「いえ、辞めませんよ。戦うって、そういうことですから」


「……そうか」


 顔は見えないけど、その声はどこかほっとしているようだった。アクダマが存在する限り、誰かがそれと戦わなければならない。人々を守るために、誰かが死ぬかもしれない。けど、ここまで知っておいて「私の代わりに誰かが死ねばいい」なんていう風には考えられない。もしも“その時”が来ても、私は運命を受け入れよう……そんな風に思った。

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掛け持ち魔法少女 妖狐ねる @kitsunelphin

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