第2話「過去と現在」

 星野と名乗る男に連れてこられた場所は、商店街にある不死身堂の店舗だった。店内にはこしあん、つぶあん、抹茶あん、カスタード、チョコレート、など様々な味のきつね饅頭が売られていて、ガラスの壁の向こうでは専用の機械が饅頭を焼いている。本当に、私が知っている「不死身堂」だ。こんなところが魔法少女の本拠地……?


「こっちだ」


 星野さんは店の奥にある「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉を開けて私に呼び掛けた。すぐ横のカウンターにいる店員さんも星野さんに会釈しているので、彼はここの人間で間違いないらしい。扉を抜けると古民家のような間取りの部屋があって、私と同じくらいの年頃の女の子が2人いた。片方は白っぽいワンピースに身を包んでメガネをかけた背の高い女の子、もう片方はワインレッドのTシャツにベージュの短パンを穿いた、一見すると男の子にしか見えない女の子だ。


「お前ら、いたなら来てくれりゃよかったのに……」


「え?どこに?」


「アクダマの現場にだよ」


「知らねえよ……そんな話聞いてないし」


「いや、ちゃんと連絡しただろ!?」


「聞いてねえよ。ホントに送ったのか?」


 Tシャツの少女の言葉を聞いて、星野さんはポケットからスマホを取り出した。


「あー……そうか、送信する前に彼女を見つけたんだった」


「こちらの方は?」


 ワンピースの少女が私の方を見て尋ねる。


「ああ、さっきそこで出会ったんだ。お前らの後輩になる」


 ということは、どうやらこの二人が不死身堂の魔法少女らしい。


「初めまして、私は丸山まるやま たまきです」


 ワンピースの少女が名乗った。


「三角桃花です」


「じゃあ、『ももちゃん』って呼んでいい?」


「は、はい……」


 突然会話の距離感を縮められて、少し戸惑う。


「新入りぃ?ホントにちゃんと戦えるのか?」


「かっちゃん、ちゃんと自己紹介しないと」


「……オレは十文字じゅうもんじ かけるだ」


 Tシャツの少女も名乗る。名前まで男の子っぽいな、と思ったけど口には出さなかった。


「彼女の強さは俺が保証する。たった今アクダマを倒してきたところだからな」


「すごい!一人でやったの?」


「ええ、まあ……」


 正直なところ、さっきのことはよく覚えていない。「本能のままに戦っていた」とでもいうような感じで、夢中で武器を振り回していたらいつの間にか終わっていたのだ。今までクレセントで魔法少女として戦ってきていて、こんな感覚に陥ったことはなかった。


「さて、それじゃあ……何から話そうか」


「あの、不死身堂の魔法少女って、この2人だけなんですか?」


 私は星野さんに尋ねた。


「去年はもっといたんだが、みんな受験で辞めちまってな」


「受験……」


 魔法少女というファンシーな概念に、突如として突き刺さる現実的な単語。考えてみれば当然のことだけど、なんとなく「重い」。


「それと、ちょっと前まではもう一人いたんだが、そいつは──」


「あいつのことはもういいだろ!」


 突如十文字さんが声を張り上げ、星野さんの言葉を遮った。


「……すまない、忘れてくれ」


 何があったのか気になるけど、聞かない方がよさそうだ。……と、緊張した空気をほぐすかのように丸山さんが口を開いた。


「明日太さん、アクダマのことはもう説明したの?」


「そうだった、軽く説明はしたけど、ちゃんと話してはいなかったな」


 星野さんはその場に座り、私の顔をじっと見つめた。


「その前に、一つだけ確認しておく。これから先の話は口外禁止だ。聞いたが最後、元の平凡な日常には戻れない。一生魔法少女として生きることになるかもしれない、ということを覚悟してほしい。もちろん、その覚悟がないというのであれば、ここで帰ってくれて構わない」


