掛け持ち魔法少女
妖狐ねる
第1話「クレセントと不死身堂」
下校のチャイムが鳴り響く。ほんの少し前まではこの時間でも青空が見えたはずなのに、もうすっかり夕暮れだ。気温も涼しくなってきて、空気が澄んでいるような気がする。私はクラスメイトたちに別れを告げ、家に向かって一人歩き始めた。
途中で追い越した高校生の先輩たちが、スマホを見ながら魔法少女の話をしている。
私の名前は
そんなことを考えながら歩いていると、視界の端を黒い影が横切った。
「今のは……」
おそらく今のは「ネオモンスター」……ルナティックの亜種だ。ルナティックが10m以上のサイズと白っぽい体を持つのに対して、ネオモンスターは人と同じくらいの大きさで黒っぽい見た目をしている。ルナティックと同じく普通の人には見えないけど、より攻撃的で、積極的に人間に危害を加える。このまま放っておいたら誰かが襲われる……そう考えて、私は道の先に消えた影を追った。
「やっぱり……!」
商店街から少し離れたところにある寂れた通りに、そいつはいた。私はポケットからペンほどの大きさの杖、「クレセントワンド」を取り出す。ルナティックが現れた時はクレセントのサポートをしている妖精がそれを教えてくれるけど、ネオモンスターの出現は察知できないらしく、私たち魔法少女が見つけ次第連絡しなければならない。杖の先端にある丸い石に手を触れ、通信モードに──。
不意に誰かの視線を感じ、慌てて杖を隠す。視線の主は、道路を挟んで反対側の建物の影から私を見ていた。
「お前……“アレ”が見えるのか?」
「えっ?」
「ほら、あそこにいるアレだよ。目で追ってただろ?」
私のことをじっと見つめるスーツ姿の男性──年齢は20代前半といったところだろうか。どうやら、この人にもネオモンスターが見えているらしい。けど、どうしたらいいだろう。私が魔法少女であることは秘密にしなければならないから、ここで変身するわけにはいかない。なんとかしてこの人から離れなければ……。
「ちょうどいい。お前、魔法少女になる気はないか?」
「……はい?」
予想もしていなかった言葉に、私は思考が止まった。魔法少女?今、魔法少女と言ったか?もしかして、私が魔法少女であるとバレた?確かに、クレセントワンドを隠すのは少し遅かった気がする。でも、この状態のワンドを見て変身アイテムであるとはわからないはずだ。人々が知っている「魔法少女」が持っている杖は、変身後に10倍くらいの長さに伸びた姿で、今のペンのような見た目ではないのだから。
「お前の力が必要なんだ。頼む、魔法少女になって戦ってくれ!」
「ええっと……」
チラリとネオモンスターの方に目を向ける。と、向こうもこちらに気がついたのか、私たちの方に迫ってきた。このままではこの人まで巻き込んでしまう。……ええい、仕方がない!
「わ、わかりました!」
「よし!」
そう言うと、男はワンドを出そうとした私の右手をぐいっと引いた。突然の出来事に驚く私をよそに、彼は懐から短刀のようなものを取り出し、私の手のひらに突き立てる。
「痛っ──くない?」
不思議なことに痛みはなく、血も出ていない。その代わりに刀身から私の手のひらに赤い光が流れ込み、刺さったところを中心として三角形の模様を描いた。
「これは……?」
「魔法少女の紋章だ。そこから武器を出せる」
「武器?」
「いいから早く!『武器を出す』と念じるんだ!」
「は、はい!」
私はよくわからないまま、言われた通りに念じる。すると手のひらに刻まれた紋章が光を放ち、そこから一本の槍が現れた。その柄を手に取ると同時に、私の服が変化する。上半身が白、下半身が赤という巫女装束のような服装に、薄桃色の羽織が覆いかぶさる。「魔法少女」というイメージではないけど、私は間違いなく「変身」していた。
「それで奴を攻撃しろ!」
「はい!」
槍なんて持ったことがないどころか、実物を見たことさえない。それでも私は無我夢中でそれを振り回し、迫りくるネオモンスターの腹に突き刺した。ズン、という妙な手応え。普段戦っている時は遠くから魔法弾を飛ばすだけなので、こんな風に手に持った武器で直接攻撃したことはなかった。なんだか人を殺したような生々しい感覚が背筋を走る。と、槍が刺さったところが光り始め、徐々に広がっていく。光はゆっくりとネオモンスターの体を包み、水に洗い流される泥のように砕けて消えていった。同時に、さっきまであったイヤな感覚がするするとほどけてなくなる。手にしていた槍が消失して、私の服も元に戻った。
「やるじゃないか」
「あの、これは一体……」
「今のは『
「アクダマ……?」
クレセントでは「ネオモンスター」と呼ばれているけど、彼はそう呼んでいるのだろうか。それに、「人間の負の感情から生まれる」なんていうのは初耳だ。
「名乗るのが遅れたな。俺は
「不死身堂……って、きつね饅頭の?」
「ああ、その不死身堂の裏の顔だ」
きつね饅頭とは、彩花市で売られている狐の顔の形をした饅頭で、彩花銘菓として全国的な知名度を誇っている。そして、その製造・販売を行っている店の名前が「不死身堂」。偶然同じ名前なのかと思ったけど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「さて……詳しい話は店でしよう」
「え、あの、私……」
「すまない、とにかく来てくれ」
その言葉には、私には一切の拒否権がないという強い意志が込められているように感じた。仕方がないので、私は星野と名乗る男について行くことにしたのだった。
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