INNER NAUTS(インナーノーツ)

SunYoh

プロローグ

「10……9……8……」


心地よい唸りとともに、それは目覚めの吐息を漏らす。


「7……6……5……」


球体に盛りがったその二つの心臓は、青白い命の炎をうちに灯し、その身を震わせる。


「4……3……2……」


その4枚の翼の先端はその身を包む羽衣を湛え、その時を待つ。


「1……!」


「動力フルコンタクト! <アマテラス>……起動!」


日本神話の女神、天照の名を冠する白き船はその羽衣を輝かせ、目覚めの時を迎えた。



「システム・オールグリーン、船体異常を認めず」


「<アマテラス>よりIMC(Inner Mission Control Center)。こちらの準備、整いました!」


「了解。<アマテラス>正常起動確認」<アマテラス>からの報告をIMCと呼称される管制室のオペレーターが引き継ぐ。


「うむ」モニターと計器で埋め尽くされたIMCの中央に佇む白髪のその男は静かに頷いた。その隣では、角刈りに切り揃えた、いくぶん厳しい顔立ちの長身の男が目覚めた<アマテラス>を映し出すモニターを覗き込んでいる。


「いよいよですね、所長」モニターから視線をそらすことなく、長身の男は、その白髪の男に呟いた。


白髪の男の名は藤川弘蔵。この施設の最高責任者である。齢70を超えてなお、衰えを見せない。習慣なのだろう、古めかしい白衣と、この時代にはアンティークとも言えるレンズの眼鏡を愛用している。左手には過去の災害で不自由になった左足の補助に杖を携えているが、立ち姿のままモニターを見つめる足腰に不安はない。


「よし……始めようかの。東(あずま)くん」


「はっ!IMCよりインナーノーツ!」


船体全てに生気がみなぎるかのように輝きを強める<アマテラス>。その全景が映し出されたモニター左下に小さく表示されていたウィンドウが、東の声音に反応し拡大する。


その画像は<アマテラス>のメインブリッジを正面から捉えていた。インナーノーツと呼ばれた<アマテラス>のクルーは5人。ブリッジの明滅する計器の灯火が、若き彼らの精悍な顔立ちを浮かび上がらせる。


ブリッジの最奥には、この船の女性キャプテン、カミラ・キャリー。アームでやや上方に持ち上げられたキャプテンシートに座している。カミラの右手側には、メカニック兼副長のアラン・フォールが右舷側のブリッジ壁面に並ぶモニターを監視している。カミラ左手側には、<アマテラス>の目となるレーダーを司るサニ・マティーニが、左舷側を向いて座る。ブリッジ前列、右舷側にはこの船の舵を預かるメインパイロット、ティム・フロウラー、そして左舷側には、<アマテラス>の装備系統のコントロールを担当する風間直人。インナーノーツ5人の視線が、ブリッジ前方の天井に、やや傾斜をつけて備え付けられているモニター越しの東へ向けられた。


「これより、<アマテラス>有人稼働試験を開始する」東は彼ら一人一人の顔を確かめながら続けた。「先日までの無人試験は全て順調にクリアした。これから行う最後の有人試験はインナーミッションの成否を占うものだ」東は生硬な面持ちでインナーノーツに語りかける。


「繰り返しになるがPSI-Linkシステムとキミたちの連携が最重要課題となってくる。各自、気を引き締めて試験に臨んでくれ」


「気負いすぎよぉ。チーフ」東の『訓示』に幾分、辟易したサニが小声で呟く。


「一番緊張しているのはチーフだな」そう思うだろっと、顔を向けるティムに、少年のような面影を残す顔立ちにぎこちない笑顔を浮かべて返す直人。……お前もかよ……と内心、苦笑するティム。直人とほぼ同い年だが、直人と並び座るとずいぶん年上に見える。


「まぁ……シミュレータの訓練どおりやれば良い」所長、藤川が口を挟む。豊かな白い口髭が口元を覆い隠し、一見しただけではしゃべっているのかわからないが、静かでありながら、確かな安心感のある物言いは、聴く者の意識を自然と惹きつける。


「それから、各自の席にあるemergencyトリガーでテストを強制終了できるようにしてある。万が一の際は、各自の判断で使ってくれ」透明カバーのあるボタン状のemergencyトリガーが薄赤く点灯している。クルーの誰でも操作可能なように、各席に設けられていた。

