キミに伝えたいこと

文嶌のと

キミに伝えたいこと

 今もなお、日本における重大な問題である少子化。その問題は解決される事なく、悪化の一途を辿っていた。そこで、このたび政府は新たな対策を実施する。


 その名も『結婚確定マッチング』。


 今までにも異性交流の場は多く存在していた。見合い、婚活パーティー、出会い系、などがそれに当たる。だが、それらは皆、拒否権ありきだった為、理想と異なれば幾らでも断る事ができた。

 それに比べ、『結婚確定マッチング』には対面後の拒否権はない。つまり、どれほど理想と異なろうと一度会えば必ず結婚しなければならないという事だ。

 一応、年齢制限が設けられており、十八歳から三十歳までの男女としている。


 運命を左右する大きな決断が、そこにはあった。


 かく言う俺も、今まさにそのアプリの恩恵に与ろうとしている。

 まだ二十二歳と年齢的には若いが、ひとりっ子だった事、今年から社会人となって働き始めた事も相まって、早く所帯を持ちたかった。妻、子供という存在が欲しかったのだ。


「ここに希望条件を入力すれば良いのか」


 今の時代、紙媒体ではなく、ネットを介して手続きを行うことが普通となった。


 項目は多岐に渡り、相当な時間を要する。


「年上で包容力のある人。あと、料理が得意な人が良い……胸は大きい方が好みだ」


 相当思案しながらひとつずつ丁寧に項目を埋めていった。


 最後まで進むと、確定ボタンが設置されており、それをクリックする。すると、該当者一覧として多くの女性のプロフィールが表示された。


「結構沢山いるな。好条件の人は……」


 この表示されているプロフィールに関しては、偽り禁止とされている。元々、政府が企画したものである為、そこはしっかりしていた。各地の役所の人間が家々を訪問し、十八歳から三十歳までの男女を調査した結果だ。


「おっ、この人良いんじゃないか?」


 その女性は二十四歳の保母さん。母性という点では問題ない。更に、趣味が料理と書かれている。

 全ての女性に目を通したが、これ以上に好条件の女性は存在しなかった。


「よしッ! この人にしよう」


 意を決し、申請確定ボタンをクリックした。

 相手に申請メールが届くが、その段階では拒否する事が可能である為、妻になってくれる保証はまだ無い。


「頼む! 受けてくれ」


 神にもすがる思いで熱望した。

 すぐさまパソコンから着信音が鳴った。


「早いな。なになに……受理!」


 政府から届いたメールには受理されたと明記されている。つまり、今選んだ女性が妻になると確定した。


「やった! 嬉しいな。家族かぁ」


 そのメールには続きがあった。相手と対面する日も記載されている。

 

