眠れる少女 3
……暗闇…………ただ暗闇があるばかりだ……
……ここはどこ?……
……暗い…………あっ!……
ぼんやりと浮かぶ人影。
……きみは!?あのときの!?……
……!
……待って!……きみは一体……!?
その時、何かを掴み寄せた左手の掌にチリチリとした痛みを感じ、急に視界が開ける。
「せ……先パイ……」眼前にサニの顔が迫っていた。直人は思わず素っ頓狂な声を上げてたじろぐ。
無意識のうちに左手で必至に掴んでいたのは彼女の肩。その手には包帯が巻かれている。
状況が飲み込めない。
「もう、先パイったら検査中に寝ちゃうから……」
……そうか、眠ってしまっていたんだ……で、なんでサニが上に?……
ようやく意識がはっきりしてくると、検査ベッドの上で仰向けになっていた直人は、サニを抱き寄せるような形になっていた。
「……先パイ……こんなところで?……」
誘うようなトロンとした目つきでサニの顔が迫ってくる。
「わっ!ちょっ……ちょっと……イッ!」
鈍い音が頭の後ろに響く。
検査台の上部の移動式身体スキャナに頭をぶつける直人。
「そこまでよ、サニ。いい加減にしなさい」
マイク越しにサニを制するカミラの声。
「……ぷっ……ぷはははは!!」身を起こし、手を叩いて笑い転げるサニ。
「ははははっ……先パイ!……ウケるぅ……ふふふふ……」
ぶつけた頭を庇いながら、ムッとなる直人。
「次、アタシなの。空けてくださる?セ、ン、パ、イ」
先輩、後輩の呼び習わしのない文化圏育ちのサニが面白がって直人を『先輩』と呼ぶようになったのは、いつの頃からだったか……
しかし、この時ほどイラッとさせられた呼ばれ方はなかった。
直人は、顔を赤らめながら、ベッドからそそくさと退散しようとする。
するとサニが再び顔を近づけ、耳打ちする。
「……お楽しみは、"また"今度……ゆっくりとね」
からかわれているのはわかっていても、身体の底から込み上げてくる熱が全身を覆い耳たぶを赤く染める。
……悪魔め!……声にならない声をサニに投げつけながら、その場を離れる直人。背後から、"けけけけ"と、物の怪の歓喜の声が聞こえた気がした。
「弄ばれてますな。隊長も早くやめさせてやればよかったものを……」
ガラス張りの検査操作室(兼控室)より、一部始終を見ていた担当医は呆れたように口を開く。
「つい、見入ってしまいまして……」
隣に座っていたカミラが独り言のように、ぼんやりつぶやく。
「はぁ?」
「カミラ……」
反対側の隣に座るアランが、カミラの肩をポンと叩く。思いのほか、それに反応してしまうカミラ。
「どうした?まだ、具合悪いのか?」
昨日の今日だ、まだ十分回復していないのかもしれない。アランは心配そうにカミラを見つめる。その視線にハッとなり俯くと、ブロンドの美しい髪が彼女の顔を隠した。
「い、いえ、すみません。で、どうですか?直人は?」
呆れながらも、この女隊長にも可愛らしいところがあるものだと医師は思う。
「昨日の検査の際は、無意識域の撹乱が多少見受けられたが、今は問題ない。身体への影響も、あの火傷くらいなものだ……」
「よかった……」
「あの二人、特に直人君は……」
自動ドアの動く音が聞こえる。
「……無意識域下の精神活動レベルが平均より高いようだ。君たちが気を失っていた状況で辛うじて彼だけ動けたのもそのためだろう」
「それって、人より『妄想』レベルが高いってことですかね。ふふ……」
自嘲気味に会話に入ってくる直人。
捻くれてはいるが、ある意味核心を語っている。
ハンガーにかけていたインナーノーツ専用のベスト状のジャケットをとり、腕を通している。
「私たち(インナーノーツ)には必要な能力よ。現に私たちが無事なのも、あなたのおかげ」
「……たまたまですよ」
包帯に巻かれた左手の掌に視線を落とす。
あの時、この痛みがなかったら自分も……
その時、電話が鳴る。
ワイヤレスの受話器のみの簡素なものだ。
「……はい、スタッフ検査室」
医師が出る。
「ちょっとぉ〜まだなの?」
検査室の方から、マイクが拾ったサニの声が聞こえてくる。退屈そうにベッドの上で伸びをしながらアクビしている様子が、ガラス越しに見える。
「……わかりました」
医師が手短に応対し、受話器を置く。
「呼び出しだよ、隊長」
「呼び出し?IMCですか?」
「あぁ。急ぎのようだ」
「……カミラ」やや戸惑いをみせるカミラを促すアラン。
「えぇ。……先生、あの子は?」
サニは検査ベッドの上で、仰向けで脚を上げ下げしてストレッチを始めている。
「まぁ、問題なかろう」
「ですね」
退屈そうに検査ベッドの上でストレッチを続けるサニ。
「もぅ、いつまで待たせるのよ」
文句を垂れ始めたその時、操作室からインナーノーツの3人が慌ただしく出てくる。
「サニ!召集よ。行くわよ」
カミラが短く伝え、部屋から出て行く。
直人もそれに続く。
「はぁっ!?あ、あたしの検査……」サニのその言葉を遮るように、彼女のジャケットが頭に覆い被さる。
「問題なしだ。早くしろ」ジャケットを放ったアランが短く言い放った。
「何それ!?」ジャケットを頭から引きずり下ろしたサニは頰を膨らませて悪態をつく。
「チッ!寝そびれた……」
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