 星野さんの表情は真剣で、これが脅しでも何でもないことを示していた。けど、「元の平凡な日常」と言われても、私は元々魔法少女で、平凡な日常は送っていなかった。それに、「一生魔法少女として生きる」と言われても、さっき受験で辞めた人たちの話を聞いたばかりだ。クレセントの魔法少女としても「口外禁止」と言われているし、今更秘密が一つ増えたところで、といった感じがある。

 ……そういえば、私がクレセントの魔法少女であることは話した方がいいのだろうか?成り行きでここまで来てしまったけど、私は既に魔法少女で、この不死身堂に加われば魔法少女を掛け持ちすることになってしまう。それは何というか……大変そうだ。


「えっと、あの……私、実は……」


 そこまで言いかけて、言葉に詰まる。クレセントの魔法少女であることだって口外禁止と言われているのだ。同業者なら話しても、と思わなくもないけど、なんとなく不誠実な感じがしてしまう。


「……やっぱり怖いので、やめてもいいですか?」


 私がそう言った瞬間、真剣そのものだった星野さんの表情がしょんぼりとする。「そうか……」と小さな声を漏らし、どう返事をするか考えているようだった。


「あ、あのねももちゃん!怖がらなくていいよ!私だって臆病だけど、ちゃんとアクダマと戦えてるし!それに……人が足りなくて、ホントに困ってるの!」


 丸山さんが私にすがりつく。


「お願い!一緒に戦って!」


 彼女の澄んだ瞳が、メガネのレンズ越しに私の目を見つめる。その視線からは本当に困っているという様子が痛いほど伝わってくる。……ここまで言われて断れるほど、私は冷酷な人間ではない。


「……わかりました。絶対に誰にも話しません。聞かせてください」


「ありがとう、ももちゃん……」


「わかった、話そう」


 星野さんはゆっくりと立ち上がり、奥にある棚から一冊の本を持ってきた。ひどく古びた紙に、筆文字で難しい漢字が書かれただけのシンプルな表紙。「不死身堂」と読めそうな部分があるけど、ほかはわからない。歴史に詳しくない私でも、何百年も前に書かれた本であることはわかった。


「さっきも話した通り、アクダマというのは人間の負の感情から生まれる。そしてそれは、人類が文明を手にする前から付きまとう、呪いのような存在だ」


 星野さんは本を広げて私の前に置いたけど、ぐしゃぐしゃとした筆文字が躍るばかりで全然読めない。多分読まなくてもいいのだろうというのは丸山さんや十文字さんの反応から想像できた。


「人類は古代からアクダマと戦い続けてきた。世界中に残っている怪物退治の伝承がそれだ。一部の人間にしか見ることができず、見える者たちがアクダマと戦う宿命を背負った」


 私もまた、宿命を背負った人間の一人ということか……。


「日本でも長らく、多くの人々がアクダマと戦ってきた。各地に残る神社や寺が戦士たちの拠点だった」


「えっ……」


 それはつまり、神社やお寺にも魔法少女がいるということ……?


「しかし、今から800年ほど前、そうした戦士たちが人々から慕われ、力を持つことに危機感を覚えた幕府が、『アクダマは戦士たちが生み出したもので、人々を惑わせるためにやっている』と嘘を流し、彼らの立場を失墜させた」


 800年ほど前というと、鎌倉時代だろうか。そんなことがあったなんて……。


「だが、アクダマと戦わなければ世に混乱が訪れてしまう。戦士たちは表向きには別の仕事をしつつ、裏でアクダマと戦うようになった」


 表向きは別の仕事……なんとなく話が読めた。


「そして、今から300年ほど前に戦士の一派が創業したのがこの不死身堂だ。表向きは菓子メーカーとして営業しているが、その本当の顔は……」


 そこまで言って、星野さんは懐からさっき私の手のひらに突き刺した短刀を取り出した。刀身には奇妙な模様が刻まれていて、文字のようなものもある。


「これは武邪器むじゃき……人間にアクダマと戦う力を授ける道具だ。不死身堂に所属する戦士はこれを使って紋章を刻み、武器を手にする」


 私は自分の手のひらを見た。三角形の紋章……この中にさっきの槍が入っているのだろうか。


「さっきお前が使った槍は、お前の持つエネルギーを変換して生成されたものだ。自分の意志で自由に出し入れできる」


「へー、ももちゃんは槍なんだ。私の武器は弓矢だよ!」


 丸山さんが手のひらを広げて見せると、そこには私とは違い円形の紋章が刻まれていた。


「で、かっちゃんは双剣!見て!」


 そう言いながら十文字さんの手を掴んで私に差し出す。バツ印のような形……どうやらこの紋章の形と武器は人によって違うらしい。クレセントではみんな同じ杖を使っているけど、こういうのも個性があって面白そうだ。