 日付は明日の朝十時。


「明日かぁ。急だな。緊張で今晩寝られないぞ」


 興奮と不安が入り乱れていたが、明日の体調を考慮し、しっかりと睡眠を取る事にした。




* * * * * *




「――ッ! まだ六時か」


 小学生の遠足当日かと思う程、早く目覚めてしまった。

 今日は仕事が休みの為、普段なら昼前まで寝ているが、二度寝する事はできない。予定時間まで、朝食を摂ったり、掃除をしたり、身だしなみを整えたり、と忙しく動いた。


 そして、ついに対面予定時刻となる。


 予定通りの時間に玄関ベルが鳴った。相手が時間に対して誠実である事が分かる。


 焦る気持ちを抑え、玄関ドアを開いた。


「ちわっス!」


 そこに立っている女性は想像していた人物と随分違っていた。

 派手な赤いショートヘア。背は低く、胸は寂しい。

 それよりも、明らかに二十四歳より若く見えた。


「キミ、マッチングの人?」

「そうっスよ。上がって良いっスか?」

「あ、ああ」


 靴も揃えずに上がっていく彼女から、ガサツさを感じた。


「へえ。結構広いっスね」

「まあね。ところで、キミ何歳?」

「そっちからメール送っておいて忘れたっスか?」

「いや、一応だ、一応」

「十八歳っスよ」


 やはり申請した相手より若かった。なぜ、二十四歳が十八歳になったのか、不思議だ。


「けど、俺が申請メールを送ったのは二十四歳の相手だったんだけど」

「えっ、じゃあ手違いっスか?」

「わからない。一度役所に電話してみるよ」


 おそらく手違いだろう。

 電話をかけると、『結婚確定マッチング』課の職員が応答した。だが、幾ら掛け合っても『手違いなど、ある筈がない』の一点張りである。


 俺達は泣き寝入りするしかなかった。


「どうっスか?」

「ダメだ。全然理解してもらえない」

「そうっスか……」


 結婚という人生最大の決断における手違い。こんな不運、この世に存在するだろうか。

 俺の心には絶望と落胆という言葉しか浮かばなかった。


「けど、結局誰かと結婚するんだし、良いじゃないっスか。これも何かの縁だと思って」


 彼女も嫌々だったであろうに、励ましてくれた。

 俺も決意を固め、


「そうだな。結婚するんだし、自己紹介しないとな。俺の名前は高橋たかはしこう。二十二歳の社会人だ。今、SEとして働いてる」

「私は磯浦いそうら結衣ゆいっス。高校卒業してからはフリーターっス。今、コンビニでバイトしてるっスよ」

「それじゃあ、これからよろしくな」

「よろしくっス。あっ、もうすぐ高橋結衣になるっスね」

「まだ気が早いよ」


 お互い初対面にしては笑顔で会話が捗った。悪い相手じゃない、という印象である。


「折角の休みだし、この辺りを紹介するよ」

「私、ここまで結構遠い所から来たんで、よろしくっス」

「ああ。任せろ」


 アパートを出て、どこへ行こうか迷ったが、よく行く場所を順々に紹介していく事にした。




「ここがいつも買い物してるスーパーだ。この辺りだと一番大きいんだ」

「凄い大きさっスね。私の家の近所にはない大きさっス」

「まあ、自炊ができないから弁当や惣菜を買って帰る事が多いが」

「私、自炊できるっスよ。今度作ってあげるっス」

「えっ、本当に? 嬉しいよ」


 思わぬ形で、一つ希望条件が叶った。




「次はここ、ゲームセンターだ。イライラした時、ストレス発散しに来るんだ」

「私もゲームセンターはよく行くっスよ。スカッとするっスよね」

「そうだな」


 意外にもゲーム好きという点まで一致した。




「最後は公園だ。たまに、こういう所に来たくなるんだ」

「公園……」


 公園を見るや否や、磯浦さんの表情が曇った。


「どうしたんだ? 何か嫌な事でも?」

「小さい頃、お父さんとよく来たなぁ、って。お父さんは、私が小さい時に交通事故で死んじゃったっスけどね」

「そう……なのか」


 不意に、不幸話を聞き、何と返答したら良いのか分からなかった。


「お父さんが居なくなってから、お母さんと二人で暮らしてたっス。けど、私が高校に入学した頃から、お母さんに男ができたっスよ」

「……」

「それから暫くして、お母さんはその人と出て行ったっス。そこからはずっとひとり暮らしっスよ。けど、そのおかげで家事全般できるようになったっスよ。奥さんにするなら好条件っスよ」

「そう……だな」


 磯浦さんの過去を聞いて、何とも言えない気持ちになった。


 護ってやりたい、と強く心に抱いた。




 公園からアパートへの途中、俺達は十字路で信号待ちをしていた。

 ふと、右から信号無視をして高速移動してくる車が目に入った。交差する車線を青信号で渡る一台の車。

 次の瞬間、その二台は衝突し、轟音ごうおんが聞こえた。

 二台のうちの一台がこちらに向かって来るのを感じ、


「危ないッ!――」


 咄嗟に磯浦さんを突き飛ばし、身代わりになった。


「コータッ!」


 磯浦さんが俺の名前を呼んでいた気がする……。




* * * * * *




「――ッ!」


 目覚めてすぐ目に入ったのは白い天井だった。どこなのか、どうしてここに居るのか、理解できない。

 ふと、左側を見ると白いカーテンが掛けられ、左腕に点滴チューブが繋いである。その時、ここが病院であるという事を知った。

 

