右翼の華

はるお

伝説の始まり


「我が国は戦争に敗れました」


 戦時中に産み落とされた哀れな子がこのアタイ。物心ついた頃には抱きかかえられて闇市にカーちゃと行ったものだ。飢えからくるカッケで寝たきりのトウチャが居たな。当然飢餓は一家全体に蔓延する。兄妹喧嘩といえば飯の取り合い。上に三人の姉と二人の兄が居たんだがいつも蹴って蹴られて良い思いできずに居た。だから嫌いだったよ… 「欲しがりません、勝つまでは」なんて言葉が。そうやって思いを抱いてる間に戦争は終わった。1945、6歳の頃。


「いかがですかぁ」


 1950。10歳の頃… 市場でかあちゃと姉ちゃんたちと野菜を売ってた頃だな。あの頃は良かったよ、みんな久しく貧乏で貧富による差別なんて生まれなかった。乞食のおっちゃんがいっぱい居たからね。トウチャは死に、一家は火の車。作物の管理は男仕事で、客商売は私たち。それで良かったんだ、女が今みたいに出しゃばることなく身を弁えて質素に暮らしてた。ドッシリと家計を支える兄貴達をかっこいいとさえ思ったよ。


 1955。15の頃。学校のある生活が当たり前になろうとしてた頃だ、兄貴やお姉ちゃん達が行かなかった手前、あたいだけ行くわけには行かない。上の兄貴は京へ飛び出して、下の兄貴は婿養子として着物売りの家に飛び込んだ。家を飛び出していった。勝手だよ… 姉ちゃんらは農家に嫁いでいって野菜売りの私たちのコミュニティは広がった。今で言う政略結婚ってやつかい? 見合い相手に歓喜してかあちゃは喜んでたけど、上の姉ちゃんは浮かない顔だったかな。地主でもある姉ちゃんの旦那一家は哀れなあたい達にも分け前をくれた。入っては出て行く収入を少しずつだが蓄えることも出来た。少しばかしの贅沢がやってきたんだ。


「ん〜っ!! やめてっ!!」


 1956。16の頃… 義兄に犯されそうになる。珍しく我が家に顔だした下の姉の旦那が厠に行こうとしたあたいを後ろから襲ったんだ。「お前らには散々目をかけてやったんだ。これくらい見返りがあったって良いじゃないか」ってあたいの陰部をまさぐってきた。義兄なんていうが、ふたまわり上の男だ。トウチャと同じくらいの歳の男。加齢臭漂わせる体を必死に振りほどいた。するとあいつは言う。「俺に助けてくれって泣いてすがる女は山ほどいるさね」…許せなかった。二人の兄の他に戦地で死んでいった兄がいるあたいには… こんなクズ野郎が生き残って、赤紙握りしめて旅立って帰ってこない兄ちゃん。幼少期の優しい記憶しかない。許せなかった。


「ただいま」


 1957、17の頃。下の姉ちゃんが帰ってきた。汚くて汗臭い格好。浮浪者となんら変わらない。話を聞くに旦那と別れたらしい。あたいらに託してくれたものを後日取り返しに来ると言う。せっかくの蓄えも消化する他ない… そして翌日、黒い高そうな車でやって来る男。もう見たくもない顔だ… 姉ちゃんは一人家を出た。気持ちが分からんでもないが逃げたら負けたい。あたいらは差しどめてもらってた土地の賃料を支払うことで再度契約を結び直す。帰り際、あたいに耳打ちしてくる元義兄。「大きくなったな、今度はお互いに合意の形で手を取り合わないか?」メモを手渡してくる。住所に電話が書かれたノートの切れ端破いたようなメモ。…客間で泣いてる母ちゃん、笑わせたかった。姉ちゃんはと言うと外に出たっきり帰ってこなかった。


「…ええ身体や、マキとは大違いだ」


 初めての男が姉ちゃんや母ちゃんを泣かせ、あたいを苛立たせた男。どうでも良かった、また笑える日常を過ごせるなら… かあちゃが泣いてんじゃ、あたいは笑えんよ。臭い息を吐きながらあたいの身体を舐め回してくる。強烈な臭いの肉棒を舐め回して、初めてだってのに一生懸命ご奉仕した。息が止まるほどキスもした。知らないわけじゃないけど、世の中にはいろんな趣味趣向があることを兄妹達に教えてもらった。だから行為自体に抵抗はない。ただとても臭くて参ってしまう…


「あんた!! こんな時間までどこいってたね?」「義仲さんに会いに」「え…?」


 真夜中に車で送ってもらった。契約の件も穏便に済ませてくれると言ってくれた。今後も体の関係を許すなら、もっと美味しい思いをさせてやると… ただかあちゃにありのまま言うほど馬鹿じゃない。「義仲さん、考え直してくれたんだよ」と必死に説得して勝ち得た権利くらいで言う。でもかあちゃは反応しない。かあちゃはちゃぶ台に涙を落とすだけ… 「どうしたの?」と聞くと「ありがとう」って… そんだけ。それからのかあちゃは自身の体にムチを打ってバリバリと働きだした。その間、あたいは何度か憎いあの男とも会って身体を交わした。契約を取りつないでもらうために


「か、かあちゃ!!」


 1958、18の頃。ちゃぶ台で眠るかあちゃを布団で眠るよう促すも反応がない。ゆすって起きるよう言うと力なく地面に倒れこむかあちゃ。あたいは未だ関係の続く姉の元旦那の義仲に電話をし、車を寄越すように言う。すると「用がないときに掛けてくるな」と一方的に切られた。あの野郎、絶対許さない。焦りながら母を抱きかかえて病院へ向かう。山を一つ越えなきゃない辺鄙な片田舎、必死に…


「お気の毒ですが…」


 分かってた。何時間と背負いながら冷たくなって硬くなって行く様子を感じ取っていた。感じ取りながら道中泣いていたから病院で泣ける分の涙が余ってない。枯れたんだ…


「よぉ、悪かったな。色々あってカリカリしてたんだよ」


 黒い車で男はやってきたんだ。身体を催促しに… よくもまぁズケズケと… 節操がない男だ。怒りを噛み締めながら男の相手を実家でする。今ならホテル代も掛からない都合のいい女… そんなレアな魚惜しさにやってきたんだろう。一年も身体まじ合わせてればわかる。コイツがいかにクズかを… 姉はコイツに狂わされ、かあちゃはコイツに泣かされてきた。許せない。許せない…


「ぎゃあああああああ!!」


 感情が込み上がって、奴の逸物に噛み付いてしまった。憎さから噛みちぎってしまった… もういいこんな家ならもう要らない。居間で地面に転がって痛み苦しんでいる男を横目におかってへ。包丁を取り出す。全てを清算する為に…


「ぐ、お、おい!! 何やってる? やめっ…」



 ガソリンをばらまいて、マッチで火を起こした。燃え上がる家… 振り返ることなく歩き出す。汚れちまった身体をいたわる必要なんて無い。かあちゃやトウチャ。死んでいったニイチャの分まで幸せを勝ち得てやる。そう意気込んで義仲の財布でチケットを買い、寝台電車に乗り込んだ…























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