「何より、安全第一……でな」藤川は念を押した。


「了解しました!」カミラが答え、通信ウィンドウが元の左下へ縮小する。


「では、東くん」「は!テストプログラムLV1起動!<アマテラス>PSIバリアへ時空パラメータ送信開始!」


<アマテラス>の船体を包む羽衣のような輝きは一層光を増し、眩い光の中に<アマテラス>を包み込んでいく。

      

    

--22世紀半ば--


人は『魔力』を手にしたのかもしれない……


前世紀の終盤、増大する人口に伴い、エネルギーの消費量は増加の一途をたどり、加えて温暖化、資源枯渇、環境破壊は止まることはなかった。


従来の物質文明とそれを支えるエネルギー資源は限界を迎えていたのである……


文明の行き詰まりが目前に迫る中、藁をも掴みたい人々の想いは、古来より『気』『プラーナ』或いは『エーテル』、『真空エネルギー』等とも呼ばれ、人が直感のうちに感じ取っていた未知のエネルギーに可能性の糸口を見つけ出す。


物質の『存在』そのものを我々の宇宙に定義づける、量子多元宇宙にまたがる時空情報素子ともいうべき『それ』を観測する術。『それ』は既存の物理法則の概念を根底から変革するとともに新しい時代へのパラダイムシフトを推し進めていった。


やがて人類は、『それ』の無尽蔵な力をこの4次元空間(空間3次元・時間1次元)、すなわち現象界の物理量へと変換、抽出することに成功する。『それ』はPSI(Ψ:サイ=魂を意味するギリシア文字に由来)と呼ばれるようになった。PSIは、この現象界の物質と時空間を形成する一種の情報体系であると見なされ、隣接する余剰次元空間インナースペース(INNER SPACE)に『存在』している。

PSIを介在して、このインナースペースにアクセスし、物質や時空間情報を与える事で、様々な物質を現象界に生み出す事を可能とするテクノロジーが開発されると、環境負荷が小さく『無』から『有』を瞬時に生み出すに等しいこのテクノロジーは、エネルギー、資源問題を解決に導き、人類に光明をもたらした。


無尽蔵の電力を余剰次元から生み出すエネルギープラントが世界各地に立ち並び、また人の生活、生存に必要な物質の一部も抽出プラントにて生成され、さらに現象界には存在しなかった物質の抽出等も研究されている。ついに究極のエネルギーとテクノロジーを手に入れた人類……PSIを現象界のあらゆる事象の基盤としたこの時代は、いつの頃からかPSI文明期と呼称されるようになっていた。しかし、INNER SPACEとそこに『存在』するPSIについて、人類は未だ無知に等しかった。


『未知の技術に副作用は付きもの』PSIテクノロジーもまたその例外ではない。


PSI 文明が隆盛を極めた22世紀前半、PSI 利用施設従事者や近隣住民の間で、原因不明の心身障害を発症するケースが多数報告されるようになってくる。一方でINNER SPACEの研究が進むにつれ、INNER SPACEが意識の源泉であり『魂』とはINNER SPACEにおけるPSI が形成する一種の力場である事が明らかにされてきた。魂の実在までもが証明されたのである。このことから、PSI 利用と未知の心身障害の関連性が示唆されたが、専門家らは「直接的な関連は認められない」と一様に口にする。もはや文明の根幹となっていたPSI の力を手放すことはできない人類は、その関連性を黙殺し続けたのである。


しかし、事態はそれに留まらずPSI利用施設の周辺で、局所的な地震、地崩れ、気象変動、果ては怪奇現象等が頻発するようになる。不安を覚え始めた人々のPSI 利用への反対の声も上がるも、指導者層はこのことに関しても取り合うことはなかった……


それは、突如として栄華を極めた『PSI』文明に襲いかかった。


『世界同時多発地震』


世界各地のPSI関連施設を震源として突如、世界各地で巨大地震が発生した。当初は局所的なものとみられたが、次々と稼働中のエネルギープラントなどに連鎖、まるで波動共振のように増幅、やがて地震断層をも刺激し、その被害を拡げていった。多くの被害、被災者を出したこの地震のあと、ようやくPSI利用に起因するとみられるPSI災害PSID:PSI DISASTERに対する認識が高まり、またこの同時多発地震によりPSIによる心身障害PSI シンドローム発症者が急増したことで、これに対する医療制度が整えられていった。


この未曾有の世界的大災害から20年……PSI文明は一層の隆盛を極めていた。


人は一度手にした『魔力』を手放すことはできない……

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