 右側を見ると誰かが掛布団に突っ伏して寝ている。赤い髪……磯浦さんか。

 右手を動かすと、それに反応して彼女は目を覚ました。


 こちらを見てすぐ、


「コータッ!」


 彼女は目に涙を浮かべ、こちらを見ている。

 よく見ると磯浦さんとは少し違う。髪は長く、歳も俺と近いように見える。


「お父さんとお母さんを呼んでくるからッ!」


 彼女は急いで病室を出て行った。

 彼女はなぜ、俺の両親を知っているのだろうか。


「孝太ッ! 大丈夫なの?」

「心配したんだぞッ!」


 俺の両親が、彼女に連れられて病室に入ってきた。


「ああ。大丈夫だ」

「結衣ちゃんがずっと孝太のこと、見ててくれたんだよ」

「えッ!」


 母さんの言葉に、俺は戸惑いを隠せないでいる。

 今、確かに結衣と聞こえた。それは磯浦結衣のこと……か?


「私達は先生に連絡してくるわね。結衣ちゃん、孝太のこと見といてね」

「はい」


 両親が部屋を後にし、俺と彼女はふたりきりになった。


「本当に良かった。私、コータを失うかと思って……」

「キミは、磯浦結衣さん……か?」

「私のこと、覚えてないの?」

「いや、覚えてるよ。結婚確定マッチングの相手だろ?」

「なに言ってるのよ。それ何の話? 私達三年前にゲームセンターで出会ったじゃない」

「三年前……」


 ――それじゃあ、さっきのは……?


「私のお母さんが男作って出て行った後、私ゲームセンターに通ってて、その時声をかけてくれたのがコータでしょ?」


 ――さっきの話と少し似てる。


「まあ、コータは私のこと、あんまり好印象じゃなかったみたいだけど」

「磯浦さんは、初対面の時どんな話し方だった?」

「えッ? あの時は高校卒業してすぐで、コンビニでバイトしてた時だから……。確か、語尾に『っス』ってつけてた気がする。今思うと恥ずかしいけど」


 ――じゃあ、さっきの話は全部夢……。生死の狭間で思い出された過去の記憶の断片か。


「磯浦さん、俺はどうしてここに入院してるんだ?」

「その磯浦さんっての止めてよ。いつもみたいに結衣って呼んで!」

「結衣……」

「仕事帰りに交通事故に遭ったのよ。幼稚園児をかばって」

「仕事ってSEか?」

「そうよ」


 ――やはり、そうか。何となく思い出してきた。


 先程の夢の中の結衣は出会ったばかりの頃の姿。

 それから三年間付き合って、そろそろプロポーズしようと思っていた。


 その日、事前に予約したを取りに、会社帰りに店へと向かった。

 無事に品物を手に入れ、帰宅しようとした矢先、車にはねられそうになる幼稚園児が目に入る。

 俺は咄嗟に幼稚園児をかばい、ここに運ばれた……。


「なあ、俺が事故に遭った時に持っていた荷物は?」

「あっ、警察の人から鞄と紙袋を渡されたわ。今、ここにあるけど」


 それは事故に遭う前に取りに行ったある物だ。中身は確か――


「それ、結衣の誕生日プレゼントだ。開けてくれ」

「記憶が戻ったの? えッ、これを開ければ良いの?」


 結衣が紙袋を探ると、中から小さな箱が現れた。


「これ何?――ッ!」


 その箱の中身を知り、結衣の頬を涙が伝う。


「婚約指輪だ。結衣、俺と結婚してくれるか?」

「――はいッ!」

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