タピオカ片手に青空を見よう。
ミヤシタ桜
第1話
『ものすごくつまらないです。買う価値なし』
『なにこれ?よく出版したね?返金してほしいわ』
そんな酷評が告げられたのは僕が全身全霊を込め書いたものです。
タイトルは「青空とタピオカ」というものです。
内容はというと、仕事を失った男がタピオカ片手に旅に出かけるという物語です。
担当から「今の流行りのタピオカ!タピオカ取り入れたら最高っすねー」
それに付け足すように、ハッピーなやつにしてくださいね! と言われたのでその通りにして作ったらこの有様です。
もう小説家を止めようと思いました。
だけど、そんな勇気は存在せず、せめて見ていたサイトとパソコンを閉じました。
外を見ると、雲ひとつない空だったのにもかかわらず、なぜか俺の部屋は日陰によって暗かったです。
そんな暗さに嫌気がさしたのか、いつのまにか玄関に行って靴を履いていました。
履きなれた靴は、芳しいとは言えずだからといって汚らしいとも言えなく、なんとも言えない気持ちになりました。今思えば、これはロマンとかいう馬鹿げたものかもしれません。
今、向かおうとしているのは草が無差別に生い茂った公園です。そこの公園には、人は来ることはありません。そんな汚い場所に来るはずがありません。しかも、遊具も滑り台が一個、真ん中にポツンと置いているだけです。なんとも酷い公園です。
その公園に行くには、すぐそこにある歩道橋を通らなければなりません。憂鬱になりながらも、階段を登ります。
一歩一歩登っていく階段は、今まで運動していなかったことを思い知らせました。
歩道橋の途中から遠目で見ても、酷いなと思います。
歩道橋を渡り終え、階段を下ると、後ろには僕の歩いた架空の足跡が見えた気がしてどこか寂しくなりました。
その公園に着き、僕は驚きました。さっきも言った通り、この公園は酷いのです。
なのに、それなのに。そこには、赤いランドセルを背負って本を読む一人の少女がいました。
少女は、僕に気づいたのかこちらを見てこう言いました。それも、僕よりも大人らしくまっすぐな眼差しで。
「ねぇ。おじさんは、死にたいの?」
それはまるで、僕よりも人生を達観していて、感心とか恐怖とか驚愕とかそんな気持ちが渋滞しました。
「よくわかったね」
すると彼女は、読んでいた本を閉じ滑り台を滑り、こちらに向かってきました。
「おじさん。これあげる」
そう言って渡してきたのは、少女がさっきまで読んでいたであろう本でした。
そこには今流行りのものを取り入れた感が否めない、なんとも馬鹿みたいなタイトルが書いてありました。
「この本のどういうところがいいの?」
僕は聞きました。当然です。この小説は小説とは呼べないのですから。
「えっとね。この小説はね、酷く散文的ってお父さんが言ってた」
ですよね。はい。知っていました。だって、面白くないですもん。
でも、少女はより早い口調で言いました。
「でもね、でもね。私はね、この小説が好きなの」
予想外の展開に、僕はなんで?と聞きました。
「だって、タピオカとねお兄さんがね。すごく仲良しなの!読んでて楽しいの!」
少女は、熱心にそう言いました。僕はそんなにも熱心な人をみたことがありませんでした。
コンビニ店員も、学校の先生も、テレビキャスターも、政治家も。みんな覇気がありませんでした。
けれど、少女はどれにも優って元気がありました。
「そうかい。そんなに面白い小説なんだ。じゃあ、もらおうかな」
すると、少し悲しそうな趣を醸し出しながらも、また嬉しそうな雰囲気を出して
「あげてあげる!」
と言ってくれました。
「ありがとう。ところで、君は何をしてたの?」
すると、さっきまでの元気はどこかに無くしてしまったように笑顔が消えました。
「私ね、友達がいないの。だから、この公園と滑り台と本だけが友達なの。残念な小学生でしょ?」
自虐をする少女は、それにすら耐えられなくなり次第に涙を浮かべました。
僕は、どうすればいいのか迷っているときにあることを思いつきました。
「君は、本がお友達だと言ったよね?」
うん、と頷きました。
「じゃあさ、この本もお友達?」
そう言ってさっきくれた小説ごときに指をさしました。
するとまたもうん、と首を縦に振りました。
「じゃあさ、この本にあったこの言葉を覚えてる?タピオカ片手に空を見れば、いつだって人は幸せになれる」
「だから、みんなでタピオカを飲みまくろう」
「そう。よく覚えてるね。本当にこの小説のファンなんだ」
「うん! すごい大好き!」
「それはよかった。とにかく、家に帰ったらお母さんにタピオカ買ってもらいな。そしたら、友達もできるよ」
なんとも無責任な言葉極まりないと思いました。けれど、これが僕にできる最大限の助けです。
「わかった! じゃあ、早速お母さんに頼む!」
そう言って、少女は走り抜けて行きました。
少女はいつのまにか、歩道橋へ着いていました。
すると、そこから彼女は何か叫んでいました。
「おじさん、もしかしてあの本書いたの?」
「いいや、ちがうさ」
「だって、内容知ってたでしょぉー?」
「大分前に友人に借りたのさ」
「じゃあ、なんで知らないふりなんてしたのぉー?」
「この小説が欲しかったからだよ」
「なんで、一回読んだ小説をほしがるのぉー?」
それは——それは、一体何故なのか。それは、わからない。けれど、強いていうのなら
「この小説が、大好きだからさ」
少女はすこし不満そうな顔をしていた。けれど、僕はそれでいいと思った。それが、本当の答えだから。
「じゃあ、またな。いつか友達ができるといいな」
そう言うと、少女は大きく手を振りながらさようならと叫んでいました。
あまりにも定型な別れの告げ方でありきたりで散文的で。
でも、それは至高でした。
少女は、思っているより大人で子供なんだと思います。
そして、僕も大人の皮を被った子供なんだと思います。
少女は、これから歩道橋を渡って行き、そして、僕はタピオカ片手に青空を見ようと思います。
タピオカ片手に青空を見よう。 ミヤシタ桜 @2273020
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