「……ところで、それって一体何なんですか?人を魔法少女にするって……」


 私は星野さんが持つ短刀──武邪器を指した。


「ああ、これは先代の目付け役が不死身堂設立の時に作ったものだ。先代が亡くなった後、俺が引き継いだ」


「……あれ?不死身堂の設立って、300年前ですよね?それが先代なんですか?」


「ん?あ、そうか。まだ言ってなかったな……俺も先代も人間じゃなくて妖狐……いわゆる化け狐なんだよ」


「……えっ?」


「そういう顔になるよな。オレもそうだったよ」


 十文字さんが私の顔を見て笑った。さっきまでずっと不機嫌そうな顔をしていたけど、笑うとかわいい。


「狐……狐……」


 目の前に座っている人物は、どう見ても人間の若い男性だ。それが、狐?そういえば、最近どこかで狐の話を……。


「きつね饅頭……?」


「それは先代が考案したやつだ。俺じゃない」


 星野さんは割と強めに否定した。狐にとって、狐の顔の形の饅頭はどういうものなのだろうか。少なくとも、彼は自分が作ったとは思われたくないらしい。


「とにかく、そういうことだ。何か質問はあるか?」


 遥か昔から存在する魔法少女。私たちが知らないところで、ずっと戦っている人たちがいた。なんというか、世界の秘密を知ってしまったような気分だ。そして、気になることと言えば……。


「えっと……今話題の『クレセント』も、同じようなものなんですか?」


 時が止まり、静寂が訪れる。何かとても愚かなことを口にしてしまった……そんな気がする。沈黙を破ったのは、十文字さんだった。


「あれはオレたちの敵だ。いつもオレたちが倒そうとしたアクダマを先に倒しやがる。おかげで何度無駄足を踏まされたか……!」


「かっちゃん、そんな言い方よくないよ。クレセントの人たちだって街のみんなのために戦ってくれてるんだから……」


「けど、オレはあいつらが気に入らない。大体、なんであいつらはあんなに目立って──」


「まあまあ、二人とも落ち着いて。……俺の見解を述べよう。クレセントは、アクダマ退治に関しては素人だ」


「素人?」


「アクダマってのは、負のエネルギーの塊だ。そのまま倒すと、エネルギーが残留して周囲に悪影響を及ぼす。ただ破壊するだけでは根本的な解決にはならないんだ。アクダマを完全に処理するためには、その性質を反転させて『浄化』する必要がある」


 そう言えば、さっき私が槍を使ってアクダマを倒した時は、光に包まれて消えていった。あれが「浄化」ということなのだろうか。


「ただ……最近現れるようになったデカいアクダマ。あれを倒すことができるのはクレセントだけだ」


 デカいアクダマ……ルナティックのことか。


「それは、ルナ──大きいアクダマの方が強いってことですか?」


「強いというか何というか……デカいアクダマのエネルギーは、負でもなく正でもない、中性なんだ。だから反転させても浄化することができない。クレセントがどういう魔法を使っているのかはわからないが、アレを倒すことに関しては俺たちではかなわない。そもそも──」


「おい、もういいだろ」


 十文字さんが立ち上がって、私のそばに歩いてきた。


「とにかく、ここまで聞いたならお前もオレたちの仲間だ。これからよろしくな」


 そう言って、十文字さんが手を差し出す。私は少し戸惑いつつも、彼女の手を握った。怖い人かと思ったけど、案外優しいのかもしれない。

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